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最後のチャンス

 ドンドンドンドンッ!


「まりりん殿ッ! ご在宅でしょうかッ!? 開けますぞッ!」


 借りている部屋の扉が、激しくノックされる。

 深く沈んでいた私の意識は、泥の中をゆっくりと浮上するように徐々に覚醒していった。

 日差しが眩しい。

 薄目を開けて、視界を占拠するのは見慣れた巨体だった。


「……やあ、トンさん。おはよう」

「おはよう、じゃありませんよまりりん殿ッ! 吾輩、ずっと待っておったのですぞ。一体、今何時だと思っておるのですかッ! すでに正午をまわっておりますぞッ!」

「ほえ?」


 正午? はて。

 昨日は確か一晩中考え事をしていた……、気がする。

 朝方まで考えていたけど答えはでなくて、それで……。

 いつの間にか寝入っちゃったんだ……。


「ううっ、頭痛い……」


 知恵熱かもしれない。頭使い過ぎたからかな? 

 一晩中、考え事をしてたんだ。そりゃ熱もでちゃうよ。


 ああ、そうだ。

 白夜の団(ホワイトナイト)の旅立ちを遅らせるにはどうしたらいいのか考えてたんだっけ。

 泊っている部屋に強盗に入って、旅の資金を盗みだすか。それかいっそのことトワ当たりを拉致っちゃうか。

 いや、ダメダメ。

 ユータス様にバレたら終わりだ。私が終わる。倫理的にも絶対ダメだ。


 結局、答えはでていない。

 一体私は、どう立ち回ればいいのだろうか。

 白夜の団(ホワイトナイト)は今日の朝にはもう、王都を旅立つというのに……。


「…………」

「まりりん殿? どうされましたか?」

「…………トンさん」

「ええ」

「私、やっちゃった」

「心中、ご察しいたします」

「ああああああああああぁッ!」


 私の絶叫が、部屋中に響き渡る。

 寝すごしたッ! 

 白夜の団(ホワイトナイト)は今日の朝には旅立つと言っていた。

 今は昼。

 正午過ぎッ! 

 なんてこったッ!


「トンさんッ! 白夜の団(ホワイトナイト)はッ!?」

「ええ。早朝に王都を旅立ちましたとも。吾輩、この目にしかとココロたんの姿を、焼きつけてまいりました」

「いやあああああああぁ!」


 私のばかばかばかッ! 

 ねぼすけッ! 

 あんぽんたんッ!

 今まで生きてきた中で一番と言ってもいいぐらい大事な日に寝過ごすなんて、一体何やってんだッ!


 こうしちゃいられない。

 今すぐ、追いかけなくちゃ!


「行くよトンさんッ! まだ間に合うからッ!」


 ベッドから立ち上がり、一歩踏み出そうとした、その時。


「あ、あれ……!」


 私は、膝から崩れ落ちた。

 足に力が入らない。

 ってか身体が鉛のように、重い。


「まりりん殿、大丈夫でありますかッ! ……むむっ、これはひどい熱ではありませんかッ!」


 トンさんに抱きかかえられてベッドに寝かされる。

 今更ながら、身体が尋常じゃないぐらい火照っていることに気がつく。

 ここ二週間程、かなりのハードスケジュールで身体を酷使してきたつけが回ってきたのかもしれない。

 最悪のタイミングだ。


 それでもッ!


「私は行かなくちゃいけないのッ! こうしている間にもユータス様が魔獣に襲われて、傷ついちゃうかもしれないんだよ? 死んじゃうかもしれないッ! 私が守ってあげなくちゃ!」


 ベッドから無理矢理身を起こし、床に転げ落ちる。

 身体に力が入らない。


「ユータス殿より先にまりりん殿が死んでしまいますぞッ!」


 再びトンさんにベッドに戻され、諭される。


「やだやだやだッ! やだあぁ! ……うわああああぁーん!」

白夜の団(ホワイトナイト)を信じましょう。お願いですから、今は身体を休めることに専念してください。吾輩、まりりん殿が無理をして死んでしまったら、悲しくてやりきれませんよ」

