学園生活15
「エッシャル女大公様」
「あら、おはようございますバーベナ様。朝のご挨拶とはいえ話しかけられるなんて思いませんでしたわ。寝ていらっしゃらないのかしら、隈が出来ておりますし目が真っ赤でしてよ」
クラスに入った途端にかけられた声に冷たい視線を向けながら言うと、「無礼をお許しください」と深々と頭を下げた後、バーベナ様が「お時間を頂いてもよろしいでしょうか」と言っていらっしゃいましたので、昨日の続きかとため息を吐き出したくなってしまいました。
それにしても、よく見なくても頬が赤くはれていらっしゃいますわね。
わたくしの視線に気が付いたのか、赤くなった頬を押さえてバーベナ様が苦笑致しました。
「家族に僕が思い悩んでいることを話しました。両親にはそんなわかり切ったことで悩むなど下らないと吐き捨てられましたが、妹に思いっきり殴られて、兄さまに謝られて泣かれました」
「そうですの」
ご家族にあの内容を話すと言うのは、それなりに覚悟が必要ですわね。
ご両親のように下らないと言われてしまうのが殆どでしょうし、最悪家督を継ぐ根性が足りないと言われても文句は言えませんわ。
「僕は、エッシャル女大公様に認めていただきたいと思っています」
「それは、どのような意図を持ってのことなのでございましょう? わたくしといたしましては、婚約者候補だから認めて欲しいなどという下らない理由であったり、そうしなければご兄妹に勝てないからなどという愚かしい思いから来るものだとしたら、迷惑以外の何物でもないので、視界から消えていただきたいのですけれど」
「悔しかったんです!」
わたくしの言葉にバーベナ様が大声を出したので流石に少し驚いてしまいました。
「僕は、僕には向けてもらえなかった笑顔を兄さまに向けられたことが、悔しかった。僕を見て欲しかった、兄さまよりも劣っているとわかっているけれど、それでも僕は貴女に認めて欲しいんです!」
「それは、なぜですの?」
「僕を救ってくれたのが、エッシャル女大公様だから」
全く記憶にないのですが?
「貴女に初めてお会いした時、両親に少しでも気に入られるようにしろと言われて必死になっていた僕を見て、エッシャル女大公様は「子供を操り人形にするなんて、素晴らしい教育ですこと」と、両親に言ってくださいました」
言いましたかしら?
「では、貴方はそのご自分を救ったというわたくしを冷血だとか怖いなどと非難していらっしゃいましたの? 随分と身勝手ですのね。まさかとは思いますが、自分は言っていないとは言いませんわよね? 否定していない時点で賛同しているという事ですのよ」
「はい。妹にも同じ事を言われました」
反省している、とバーベナ様は深々と頭を下げますけれども、人の心はそんなに簡単に変わるものではございませんわ。
「どんなに僕が努力しても貴女に届かない、兄さまのように笑みを向けられる事も無い。どんどん苦しくなって、僕は現実から目を背けました。エッシャル女大公様がおっしゃったように、自分の悲劇に酔いしれていました」
「急に自分を見つめ直したと言われて、わたくしがそれを信じるとでも思っていらっしゃいますの? 都合のいい思考回路は修正不可能でございますのね」
「そう言われる事は覚悟してこうしてお話をしています。僕は、ブライモン公爵家の家督相続権を放棄します。妹が成人したら、正式に妹が次期ブライモン女公爵となります」
「自分に課せられた責任を、妹君に押し付けただけなのではございませんの?」
「妹には愛する存在が居て、その者と結ばれるため、王族の伴侶ではなく自分の想いを遂げるために権力が必要なら遠慮なく利用させてもらうと言われました」
「あら、賢くていらっしゃいますわね」
公爵家の跡取りになるとはいえ、『守護』の資格を持っているのでしたらある程度の結婚相手へのわがままは通りますものね。
クロトン様やホスタ様の伴侶の一人ではなく、思いを遂げる事を選ぶのであれば確かに利用出来るものを利用する、その考えは好ましいですわ。
「学園卒業後は、宮仕えをするつもりです」
「そうですの」
「その上で、改めてエッシャル女大公様の婚約者候補として僕を認めていただきたく存じます」
「お断りしますわ」
きっぱり言いましたが、バーベナ様の表情は変わりませんわね。
「僕は気の毒で可哀想で、利用されるしかない憐れな者でしかないので、それを利用してでも貴女の視界に入りたいと思います」
「大変迷惑ですわ」
「兄さまに、エッシャル女大公様がどれだけ王族として、一人の女性として素晴らしいのかを聞きました。それを成し遂げる事が如何に難しく、そのためにどれだけの努力が必要なのかを教えられました。到底出来るはずもない事を成し遂げる、忠誠を誓うにふさわしい方だと兄さまは自慢げに話していました」
「そうですの」
最推しのスピラエ様にそのように言っていただけるのは大変嬉しいのですが、なぜか好感度が上がっている状態なので出来ればわたくしの事は気にしないでいただきたいものですわ。
「今後、エッシャル女大公様に少しでも認められるよう努力します」
バーベナ様はそう宣言して深々と頭を下げるとわたくしの前から立ち去っていきました。
離宮に帰ったら、好感度を確認しておいた方がよさそうですわね。




