「ユータス様、ボコボコにされながらも身を挺して女の子を守る」
王都の貴族学院を卒業した後、私はお父さんの命令で故郷の辺境地に連れ戻された。
お父さんは、サニタリス王国領北部一帯を治める辺境伯だ。
領地は南部大陸の最北端であり、北部大陸を支配している魔族の防波堤の役割を担っている。
私は卒業後、どこやらの貴族の息子との結婚に向けて花嫁修業をする手はずになっていた。
いわゆる政略結婚ってやつ?
お父さんは、元冒険者で伯爵家の次男だった。
けど、長男が病気で亡くなって、急に跡継ぎになっちゃったらしい。
重責を背負う事になったお父さんは、亡くなった長男に恥じないように、領主の仕事に邁進し、勢力を強めることに躍起になっていた。
そして、私を犠牲にしようとしたんだ。
お父さんの立場上、仕方ない事だとは理解していた。
でも――。
まあ、家出するよね。
だって、私だし。
家出する時、お母さんに「私だけの大切な人を見つけるのッ!」なんて大見得きって出てきたけど、そんな状況だったから言っただけで、別に結婚相手を探すために家出したわけではなかった。
ただ、目の前につきつけられた現実から逃れたかっただけで――。
「ほう。まりりん殿は貴族令嬢でありましたか」
「まじかよ……。最南端の辺境伯って言ったら王国一の武力を誇る、超大物貴族じゃねえかよ。ってことはまりりん、お前の母親って……」
「うん。黙っててごめんね。昇りゆく太陽の魔法使い、エレメンタルマスターのアリエッタだよ」
「……ッ! 王国の最終兵器かよ。腑に落ちたわ。お前の強さの理由がよ。で、お前はその伝説の魔法使いに、鍛えられたってとこか」
「まあね。あっ、一応私のこと黙っててね。私、まだ家出中だから」
「言うかよ。言ったら俺とイートンにもとばっちりがくるだろ。北部辺境伯の令嬢を匿ってるとか、疑われでもしたらまじで牢屋行きじゃねえかよ。とんだ災難だぜ」
「ふむ。牢屋で済めば御の字といったところでしょうか。まあ、吾輩はまりりん殿の素性など気にしませんがな。吾輩にとってまりりん殿は、推し友であり、唯一その崇高な志を共にできる同士であるがゆえに」
「ありがとうトンさん。レイジィはね、もう諦めて」
「とっくに諦めてるわ」
やっぱりトンさんはマイブラザーだ。
レイジィは……、なんだかんだで根はいい奴なのかもしれない。
逃げようと思えば逃げれるだろうに結局ついてきてくれたし。
「話、続けるね」
王都にやってきた私は、とりあえず職を探す事にしたんだ。
で、真っ先に冒険者ギルドにやってきた。
自分の強さには自信があったし、全ての属性が使えることは隠すとして、一つの属性でも中級レベルの魔法ならなんなく使えたからね。
今思えば、お母さんからの刷り込みもあったと思う。
幼いころからちょいちょい語られる武勇伝に、私は知らない内に憧れを持っていたのだ。
あまり多くは語られなかったけど、その時のお母さんはとても生き生きしていた。
楽しそうだったり、悲しそうだったり……、泣きそうだったりで。
気になるじゃん?
そんなん見せられたらもう冒険者一択じゃん?
