今まで守ってたの、私ですからあああああぁッ!
急速に、高鳴る胸の鼓動。
酒場の雑多な光景が消え失せ、聴覚は騒音をシャットアウト。
私の五感は全て、あの人に注がれていく。
「ああ、もうお腹ペコペコだよ。みんな、早く席に着いて飯にしようぜ」
笑顔が眩しくて愛おしくて、直視できない。金髪は自ら光を放っているかのようで、これまた直視できない。
眩しい。私は目をすがめる。お日様かな? あの人もとい、私の推しの勇者、ユータス様はきっとお日様を宿していらっしゃる。
あれっ、身体が火照ってきた。ああ、ダメ。焼かれちゃう。あっ、やば。ふうぅ。いったん落ち着け私。
ここで塵と化すにはいかないわ。
平常心、平常心っと。
ふふっ。ちらっ。きゃあっ!
――浮かれてる場合ではない。
まじで落ち着け私。ユータス様率いる白夜の団はクエスト帰りなのだ。まずは身体のチェックが必要だ。
細身の身体を包む服は、ところどごろ汚れはあるが、怪我はない様子。今日は採取クエストだった。滞りなく終えることができたのだろう。
まあ、ココロもセツナもマシロも、みんなわりと元気そうだったしね。オッケ。大丈夫。安心した。
ユータス様一行が席に着いた。
しばらく見とれていた私はそこではっと気がつく。オーダー、取りに行かなきゃ。
私は給仕として許される最大限の速度で、歩み寄る。
が、一足遅かった。他の給仕に横からかっさわれてしまった。ユータス様に見とれていた時間が仇となったのだ。
「ちっ。出遅れたか……」
王都のギルドに併設されている、巨大な酒場だ。給仕だけでざっと三十人近くは働いている。
目当ての席に、オーダーを取りに行くことも、料理を運ぶのも容易ではないのだ。
「次こそは……! ユータス様の料理は絶対に、渡さないッ!」
絶対に負けられない戦いがある。
料理を運んで、クエストお疲れ様でしたって、言いたい。あわよくば、顔とか名前とか覚えてもらいたい。
今日こそは、認知、ゲットしたいッ!
酒場で働き始めて、早二年。悲しいことに、未だ、私はユータス様に認知されていないのだ。
私は三十人近くいる給仕の内の一人。
栗色の二つ結びのおさげに、赤ぶちの眼鏡っこ。地味で全く、目立たない。
婚約を勝手に蹴って、夜逃げ同然に飛び出してきた手前、目立つ格好はできない。
見つかったら連れもどされちゃうかもしれないし。
とはいえ、この地味な見た目縛り、あまりにキツイ。
まあ、認知されていない理由は、それだけではないのだけれど……。
料理カウンターに料理が出された。
ユータス様達の料理かもしれない。私はわき目もふらずにカウンターに向かっていく。
厨房から伸びる、肉料理の大皿を掴む手は、見慣れた太ましい手だ。
「まりりん殿、どうぞお受け取り下さい。ココロたん……、いえ、ユータス様達のテーブルへとお運び下さい」
「トンさん……。ありがとう、マイブラザー」
「健闘を祈りますぞ、我が同士よ」
トンさんの優しさが身に染みる。私は感動の涙をぬぐいつつ、肉料理の載った大皿を受け取り、ユータス様達のテーブルへと向かった。
「――お、おま……、おまた…………、お待た、せ………」
「ん? おまた?」
「や、ちがっ…………、あの……どうぞ……」
「ああ、僕たちが頼んだやつだ! 甘鳥のから揚げ。ありがとう」
「……はい」
テーブルの端ギリギリにお皿を置き、私は立ち去った。
はあ、はあ、はあ……。
心臓止まるかと思った。
無理無理無理ッ!
いや、絶対無理だってッ!
至近距離のユータス様の前でまともに話すなんて無理すぎるッ! 愛おしさだけが溢れ出て、言葉なんて出てこないわッ!
はあぁ……。
私が、ユータス様に未だに認知されていない理由。
まともに会話をしたこともないどころが、視線すら交わしたこともない。
もしかしたらワンチャン、ユータス様は私の事を、認知しているかもしれないが、それを確かめるすべが私にはない。
「まりりん殿、どんまいであります」
料理カウンターまで戻ってきた私に、トンさんが慰めの声をかける。
「トンさん……。本日も、クエスト失敗です」
「まだチャンスはありますぞ。当たって砕けろの精神ですぞッ!」
「はあぁ……。認知クエスト、難易度高すぎでしょ。魔獣でも討伐してたほうがよっぽど楽だわ」
「またまたご冗談を。ささ、次の料理を運んで下さい」
冗談でもなんでもない。
その後も、トンさんの配慮のおかげで私は優先的に、ユータス様達のテーブルへと料理を運ぶことができた。けど、その度に撃沈した。撃沈に次ぐ、撃沈。
その度にトンさんに励ましてもらって、再び特攻。そして撃沈。
気づいたら、閉店時間がせまってきていた。
賑わっていた酒場にも、祭りの後のようなわびしさが漂いはじめ、残りの客はユータス様達を含む、数テーブルとなっていた。
酒場内の喧騒が落ち着き、話声がよく聞こえる。
私は近くのテーブルを布巾で拭きながら、ユータス様達の会話に耳を傾けた。決して盗み聞きをしているわけじゃない。聞こえちゃうんだから、仕方ない。
どれどれ。んん? なんだか神妙な雰囲気だ。なんだろ?