「トンさん……。ううっ、ぐすっ……。うええええぇーん……!」


 悔しくて情けなくて惨めで。


 泣きつかれた私は、いつの間にか眠りについた。

 これまでは気が張りつめていたせいか、疲れもほとんど感じていなかったけど、身体には相当負担がかかっていたらしい。

 ぷつりと緊張の糸が切れた私は、その後死んだように眠り続けた。


 一昼夜眠り続け、目覚めた時には次の日の朝になっていた。


 ※ ※ ※


「……ん、うぅーん……、うるさい、な……」


 外がやけに騒々しい。


 私の睡眠を邪魔する、人々の騒ぎ声。

 サイレンの音も聞こえる。

 子供の泣き声や、大人の怒号が飛び交い、町全体がパニックに陥っているようだ。

 私が寝ていた間に何かあったのだろうか……。


 私はベッドの中で想像力を働かせてみた。

 十秒で飽きた。

 全く、興味が湧かない。


 町で何が起きていようとどうだっていい。

 例えば、カルム火山が爆発して町に甚大な被害がでるってことなってもかまわない。

 例えば、魔族が攻めてきて王都が壊滅したって別にいい。

 この町に、ユータス様はもういないのだから。


 それにどうせ、私の身体はまだ満足に動かすことができない。

 昨日よりはだいぶましにはなったけど、まだ頭は痛いし熱もある。

 寝返りを打つのもおっくうだ。

 物理的な怪我であればある程度は回復魔法で治せるけど、内部機能の低下は治せない。

 結局今の私は、栄養のあるものを食べて、よく寝て、身体の自然治癒力に任せることしかできないのだ。


 とはいえ、二度寝するには外がうるさすぎる。

 私は布団を被って、無理にでも寝ようとした、その時。


 ドンドンドンドンッ!


 部屋の扉が、激しくノックされた。


「まりりん殿、ご在宅でしょうかッ!? 開けますぞッ!」


 私の返事を待たずに、トンさんが勢いよく入ってきた。

 額には大粒の汗。よほど急いでやってきたらしい。


「やあ、トンさん。おはよう」

「おはようございます、まりりん殿ッ! いやはや、緊急事態ですぞッ! あっ、ご容態はいかがですか!?」

「うん。昨日よりはましになった。でもまだ三割ってとこかな。……で、何があったの?」

「ええ。単刀直入に申し上げますと、カルムの大森林の守り神である、火龍ベニホムラが魔獣化したとのことでありますッ! 現在は王都を拠点に活動しているパーティー、並びに王都の第一騎士団が対処に向かっているとのことであります」

「そうなんだ」


 だからこの騒ぎってわけね。

 ふーん。


「町の住民達には、万一の場合に備えて地下壕への避難指示が発令しております。ささっ、まりりん殿も一緒に避難しましょう。吾輩、そのために来たのであります」


 王都には各所に地下壕がある。

 近くにあるカルム火山が噴火した場合と、魔族が侵攻してきた場合に備えてのものだ。

 今回は魔族じゃなくて魔獣だけど、魔獣化した元のやつがヤバいから避難指示まで発令してるんだろう。


 ――避難、か。

 めんどいな。


「私は遠慮しとくよ、まだ身体が怠いし、私は自分の身は自分で守れるから大丈夫だよ。トンさん一人で行ってきなよ」


 もし、火龍ベニホムラが借りている宿まで迫ってきても、自分の身を守ることぐらいはできるだろう。

 身体は絶不調でもそれぐらいの自信はある。


「そうでありますか……。いやはやまりりん殿の豪胆さには恐れ入ります。ここへ来る道すがら、レイジィ殿が泊っておられる宿にもお声をおかけしたのですが、レイジィ殿も避難はしないようです。俺はこの宿を守ってんだ、とおっしゃっていました。お二人とも、肝が座っておられます」

「そう、だね……?」


 私、知ってるよ。

 それ、自宅警備員ってやつでしょ? ニートの別名じゃん。

 レイジィのやつ、あいかわらずだな。


「であれば吾輩一人、避難するわけにはいきますまい。お二人の勇気に習い、吾輩、討伐隊に参加いたしまずぞッ!」

「えっ、なんでそうなるの……。まあ、いいや。無理しないでね」

「ええ。危なくなったら自分の命を守ることを最優先にいたします。なんと言っても、冒険者ギルドが設定した討伐クエストランクは暫定でSランクッ! 最高ランクでありますゆえ――」


 なん、だと……!


「ではまりりん殿。生きて会いましょうぞッ!」

「待って」


 熱でぼんやりしていた思考が、一気にクリアになる。

 お先真っ暗だった私の計画に、一筋の光が差した。とてもか細い光だ。

 体調は万全じゃないし、正直心も折れかけていたけど、私はその光を絶対に逃さないッ!

 唯一にして、最後のチャンスだ。

 これを逃したら、私の推し活は終わりを迎えるだろう。


 やってやる。


「私も行くッ!」


 Sランククエストを達成して、今日中にCランクに昇格してやろうじゃないかッ!


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