私は、冒険者ギルドの酒場に入りびたり、パーティ―を募集している目ぼしい勇者をチェックする事が日課になった。
そして、事件が起こった。
その日も私は、冒険者ギルドの酒場で勇者を物色していた。
王都に来てすでに一か月程経っていたけど、私は未だに酒場に入り浸っていた。
イケてる勇者が全然いなかったのだ。
心がトキめくってゆうか、ドキドキワクワクさせてくれるってゆうか。
酒場の端の方で果実水をちびちびやっていると、冒険者ギルドに似つかわしくない、まだ十代前半ぐらいの小柄な女の子がちょろちょろしてるのに気がついた。
「なんだろ? ここはお子様の来るところじゃないんだけどな……」
屈強な冒険者達に、果敢に声をかけている女の子。
どうやら仲間を探しているようだった。
私は気になって、その様子をじっと見ていた。
「――あ、あの……。私、冒険者になりたくて。パ、パーティ―に入れてくれませんか」
「――ああん? パーティーだぁ? 帰れ帰れ。ここはガキの来るところじゃねえんだよ」
まるで野良犬のように、むげに追い払われる女の子。
まあそうなるわな。どう見てもまだ子供だもん。
私も小柄で百五十センチそこそこだけど、その私よりももっとずっと小さい。
諦めて帰った方がいいんじゃないかなって思って見てると、女の子はめげずに食い下がっていた。
「――お願いします勇者様。どうしても、冒険者になりたいんですッ! お話だけでもさせてもらえませんかッ!」
「――しつこいんだよガキがッ! 失せろッ!」
勇者と呼ばれた男が払った手が、女の子の頬をかすめた。
グレイのショートボブが舞い、女の子が床に倒れこむ。
あの勇者の男、酒に酔ってる。
あちゃあ。退散したほうが身のためだよ。
私はハラハラしながら、行く末を注視していた。
――それでも。
「――ま、待ってくださいッ!」
勇者の男の足に、縋りつく女の子。
「――しつこいって言ってんだろがよッ!」
「――きゃああああッ!」
蹴っ飛ばされた女の子が、酒場の椅子をなぎ倒し床に転がった。
興奮していきり立った勇者の男が、女の子に詰め寄る。
更なる攻撃を加えるつもりなんだろう。
床に倒れた女の子は――。
あっ、これはまずい。
「止めるか……」
私が席を立った、その時。
「――落ち着くんだッ!」
煌めく金髪をなびかせ、どこからともなくやってきた細身のイケメンが女の子に覆いかぶさった。
「――なんだてめえッ! どけやコラッ!」
「――くっ……!」
完全に我を無くした男が、覆いかぶさったイケメンの背中を蹴って蹴って蹴りまくる。
鈍い音が、酒場に何度も響き渡った。
「――大丈夫……。大丈夫、だから。どうか、どうか……」
私は、ただ茫然とその様子を見つめていた。
不謹慎だけど、美しい光景だと思った。
まるで、そこだけスポットライトが当たっていて、光輝いているみたいな。
やがて、蹴り疲れたのか冒険者の男は、うずくまるイケメンに唾を吐きかけて去っていった。
「――ううっ……。ありがとう、ごさいます……。ごめんなさい。わたしの……、わたしのせいであなたを傷つけてしまって。ううっ、ぐすっ……」
「――ははっ。い、いいんだ。キミが無事なら、それで」
ボコボコに蹴られて床に這いつくばったイケメンと、傍らでしくしく泣いている小柄な女の子。
儚くも美しいその光景に、私は完全に目を奪われていた。
「これが俗にいう、『ユータス様、ボコボコにされながらも身を挺して女の子を守る』事件ね。私が、初めてユータス様の事を知った出来事よ。カッコよかったな、ユータス様」
「ああ、なんか想像できるわ。あいつならやりそうだわ」
「まま、まりりん殿ッ! ユータス殿が守った女の子というのは……、ま、まさかッ!」
「そ。白夜の団の僧侶、ココロだよ」
「ななな、なんとッ! 自らをかえりみずココロたんを守るとは……。ユータス殿は勇者の鏡ですなッ! 吾輩、感動しましたぞッ!」
確かに、ユータス様はココロを守った。
同時に、あのクソみたいな勇者の男も守ったんだ。
私は、見逃さなかった。
あの時、一瞬、ココロの殺気が異様に膨れ上がったのを。
ココロには何かある。得体の知れない、何かが。
ユータス様もそれを感じ取ったのだろう。
だから、咄嗟に身を挺して庇ったんだ。
何か、はわからない。
あの一件以来、私が白夜の団を陰ながらサポートしてる時も、ココロは至って普通だった。
初級の回復魔法しか使えない、ただのへっぽこ僧侶だった。
まあ、ユータス様がうまくコントロールしてるんだと思う。
その辺は知らんけど。
「えーっと。私がユータス様推しになった出来事その二。話してもいいかな」
「まだ続くのかよ。もういいわ」
「うっさいレイジィ。次の話はね『ユータス様、飛び降り自殺しようとした娼婦の女を助ける』の巻、だよ」




