王都からの旅立ち
町に戻ってきた私達は、真っ先に冒険者ギルドへと向かい、火龍ベニホムラの討伐に成功したことを報告した。
しかし、ここでひと悶着あった。
私達がベニホムラを討伐したから、避難指示は解除してもいい。
でもって、第一騎士団は全滅で、討伐に向かった人達みんな死にかけてるから早く助けに行った方がいい。
って、進言したけど、ギルドの上層部は聞き入れてくれなかった。
「第一騎士団が全滅することもあり得ないが、それを差し置いて、Dランクパーティ―が討伐に成功するなんて話、信じられるかッ! 避難解除はできない!」だってさ。
だったらどうしてDランクパーティ―までも討伐にけしかけた。ぐずぐずしてるとみんな死んじゃうですけど。
疲労困憊で怒りの沸点が異様に低くなっていた私は、ここで押し問答をする気はさらさらなかった。
こうなったら、非人道的な方法で私の実力を知らしめてやるしかない、と思った所で私の良く知る女が現れた。
「まあまあ。とりあえずは調査団と医療班を派遣して、真偽のほどを確かめようじゃありませんか。その子の話が本当だとしたら、今は一刻を争う事態です。避難解除は多少遅くなってもかまわないでしょう」
パチクリっと私に向かって、ウインクをかましたミルフィ。
すると、やたら胸元が開いたワンピースを着た受付嬢の言う事に、ギルドの上層部は態度を百八十度変えて、調査団を派遣することを即刻決めた。
「……実質、ギルマスじゃん……」
「ん? なにか言ったかしら? まりりんさん」
「いえ、なにも……」
※ ※ ※
その後。
カルムの大森林にてベニホムラの亡骸が調査団によって確認され、傷ついた人達は応急処置を施された後、町へと運びこまれたらしい。
王宮からはすみやかに避難指示の解除が発令されて、町は徐々に落ち着きを取り戻していったそうな。
その間、私はというと、自室で泥のように眠っていた。
元々体調不良だった上に、ちょっとはっちゃけ過ぎたため、体力の限界を超えていたのだ。
トンさんにおんぶされて自室に戻ったところまでは覚えている。
そこから先は記憶にない。
起きたら、朝だった。
そして――。
迎えに来たトンさんと一緒に、早朝から私達は冒険者ギルドへ向かった。
体調はまずまず。
昨日、暴れまくっていい汗かいたからか、平時の六割程度までは回復していた。
ショック療法みたいなもんか。
ギルドの受付には、いつもと変わらぬ恵体ボディのミルフィがいた。
「おめでとう。まりりんさん、イートンさん。黒朝の団は本クエストをもって、Bランクに昇格よ」
「やったあー! ……って、え? Bランク? なんで?」
「Bランクね。Sランクの討伐クエストを達成したから、実力的にはAランクでもいいぐらいなんだけどね。ギルドの定めたクエストポイントの規定だとBランクどまりなのよ」
「や、そういう意味じゃなくて。てっきりCランクに昇格するもんだと思ってたから……。別にいいけど」
私達、黒朝の団はBランクに昇格してまった。
パーティ―ランクには正直、全く興味ない。
私達はCランクに昇格して王都から旅立つことができればそれでいいのだ。
「ふむふむ。パーティ―のランクに飛び級制度があるとは、知りませんでした」
「前例はないわね。パーティ―結成から半月でBランクに昇格するなんて、前代未聞よ。あの伝説のパーティー、昇りゆく太陽ですら一か月でCランクだったんだからね?」
「へへっ」
そう言われるとちょっと嬉しい。
お母さんが所属していた昇りゆく太陽。
その記録を、黒朝の団は大幅に更新したのだ。
お母さん、褒めてくれるかな。
褒めてくれると嬉しいな。
私、けっこう頑張ったんだからね。
「ああ、それと報奨金もでてるわね。――はい、どうぞ」
パンパンに詰まった布袋が、受付カウンターの上にズシリと置かれた。
「八千万ゴルド。大金貨、八百枚よ」
「おお。これは助かる」
「なな、八千万ゴルドとなッ! 一生、遊んで暮らせる程の金額ではありませんかッ!?」
「へえ、そうなんだ」
酒場の給仕の年収が大体二百万ゴルドだった。そんなもんか。
なんにせよ、お金はあるに越したことはない。旅には費用がかかるのだ。
トンさんの食事代、レイジィのおこずかい、その他もろもろ。
目標金額は決めてなかったけど、これだけあれば十分だろう。
ちなみに、レイジィが泊っていた宿の壁の修理代はすでに支払済だ。
「いろいろありがとね、ミルフィさん」
ミルフィはなんだかんだで黒朝の団を、ってか主に私のわがままを通してくれた。
レイジィを紹介してくれたし、クエストの受注も優遇してくれたしで。
昨日も私を庇ってくれたしね。
「いいのよ。私の立場上、特定の子を贔屓するなんてことあってはならないんだけど、私、すっかりまりりんさんのファンになっちゃったから。あなたなら、凶悪な魔族達から人々を救ってくれるんじゃないかって、本気で思ってるの」
「はあ。そうですか」
残念ながら、その期待には応えられない。
私は魔族なんて眼中にない。
私はユータス様の旅路をサポートすることしか考えていない。
ただし、それを邪魔する奴がいたら容赦しない。
魔獣だろうと、魔族だろうと遠慮なく殺っちゃうよッ!
