そして……寝過ごした
――なんて、思っていた時もありました。
黒朝の団結成初日にDランクに昇格して、Cランク昇格も楽勝じゃね? とか思って浮かれていた私を殴ってやりたい気分だわ。
完全に誤算だ。
私は一つ、ある可能性を見落としていたのだ。
※ ※ ※
黒朝の団の活動自体は順調だった。
Dランクに昇格して、翌日以降も一日に複数の討伐クエストをこなして、順調にクエストポイントを稼ぐことができた。
尋常じゃないぐらいに魔獣を、狩って狩って狩りまくっていたのだ。
ユータス様達のパーティー、白夜の団はというと、Cランクへの昇格の目算が立ったのか、クエストの受注は最小限に抑え、王都からの出立を見据えて旅の準備に勤しんでいるようだった。
白夜の団には、魔法使いのセツナの息子、トワがいる。
まだ一歳児だ。物資も通常の旅よりは多く必要だろうし、それはそれは入念な準備が必要なんだろう。
白夜の団は、討伐クエストはほとんど受注せずに、時々、採取クエストに出かけるといった具合だった。
よって、私も黒朝の団の活動に集中することにできたのだ。
まあ、それはいい。
半月程経った、ある日の夜のこと。
先にクエストを終えて、酒場の隅っこでトンさんと遅めの夕食をとっていた時だ。
私達は、朝に採取クエストに出発したユータス様達を待っていたのだ。
いわゆる出待ちってやつ? この場合は入り待ちかな?
とにかく待っていた。
不安な気持ちを抱えながら。
「ユータス様達まだ帰ってこないよ、遅くない? カルムの大森林での採取クエストでしょ? なにかあったのかな……?」
「うーむ、確かに遅いですな。いつものパターンですと日が落ちる前には帰ってきておりましたな。すでに八時を回っております。少々気になりますね」
「大いに気になるよッ! きっとなにかトラブルがあったんだよ。ちょっと私、カルムの大森林まで行ってくるよッ!」
「まりりん殿ッ! 少し、落ち着きなされッ!」
「だってッ!」
興奮して、椅子をはじき倒しながら立ち上がった私を、トンさんがなだめすかす。
「信じて待ちましょう」
「信じる……、無理。信じられない。白夜の団ってトンさんが思っているよりずっと弱いんだよッ!」
白夜の団の危うさは私が誰よりも知っている。
私が手助けしてなきゃ、とっくに全滅しているパーティーなのだ。
ちょっと強めの魔獣にでも遭遇しちゃってたら、命の保証はない。
私が過保護かつ、完璧に守っていたから。
すぐに助けず、グッと我慢して見守れば良かったと思うけど、後の祭りだ。
白夜の団は未熟なまま、旅立っていくだろう。
だが、それも今日生きて帰ってこれたらの話。
「行くわ」
「まりりん殿ッ!」
私が、血気盛んに酒場の出口へと向かおうとした時、タイミングを図ったかのように扉が開け放たれた。
「あっ、帰ってきた……」
煌めく金髪に、弾ける笑顔。
ユータス様を先頭に、白夜の団のメンバーが朗らかな声を上げながら酒場に戻ってきた。
皆、疲労を感じさせながらも、充実感にあふれた表情をしている。
私は踵を返し、席に着いた。
「だから言ったでありましょう」
「うん、そうだね。ってかトンさん、ユータス様達なんかすごく機嫌よさそうだよ。やん、笑顔が眩しいッ! なんだかいっそう眩しいよッ!」
私は切り替えの早い女。
不安だった気持ちは、すでに彼方に吹き飛んだ。
「ですなッ! ココロたんの笑顔も負けてませんぞッ! 待ったかいがありましたな。……おや? マシロ殿の背中になにか括り付けてありますぞ?」
「あっ、ほんとだ。なんだろ? ……赤色の卵? でかくない?」
ユータス様達は酒場を横切り、同じ建物内にある冒険者ギルドの受付へと向かっていった。
まずはクエストの成果を報告するのだろう。
今日も採取クエストだったはずだ。確か、薬草とかそんな感じの。
だったらあの卵は、一体なんなんだ。
「ちょっと席外すね」
「ええ。後で聞かせてくださいませ」
認識阻害ローブを纏い、フードを深く被って、私はユータス様達の後を追った。
冒険者ギルドの受付の側にある観葉植物の影に潜み、聞き耳を立てる。
「――すいぶんと遅かったじゃないの、あなた達。心配してたのよ? なにかトラブルでもあったんじゃないかって」
ギルドの受付嬢、ミルフィの声だ。
物陰から少し顔を出して見てみると、ミルフィは今日も胸元が大きく開いたワンピースに身を包み、恵体をこれ見よがしにさらけ出していた。
ちっ、忌々しい。ユータス様の前で、その服はやめてくれ。
ユータス様の視線は……。
うん、さすが。知ってたよ。ミルフィの胸元なんて全く見ちゃいないッ!
哀れなり、ミルフィ。ユータス様に色仕掛けは効かないんだよ。
――って、えっと、今はそれはいいの。
白夜の団はこんなに遅くまで一体何してたんだ。
「――ごめんごめん。心配かけて悪かったよミルフィ。遅くなったのは――こいつを発見したからだ。確認してくれない?」
ユータス様が、マシロの背中に括り付けられていた赤い大きな卵を取って、ギルドのカウンターに慎重に置いた。
やっぱり、あの卵が原因か。
「――これは……。やだ、ちょっと嘘でしょ!? これって、火龍ベニホムラの卵じゃないのッ!?」
「――やはりそうかッ!」
カルムの大森林は、中心部にカルム火山を囲むように広がっている。
広大な森林地帯の真ん中にそびえるカルム火山。その、カルム火山を根城にしているのが、火龍ベニホムラだ。
とても穏やかな龍であり、カルムの大森林の守り神とも言われている。
でも、そんな龍の卵をなんで白夜の団がゲットしちゃってるわけ?
