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「ユータス様、飛び降り自殺しようとした娼婦の女を助ける」

 酒場でユータス様がココロを庇った一件以来、私は冒険者ギルドで勇者を物色することを止めた。

 冒険者ギルドで他の勇者を見ても、これまで以上に心が動くことがなくなったのだ。

 むしろ、全員ただのモブにしか見えなくなった。

 寝ても覚めても、私の頭はあの金髪イケメンのことでいっぱいだった。


 この気持ちは一体何? 私、恋しちゃったの? ほんの数分の出来事で?

 いやいやいや。

 酔っ払いにボコボコにされただけじゃん。

 情けないじゃん。


 ――でも。

 私は自分の気持ちを確かめるべく、ユータス様をしばらく観察ことにしたのだった。


 色々と分かったことがある。

 ユータス様は、勇者養成機関セイントフォースを卒業したばかりの新米勇者で、冒険者ギルドに来たのはあの時が始めてだったということ。

 そこでココロを助けてそのままパーティーを結成したということ。

 パーティー名は白夜の団(ホワイトナイト)


 ユータス様は私の二歳上で王都の出身だって言ってるのを聞いた。

 ちなみに、お子様だと思っていたココロはなんと私より少し年上だった。

 ちょっと栄養が足りてないじゃない? ちっこいし、ガリガリだったし。


 私はその頃から、クエストに向かう白夜の団(ホワイトナイト)にこっそり着いて行くことが日課になっていた。

 始めはただの興味本位で着いて行ったのだけど、私は現場を目の当たりにして唖然とした。

 白夜の団(ホワイトナイト)、マジ弱すぎる。


 たかだか魔獣化したゴブリン三体相手に、ユータス様は死闘を演じていたのだ。

 一体目のゴブリンを仕留めて体力が尽き、二体目のゴブリンには大きな傷を負いながらもなんとか勝利。

 三体目のゴブリンに至ってはすでに満身創痍で討伐できるかどうかは微妙なところだった。

 ココロはそんなユータス様を、声を張り上げて応援してるだけ。

 しびれを切らして、私が風魔法を放ったのは言うまでもないだろう。


 そして、私がユータス様を観察しはじめて数週間が経った頃。

 第二の事件が起こった。



 その日も、白夜の団(ホワイトナイト)はこりずに討伐クエストに出ていた。

 私のサポートありきで討伐クエストを難なく達成して、冒険者ギルドへと向かう道すがら。


 通りに面した、五階建てのやたら立派な宿の前に人だかりができていた。


「何かあったのかな……?」


 人だかりに近づいていくユータス様とココロ。

 私も例の如くこっそりと後を付けていく。

 宿の前にいた人々は皆、上の方を見上げてなにやら声を張り上げていた。


「早まるんじゃないよッ!」

「いいからそこを動くなッ!」


 宿の屋上に目を向けると、手すりを背にして今にも飛び降りようとしている赤い髪の女がいた。

 なるほど。どうやらこの人だかりは、屋上から飛び降り自殺しようとしている女が原因のようだ。


「うるさいるさいうるさいッ! あたしみたいなバカ女、生きててもしょうがないのよッ! お腹の子もろとも死んでやるッ!」


 ヒステリックに叫び散らす赤い髪の女。

 よく見るとお腹がふっくらしている。

 うわあ妊婦じゃん。これはキツイ。見ていられないって。


「身請けしてくれるって言ってたのに……。嘘ばっかり! 俺は人々を救う旅に出なきゃいけないから身請けはできないって何よッ! 俺の事は忘れてくれって、ふざけんじゃないわよッ!」


 なるほど。

 赤い髪の女は娼婦で、冒険者の男にいいように騙されたんだ。

 冒険者の男は、おそらく勇者だろう。

 一時の快楽のために身請けしてやるって言い寄って弄んで。

 自分は人々を守るって大義名分を振りかざして無責任に旅立ったんだ。

 赤い髪の女とお腹の子供を捨てて。


 ああ、胸糞悪い。

 世の中には、クソみたいな勇者もたくさんいる。

 酒場でココロを蹴っ飛ばして、ユータス様をボコボコにした勇者しかり。娼婦の女を騙して責任放棄した勇者しかり。

 ろくなもんじゃない。


「勇者がなにさッ! あたし達を捨てて旅立った奴に、人を救うなんてできるわけないじゃないッ!」


 そうだそうだッ!

 勇者とか言って調子のってんじゃないよッ!


「君の言うことはもっともだ」


 そうだそうだッ!


 ――って、えっ。この声は。

 人だかりの中でも、一際目立つ鮮やかな金髪。

 ユータス様が屋上を見上げ、赤い髪の女に話しかけた。


「君とお腹の子を守れない奴に、人々を救う事なんてできるわけがない。そんな奴は勇者と呼べない」


 わずかな淀みもなく、はっきりとした口調で言うユータス様。


「……ッ! 誰よあんたッ!」

「ユータスだ。勇者の称号を持っている」

「勇者……!」

「そうだ」

「勇者が何の用よッ!」

「僕は今、君がこれからする事を止めたいと思っている。そして僕なら君達を守ることができるとも思っている」

「はあ? いきなりしゃしゃり出てきて何言ってんのよッ! あんたバカ? あたしは自殺しようとしてんのよ? それを止めて、しかも守るって。それがどういう事かわかってんのッ!?」

