まりりん無双
「氷塊弾、連射ッ!」
母指を立て、突き出した示指から無数の氷の弾丸が発射される。
氷の弾丸は、ゴブリンの四肢体幹に風穴を開けて、真紅の結晶を咲かせた。
「石岩槍ッ!」
しゃがみ込み、地面に土属性の魔力を伝藩させる。
向かってきたゴブリンの足元が尽き上がり、体幹を串刺した。
魔獣と化した野生生物は、恐れを知らない。
同胞の屍を超えて、次々と向かってくる。
その数、およそ二十体。
私の身体もだいぶ温まってきたところだ。
「一網打尽にしてあげるよ。悪いけど、殺っちゃうから」
指先を掲げ、風の魔力をほんのり発動させて、時計回りに回転させる。
風の魔力は、指先の回転を受けて、人工的な竜巻へと形状変化していく。
回転速度アップ。周りの木々がざわめく。
枝葉が巻き込まれ、吹き飛ばされていく。
幹が限界までしなり、大木がぐわんぐわん揺れている。
私の頭上には今や、木々の背丈を超える程に育った竜巻が、渦巻いている。
「いくよッ! 小規模塵旋風ッ!」
指先から解き放たれた中級レベルの風魔法が、ゴブリン達を吸い寄せるように捕らえ、巻きあげていく。木々も草花も全部、無差別に巻き込みながら。
バラバラと、屑と化した木々やゴブリンが降ってくる。
ずいぶん、見晴らしが良くなった。
地面は屑が散乱して、足も踏み場もないほどだけど。
「……す、すさまじいですな。まりりん殿……」
「まっ、こんなもんね。もう四十体は討伐できたかな。そんじゃあ、ゴブリンの討伐はこの辺にしといて、別のやつ、いっときましょうか」
依頼以上にゴブリンを狩っても、クエストポイントは貯まらない。
パーティーランクを上げるにはクエストポイントを稼ぐ必要があるのだ。
冒険者ギルドのクエストは基本、採取クエストと討伐クエストの二本立てだ。
討伐クエストは、比較的クエストポイントが高く設定されており、私が討伐クエストのみをリクエストして奪ったのは、それが理由だったりもする。
採取クエストは、安全だけど時間かかるしね。
「えーっと、あとこのカルムの大森林で達成できるのは……、魔獣化したブラックハウンド五体の討伐が十枚と、魔獣化した一角うさぎ五体の討伐が八枚、あとは……、魔獣化したアイアンタートル三体の討伐が五枚ってとこね。時間ないから、さくっとやっちゃいましょうかッ!」
私が次のクエストを吟味していると、トンさんが心配そうに声をかけてきた。
「ちなみに、まりりん殿。その、先ほどの戦闘でずいぶん魔法を使っておられましたが、魔力切れなどは、大丈夫なのでしょうか?」
「ああ、それは大丈夫。今のでだいたい二、三パーセントぐらいの消費かな。ゴブリンだけならあと千体は余裕でいけるよ」
「はあ。そういうものなのですか」
「そういうものだよ」
私に限ってはね。
駆け出しの魔法使いだったら、今ので魔力はすっからかんだろうけどね。
私にとって、魔力切れはさほど心配することではない。問題は体力だ。肉体的な疲労が限界になれば、移動ができなくなるから困る。
幸い、二年間の給仕の仕事と、ユータス様の追っかけで体力もついた。
なんてったってB+評価だからね。
トンさんも体力には自信があるようだから、たぶん私についてこれるだろう。
レイジィは置いてきて正解だったな。
あいつ、寝てばっかだから体力ないだろうし。
「むむっ、まりりん殿。あれは、ブラックハウンドではありませんか?」
「そうだね。うん、いい感じ」
先ほどの、ゴブリンとの戦闘を嗅ぎつけたのか、漆黒の体毛に覆われた大型犬をやや超える程の獣が、木々を縫ってわらわらとやってきた。
野生生物なら、これほどの騒ぎに逃げ出すところだが、魔獣化した獣は好戦的なため、向こうから寄ってくることも多い。
探す手間が省けて助かるよ。
「出し抜けの、轟雷電ッ!」
ブラックハウンドが戦闘態勢に入る前に、中級レベルの雷魔法を落っことす。
初手で三体、巻き込んだ。
ブラックハウンドが、距離を取って私達の周囲に展開する。
「まりりん殿ッ! 囲まれましたぞッ!」
「うん。知ってる」
奴らは、徒党を組んで四方八方から飛び掛かってくるから、厄介だ。
ユータス様達のパーティー、白夜の団も、何度か討伐を経験している。
ってか、大抵の場合、何十匹とに囲まれて、にっちもさっちもいかなくなって、ピンチに陥っていた。
四方八方から襲い掛かってくるブラックハウンドから、白夜の団を秘密裏に守るのは、毎回とても苦労した。思い出したくもない。
私が、周囲をバレずに駆けまわって頭数をごっそり削りきるのが先か、白夜の団が猛攻に耐えきれずに全滅するかの、時間との戦いだった。
ユータス様が大きな傷を負ったのも、一度や二度ではない。
あの時の緊張感に比べたら、私自身に向かってきてくれている今の状況の、なんと優しいことか。
視認した瞬間に、速度の早い雷魔法を打ち込めば良いだけの、簡単なお仕事だ。
「雷電ッ!、雷電ッ!、轟雷電ッ!、以下、略ッ!」
周囲のブラックハウンドを危なげなく殲滅して、私はさっさと次の討伐対象を吟味する。
時間が惜しい。
体力はまだ、十分に残っている。
「そんじゃトンさん。次は、一角うさぎでも狙ってみよっか」
「そう、ですな。吾輩、おとなしくまりりん殿に、ついて行くとします」
その後も、討伐は順調に進み、昼に受けた五十枚程のクエストは、日が落ちる頃には半分以上達成することができた。
予定通りだ。
うん。討伐クエスト、全部奪って良かった。
これで次からは、ミルフィさんもとがめたりしないでしょ?