「じゃあ行くね」
「そう。頑張ってね。期待してるわ」
「はい、任せて下さい」
「生きて帰ってくるのよッ!」
「もちろんですッ!」
ユータス様は絶対に死なせません。
※ ※ ※
「……ッ! 降ろせイートンッ! 俺は王都から出ねえって言ってんだろッ! 聴こえてんだろ、降ろせってッ! ――降ろせやおっさんッ!」
「はっはっはあぁ。威勢がいいですなあ、レイジィ殿は」
来た来た。
我が黒朝の団は三人パーティーである。
時々忘れそうになるけど、旅立つとあれば、連れて行かないわけにはいかない。
一応、勇者の称号も持ってるしね。
「レイジィ。自宅警備員の仕事ご苦労さん。知ってると思うけど、ベニホムラの脅威はもう去ったから警備しなくてもいいよ」
トンさんが、肩に担いでいたレイジィをふわっと優しく地面に置いた。
レイジィは、半月前はヒョロヒョロで不健康そのものだったけど、幾分かふっくらしていた。
肌艶もいい。清潔感もわりとある。
当面の生活費として百万ゴルドのお小遣いを渡しておいたけど、正解だったな。
ちゃんと栄養のあるものを取っていたらしい。えらいぞ、レイジィ。
「ああん? 町の様子からそれは分かってるわ。つーか、旅立ちってなんだよ? お前ら、まだDランクパーティ―だろ」
「お前らって何よ。あんたもメンバーなんだからね。本日、私達黒朝の団はBランクに昇格しました。よって、今から王都を旅立って、先に行った白夜の団を追いかけることとします」
ぶっちゃけぐすぐすしてる暇はない。
白夜の団が旅立ったのは二日前。
急げばまだ間に合う距離だ。
「はあ? Bランク? 何でだよ…………。いや、まりりん、お前まさか……」
レイジィは唖然をした表情をして、ずずずっと地面を後ずさり。
「察しがいいね、レイジィ君。そう。ベニホムラ殺ったの私」
「うそだろ……。まじで化け物かこいつ……」
なにやらぶつぶつ言っているレイジィ。
早く、腹くくれ。秒でくくれ。
くくってもくくらんでも、やることは変わらんけど。
「そんなわけで、今から旅立ちます。もうそこに馬車来てるから早く乗って」
「なっ、急すぎるだろっ! 何も準備してねえぞッ!」
「大丈夫。私達がレイジィの分も適当に用意しといたから。トンさん、こいつ馬車に放り込んどいて」
「了解であります」
「……っ! やめろイートンッ! くっ、離せやおっさんッ!」
はい、いっちょあがり。
レイジィの個人的な荷物なんて、どうせ私があげたお小遣いで買った物だ。
前の宿にいた時の荷物は、私が壁をぶっ壊した時にほとんど破損しているからね。
よって、レイジィ君には着の身着のままで旅立ってもらう。
文句は全て却下だ。
「そんじゃあ私達も行こっか、トンさん」
「ええ。ココロたん……、いえ、白夜の団を追いかける旅に出ましょうぞ」
旅立ちの準備には、一日しかかけることができなかった。
色々と不足している物資もあるかもしれないけど、とりあえずお金だけはあるからなんとかなる。と思う。
馬車は、金にものと言わせて最高級のものを御者付きで借り切った。
これなら多少強引な走行にも答えてくれるに違いない。
「白夜の団は、まずはサニタリア王国領中部地域の、カドケスの町を目指すと言っておられました」
「ここから馬車で五日ってとこね。最高速度で飛ばせば三日以内で着く。追いつけない距離じゃない」
白夜の団には一歳児のトワがいるから、馬車の速度は通常か、ややゆっくりベースだと予想している。
カドケスの町に同じ頃に着くのは難しいことじゃない。
問題は、無事にたどり着けるかどうかだ。
途中で、魔獣にでも襲われたらさすがに助けることはできない。
そこはもう祈るしかない。
馬車が走りだし、城下町の北門を出た。
見る見るうちに、町の外壁が遠ざかっていく。
ユータス様達は今頃、どのあたりを走っているのだろう。
心配は尽きない。
申し訳ないけど、少しの間だけなんとか耐えてもらいたい。
その後の命は、保証します。
あなたを激推ししているまりりんが、参りますので。