「もちろん」

「……ッ! 嘘ばっかりッ! あたしは勇者の言うことなんて信じない。その場しのぎで口ばっかりでッ!」


 赤い髪の女がヒートアップして巻くしたてる。

 女の言い分はもっともだ。

 勇者の称号を持った者に酷い裏切りをされたんだ。信じられるわけないだろう。


 ――それでも。


「僕は勇者だ。勇者とは勇敢な者であり、目の前の事から決して逃げたりしないんだ。だから僕は君達を守る。勇者の名にかけて、誓おう」

「……信じられない。どうやって信じろって言うのよッ!」

「君の名前を教えてくれ」

「……セツナよ」

「僕はセツナの全てを受け止める。それを証明してみせようッ!」

「はあ?」

「セツナッ! 飛び降りるんだッ! 僕が受け止めてやるッ!」


 私もはあ? だわッ! 

 受け止めるって物理的にかよッ!

 ってか五階だよ!? ユータス様の貧弱な身体じゃ無理だってッ! どっちも死ぬってッ!


「……ッ! 嫌よッ! あたしはいいけど、あんたも死んじゃうよッ!」

「僕は死なないし君も死なせないッ! さあ、セツナ! 僕の胸に飛び込んでくるんだッ!」


 完全にヤバい人だと思った。

 でも。

 その言葉には一点の曇りもなかった。


「うう…………。ああもうッ! あんたも道連れにしてあげるわよッ! あの世で後悔しても知らないからねッ!」

「この世で君の話をたくさん聞かせてくれ」


 夕暮れ時の赤い空を背に、セツナが舞った。

 重力にまかせて、高速で落下してくるセツナ。

 まるで花嫁を抱きとめるかのように優しく両腕を広げて迎えるユータス様。

 その横顔に悲壮感はない。

 少し笑っているように見えた。


 ――ズドオオオオオォーンッ!


 ユータス様による華麗なキャッチング――にはもちろんならなかった。

 落下してきたセツナも、受け止めてそのまま押しつぶされたユータス様も微動だにしない。

 周囲に緊張が走る。

 私も覚悟して、固唾をのんで様子を伺っていると――やがてセツナがゆっくりと身を起こした。


「――ほんとに……バカなんだから……」

「……は、ははっ……。だ、だから言ったろ……僕も、君も……死なないって」


 セツナは無傷の様だ。

 でもユータス様は――おそらく重症だ。


「……バカ」

「……バカ、かもしれない。でもセツナを守ることができる」

「責任、取ってよ」

「ああ。勇者の名にかけて……君達を守ると誓おう」


 セツナが涙をぬぐい、言った。


「よろしくね。勇者様」


 私は思わず、見とれてしまった。

 胸が高鳴り、身体じゅうが熱くなるのを感じた。

 勇者もすてたもんじゃないな。

 自らをかえりみず、目の前の事から決して逃げない勇敢な者、か。

 勇者、すごいじゃん。


 ――いや、違うか。

 ユータス様がすごいんだ。

 ユータス様は、本物だ。

 この人は、私の全てをかけてでも推す価値のある人だ。


 そして、この出来事をもって、私は心を決めたんだ。

 ユータス様の仲間になるって。




「うおおおおぉ! ユータス殿はココロたんのみならず、セツナ殿までも守ったというのですかッ! これぞ勇者の鏡ッ! 我輩、感動いたしましたぞッ!」


 トンさんが涙を流しながら絶叫した。

 うん、わかるよその気持ち。

 私は耳を押さえながら、深くうなづいた。


「うるせえって! ちょっとボリューム下げろやイートンッ!」


 トンさんにキレるレイジィ。

 確かにちょっとうるさい。


「申し訳ないでありますッ! うおおおおぉ!」

「……ッ。……はあぁ。――つーかよ、まりりん。ユータスの仲間になることを決めたって言ってたけど、仲間になってねーじゃねえかよ」

「それな」


 その後。

 私は、ユータス様のパーティ―、白夜の団(ホワイトナイト)に入れもらうべく、何度もコンタクトを試みた。

 でも。


「緊張して声がかけれなかったんんだよおぉ!」

「そ、そうか。残念だったな」


 一度、なけなしの勇気を振り絞って声をかけることに成功したこともあった。


「ユータス様はね、振り向いてはくれたんだよ。でも、話しかけてはくれなかったの」

「なんで? あいつが無視するとは思えねんだけど」


 後になって気づいた事なんだけど、その時の私はショックで思い至らなかったんだ。


「お母さんから貰った認識阻害ローブ着たまま話しかけてたんだよぉ!」

「……なんも言えねえ」


 私は、ユータス様に無視された(濡れ衣)ことがトラウマになって、それからは声をかけることはおろか、近づくことすらできなくなったのだ。


 陰ながらユータス様をサポートする日々が過ぎていった。

 新しく白夜の団(ホワイトナイト)に入ったセツナは魔法の才能はあるみたいだけど、まだ初級の魔法しかつかえなかったし、妊婦だから無理できないしで、私はそれはそれは手厚いサポートをしたもんだ。

 陰ながらね。


 そして何日か過ぎた後、第三の事件が起きた。


「最後の話はね、『ユータス様、子供にいじめられている薄汚い犬を助ける』の巻だよ」

「長すぎて眠たくなってきたわ」

「ふむふむ。吾輩、話が読めてきましたぞ」

「こうご期待ッ!」

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