※ ※ ※
「ねぇ、まりりんさん。私ね、長年ギルドの受付嬢をやってきたけど、今日ほどあっけにとられた事ってなかったわ」
感情をなくした声で、淡々と述べるミルフィ。
彼女の目の前には、私が大袋からぶちまけた大量のゴブリンの耳や、ブラックハウンドの尻尾、一角うさぎの角と、そしてアイアンタートルの甲羅が山積みになっている。
「へへっ」
「へへっ、じゃないわよッ! どうするのよこれッ! 討伐クエスト成功の証明だってことはわかってるよ? どうやったか知らないけど、大したものね。おめでとう。でもね、数が多すぎるのよッ! 邪魔だし臭いし。それに私、そろそろ退勤の時間なんだけどッ!」
急に、金切り声でまくしたてるミルフィ。
さっきまで淡々としてたのに、高低差ありすぎて耳がキーンとするわ。
なんだよ。
良くやったねって、手放しで褒めてくれると思ったのに。
そんなに時間外労働が嫌か。
何か、用事でもあるのか?
「もしかしてこの後、恋人と会う予定とか?」
そうだったら悪いことした。
申し訳ない。
「なっ、恋人なんてもう何年も――」
言いかけて、ミルフィは口をつぐんだ。
「あっ……」
察し。
私は深々と頭を下げた。
心からの謝罪の意を込めて。
「あの、達成報酬の勘定とか、クエストポイントの査定は明日でもいいですよ。もう遅いですし、また明日来ます」
「いいわよ、今からやってあげるわよッ! どうせ予定ないしッ! いいから頭上げなさいッ! 一体、何に対して頭下げてるのかしらねぇ?」
「それは、ミルフィさんが何年も恋人がいないことを自ら告白させて――」
「言わなくていいからッ!」
聞かれたから言っただけなのに、って言葉を私は飲みこんだ。
火に油を注いでもしょうがない。
「すいません。よろしくお願いします」
ぶつぶつと愚痴を垂れ流しながらも、ミルフィは査定を請け負ってくれた。
その割に動きはてきぱきとしていて、結果、酒場で夜食をとっている間に査定は終了した。
クエスト報酬はしめて、百十三万ゴルド。
そして――
「おめでとう。まりりんさん、イートンさん。黒朝の団はEランクから、Dランクに昇格よ」
「やったッ! やったよトンさん、頑張ったかいがあったね」
「ですなッ! まりりん殿のおかげですぞ」
トンさんと抱き合って、喜びを分かち合う。
そんな私達を尻見に、ミルフィが大きく息を吐いて言った。
「あのね、あなた達。今日の成果ってね、駆け出しのパーティーが、何か月も汗水たらして、時には大ケガを負ってコツコツとクエストをこなして、ようやく達成できるレベルよ? 色々と言いたいことや聞きたいことはあるけれど――特にまりりんさんが隠してる事とか。
まあ、いいわ。ひとまず、おめでとう。初日にDランクに昇格したパーティ―は前代未聞よ。でもね、Cランクへの道は、Dランクとは比べのものにならないぐらい困難なものだから、心して挑むように」
「はーい、がんばりまーす」
こうして私達、黒朝の団は結成初日にDランクに昇格するという偉業を成し遂げ、幸先の良いスタートを切ったのだ。
この調子なら、Cランクへの昇格も案外あっさりといけちゃうかもしれない。
もしかしたら、ユータス様達より早く昇格しちゃったりして。
へへっ。