「――みんな、聞いてくれ。白夜の団を結成して、約二年。王都での実績も、十分に積み上げることができてきた」
ユータス様の声だ。
うんうん、二年。ユータス様が私の推しになって二年だよ。二年間、影ながらユータス様を支援してきた私も、感無量だわ。
「――うん。そうだね。いよいよ、だね」
ココロの声だ。
いよいよ、か。ふーん。何が?
「――えっ、ってことは、うそっ、昇格? やだ、嘘みたいッ!」
セツナの声だ。
そうか、昇格するのか。こりゃめでたい。
……ん? あれ? 確か今のランクって……。
「――みんなも知ってのとおり、王都の政策で、Dランク以下の勇者パーティーは、王都のギルドを拠点にしてクエストをこなしてなければいけない。つまり、王都から離れることができない。それは力のない勇者パーティ―が、魔族の勢力が強い、王国外へと旅立っても簡単に命を落としてまうからだ――」
それは知ってるよ。だから私は、酒場で給仕の仕事をしながら、時々、ユータス様達に隠れてお供して、支援することができたんだ。
でも、いくらなんでも早い……、早すぎるッ!
「――順調にいけば、あと一か月程で僕達はCランクパーティーに昇格することができるだろう。そう、王都から出立し、魔族に虐げられている北部大陸諸国の人々を救う旅に出ることができるッ!」
まてまてまて。
死ぬって。
ユータス様、死んじゃうってッ!
「――うん、頑張ろう、ユータス君! ずっと目標にしてきたもんね!」
「――そうね。やるっきゃないわよね」
ココロもセツナもやる気満々じゃーんッ!
「――だあぁだあぁ!」
「――ワンッ!」
それ同意? 同意の意思表示なの?
一歳児も犬もやってやるってか!?
「――不安はあるかもしれない。北部大陸を支配している魔族は、王都周辺の魔獣とは比べものにならない強さだろう。でも、安心してくれ。僕が、君たちを守る。絶対に死なせたりしないッ!」
今まで守ってたの私ですからああああああああああぁッ!
ってかだいたい、一歳児連れて魔獣とか魔族とかと戦うって無理あるでしょッ!
セツナが産休取ってていなかった時はまだましだったけど、最近の討伐クエストでは、セツナはトワにかかりっきりだし、マシロはそんなセツナとトワの護衛で二人の側から離れられないし、ココロは僧侶なのに初級の回復魔法しか使えないしで、結局、ユータス様一人で討伐してたじゃん。
なんだこのポンコツパーティー! もちろんユータス様は悪くない。リーダーとしての責任? ないッ! 仲間がポンコツなのが悪いッ!
でもそんなユータス様も、実はそんなに強くないし……。って嘘。ぶっちゃけかなり弱いし、しかもちょっと体力が少なめで数分しかまともに戦うことできないんだよなぁ。
ああ、儚き勇者、ユータス様。壊れそうな繊細なガラス細工のようで美しくて素敵。
――じゃなくてッ!
私が早朝から酒場に出勤して、ギルドでクエストを受注するユータス様を確認して、やばそうなクエストの場合は仮病で早退して、お母さんから選別で貰った認識阻害ローブを着て、こっそりと後をつけてたんだよッ!
でもって、討伐対象に陰ながら攻撃してたんだよッ!
じゃなきゃきっと百回以上は全滅してるって話よッ!
あっ、でも。ユータス様の剣戟にうまいことタイミングを合わせて、風魔法を打ち込むのはなんか共同作業してる感があって、それはそれで楽しかったなあ。
――なんて言ってる場合かッ!
これはマズイことになった。
ユータス様は、あと一か月程でCランクに上がるって言った。
期限は一か月。一か月後には、ユータス様率いる白夜の団は王都を旅立ち、北部大陸を目指すだろう。
その先に待ち受けるのは、おそらく死。
全滅だ。
無理無理無理ッ!
そんなの耐えられないッ!
そもそも、私がクエストを手伝っていたせいでこんなにも早く、Cランクに昇格してしまうのだ。間違いない。
私の責任だ。
ならば、私は最後まで責任を全うするまでだ。
それしか、ない。
今ならお母さんが言ったこと、わかるよ。
守りたい。
あなたに巻き起こる全ての危機から、私は守ってみせる。
だってあなたは、生きているだけで尊いのだから。
お読みいただき、ありがとうごさいます。
まりりんの推し活、どうぞ見守っていてくださいませ。