VSベニホムラ、終幕
私の放った合成魔法――高気密に圧縮された獄炎が、特大サイズの炎の塊とぶつかり合う。
「いっけえええぇ!」
相殺――なんか狙っちゃいない。
「そのままぶちかませえええぇ!」
はなから、炎の塊なんて意識していない。
威力のレベルが違うのだ。
私が放った合成魔法は炎の塊を霧散させて、無防備となったベニホムラの頭部に着弾。
――起爆。
「ギィイヤアアアアァァァァ……!」
ベニホムラの頭部を中心に、高明度の閃光が弾けた。
鼓膜を震わす大爆音。
衝撃で周囲の枝葉が吹き飛び、同時に熱波が押し寄せた。
ベニホムラが力なく墜落してくる。
地面に落ち、土煙が舞った。
「ワン・ダウン。あんたの頑丈さは大体わかってるよ。まだまだいけるでしょ?」
土煙をまき散らし、身を起こすベニホムラ。
頭部から腹部にかけて広範囲に焼けただれており、赤黒い血にまみれている。
顔面は、原型を留めないほど破損してケロイド状だ。
それでも――
「ヴオオオオオォォォォオ!」
戦意は衰えていない。
むしろ、目は一層血走り咆哮はより甲高い。
やる気満々だ。
まあ、私も殺る気満々なんだけどね。
ベニホムラが翼を広げ、飛び立った。
十数メートル上昇した後、静止。からの、高速滑空。
すなわち、ダイブ・トゥー・私ッ!
だがしかし――そうはさせない。
右手に風属性、左手に水属性の魔力を込めて――
両手を広げて、宙を抱く。
「暴風氷柱嵐舞ッ!」
ベニホムラの高速滑空を、巨大な竜巻が強制遮断。
翼を絡め取り、巨体を巻き上げた。
竜巻の中で吹き荒れるのは遠心力をともなった無数の氷柱だ。
制動を失ったベニホムラに縦横無尽に襲い掛かかっていく。
なすすべなく氷柱の餌食になったベニホムラは、回転しながら遥か上空まで舞い上がり、やがて地上に墜落してきた。
「ツー・ダウン。もうおしまい? 大人しくしてくれるなら、見逃してもいいけど」
思わず、本音が零れ落ちた。
元々は悪いやつじゃなかった。
カルムの大森林の守り神とも呼ばれていた程だ。
向かってくるなら殺っちゃうけど、逃げるなら追わない。できれば逃げてほしい。
淡い、期待。
「ガアアアアアァ!」
起きざまに、放たれた炎の塊。
「防風障壁ッ!」
先ほどと打って変わって、威力が弱い。
私は中級風魔法でなんなく弾き飛ばした。
震える身体で起き上がったベニホムラの身体には、無数の氷柱が突き刺さっており、体表は流血すら許されないほどところどころ凍り付いている。
見るも無残な、痛々しい姿。
真紅の鱗に覆われ、畏怖さえ感じた硬質の輝きは完全に失われていた。
わずかに胸が痛む――。
はっ。
私は、自嘲した。
元々の原因は私で、ここまでやったのも私。
傷つく資格はないし、今更後戻りもできない。
わかってる。非情に徹するしか、道はない。
ぶれるな。
こいつを倒さなきゃ、私の目的は達成できないんだッ!
私は一度、大きく息を吐いた。
ベニホムラはすでに守り神じゃない。
魔獣だ。
もう、楽にしてあげよう。
私は、ゆっくりとベニホムラに歩みよった。
地面に両手をついて、魔力を伝藩させる。
右手に土属性、左手に水属性の魔力を込めて――
「広範囲泥沼領域」
ベニホムラの周囲が沈み落ちる。
翼を、手足をもがき必死に抵抗するベニホムラ。
もがいて、もがいて、もがき苦しんで。
その度に泥沼に沈み込んでいく。
「ヴオオオオォォォォオッ!」
身体が半分近く沈み込んだあたりで、ベニホムラは耳をつんざく程の咆哮をあげて、勢いよく飛び上がった。
ようやく脱出に成功したようだ。
そのまま上空に留まり不安定なホバリングをみせている。
地上の私を見つけ次第、狙い撃つつもりなんだろう。
私はその様子を、ベニホムラのさらに上方から見下ろしていた。
風魔法を起動させて大ジャンプをかました私は、間もなく落下するだろう。
ベニホムラに、トドメの一撃をくれてからね。
右手に火属性、左手に土属性の魔力を込めて――頭上にかかげた。
「魔法の隕石ッ!」
燃え盛る大岩を、ベニホムラの背中にぶち当てる。
「ギィイイイヤアアアアァァァ…………」
大岩の質量に押しつぶされて、ベニホムラの断末魔が遠ざかり――一瞬の間を置き、地面が爆ぜた。
「スリー・ダウン。ノックアウト。――終わりだね……」
上空からベニホムラの最期を見届けた後、私の落下が始まった。
力なく、重力に任せての自然落下。
もう体力なんか残っちゃいないし、風魔法を起動する気力もない。
だけど。
私は安心して、落下した。
だって――。
「まりりん殿ぉ! 大丈夫でありますかぁ!」
ほらね。
マイブラザーはその辺、ぬかりないのだ。
ふわっと包み込むような優しいキャッチングにて、私はトンさんの腕の中に収まった。
「お疲れ様です。まりりん殿」
「へへっ。やったよトンさん。クエスト、達成だね」
「ええ、そうですな。全く、まりりん殿は無茶をなさる」
「トンさんこそ。まだ立ち上がることもつらいでしょ」
とは言え、絶対受け止めてくれるだろうと思ってたけどね。
「いえいえ、まりりん殿の回復魔法のおかげで、大分良くなりました故」
「そっか」
そういう事にしておこう。
私がトドメの一撃に放った合成魔法は、大地に直径30メートル程のクレーターを出現させた。
「トンさん、降ろして」
「立てますか?」
「うん。大丈夫」
クレーターのふちに立った。
中央の窪みには、大岩がまるで墓標のように鎮座していた。
私は目を閉じ、心の中でそっと語りかける――。
「――よしっ。全部終わったことだし、帰ろっか」
「そうですな」
「ってことでトンさん。おんぶをお願いします」
「ええ。もちろんですとも」
私達は、カルムの大森林を後にしてよろよろと町へと帰っていった。