「――ここ最近、不思議とカルムの大森林の魔獣がめっきり少なくなってきただろ? だから僕達は、いつもは行かない大森林の奥地まで、探索範囲を広げてみたんだ――」
「――そうね。確かに大森林の魔獣は少なくなったわ。どこかの頭のイカれた冒険者のおかげで、劇的にね――」
誰が頭のイカれた冒険者よッ!
いないと思ってディスりやがってッ!
「――その言い方は良くないよミルフィ。その冒険者のおかげで、王国民は救われているんだよ? 感謝しないと」
えっ、やだユータス様……。
好き。
「――そ、そうね。あなたの言うとおりね。失言だったわ」
「――いいよいいよ。で、カルム火山のふもとまで来た時に、トワがやたらと上の方を指さしてたんだよ。なあ、セツナ」
「――そうそう。この子がさあ、しきりに指さすわけよ。で、上の方見たら大木の枝別れしたとこに、なんかおっきい鳥の巣みたいなのがあったわけ」
「――たやご、おっき、たやごっ」
セツナの腕に抱かれていたトワが、赤い卵に手を伸ばす。
卵、と言っているらしい。
「――鳥の巣なんて別に珍しいもんでもないし、無視して行こうと思ったけどトワがぐずるわけよ。マシロはマシロでやたらと吠えるしで、あたしはこれは何かあるなって思ったわね」
「――ワンッ!」
ふむふむ。赤子と動物の感ってのは侮れないしね。
未知の力ってやつ?
「――それでね、ユータス君が頑張って木に登って卵があるのを発見したんですッ! 巣から卵を降ろすのすっごく大変だったんですよッ!」
ココロが身振り手振りを交えて、興奮気味に話す。
羨まっ! 私もユータス様の雄姿、見たかったッ!
ココロの言葉を受けて、ユータス様が口を開く。
「――一目見たときからもしやとは思ったけど、僕も確信は持てなかったんだ。だって確か、火龍ベニホムラの産卵って数十年に一度だろ? 幻の卵って言われてて採取クエストのランクは――」
「――Aランクよ」
わお。すごいじゃん!
Dランクパーティ―の白夜の団がAランクのクエストを達成するなんて相当なもんよ。
しかも私の手助けなしで!
いやぁ、ユータス様達も成長したもんだね。
どこかの頭のイカれた冒険者もとい、可愛らしい素敵な魔法使いのおかげで森林の魔獣が激減したせいでもあるけど、この功績は間違いなく白夜の団の働きによるものだ。
ずっと見守っていた私も感無量だよ。
涙がでちゃう。
「――そっか。ってことはミルフィ、僕達、白夜の団は――」
「――ええ、おめでとう。よくやったわね。白夜の団は本日をもって、Cランクに昇格よ」
きゃああああぁ! すごいすごいッ! おめでとう、ユータス様ッ!
Cランクに昇格するのに一か月かかるって言ったけど、半月で達成しちゃったじゃんッ!
さすがは私の、推しの勇者様。
こりゃ、王都を旅立つ日も近いかもねッ!
――って、ん?
旅立つ日も近い?
待って。
「――ずっとこの日のことを夢見てきたんだ。Cランクに昇格して、王都から旅立つことを。幸いにも、旅立ちの準備はすでに整っている。僕は明日にでも王都を出立したいと考えている。いいかい? ココロ、セツナ」
待って待って待ってッ!
早いってッ! 早すぎるってッ!
私達の準備が整ってないってッ!
「――異議なしだよッ! ユータス君ッ!」
「――ちょっと予定より早くてびっくりしたけど、問題ないわね。いいわよ」
異議ありッ!
問題だらけだってッ!
「――だあぁだあぁ!」
それ賛成? 賛成の意思表示なの!?
「――ワンッ!」
うっせえわ犬っころがッ!
「――決まりだね。ありがとうみんな。それでは明日の朝、白夜の団はさっそく王都を旅立つこととする。不安はあるかもしれない。北部大陸を支配している魔族は、王都周辺の魔獣とは比べのものにならない強さだろう。でも安心してくれ。何度でも言おう。僕が君達を守る。絶対に死なせたりしないッ!」
今まで守ってたの私ですからあああああぁッ!
明日の朝旅立つって、もう寝て起きたらすぐじゃんッ!
ああ、完全に誤算だ。
私は、白夜の団が予定より早く、Cランクに昇格するという可能性を見落としていた。
なんてこった。
まだ半月もあるとたかをくくっていた。
私達、黒朝の団がCランクに昇格するのにはまだまだ時間がかかる。あと半月は必要だ。
明日旅立つ白夜の団を追いかけるためには少なくとも、二、三日以内にはCランクに昇格したいところだけど、間違いなく不可能だろう。
それこそ白夜の団のように高ランクのクエストを達成しない限りは不可能だ。
そんなクエスト、王都の冒険者ギルドには滅多にない。
であれば、なんとか白夜の団の旅立ちを遅らせることはできないだろうか。
トンさんに事のあらましを報告した後、私は宿に戻って一晩中、解決策を考えていた。
脳が沸騰するほど考えて考えて、考え続けた。
そして……。
寝過ごした。