学園生活14
放課後になり、普段ならすぐにクラスから出て行ってしまうようなクラスメイトも残る中、ネリネ様もクラスにいらっしゃって邪魔にならないようにしているつもりなのか壁に寄り掛かったところで、バーベナ様がわたくしの前にやっていらっしゃいました。
「それで、わたくしに相談したいことと言うのは、バーベナ様が本日のお昼時間にスノーフレークさんに対して逃げるような行動をなさっていた事と関係があるという事でよろしいのでしょうか?」
以前より、ホスタ様とカクタス様はスノーフレークさんに対して距離を置いておりましたけれども、バーベナ様はまだ友好的な態度を取っていらっしゃいましたのに、本日のお昼、しいて言うのであれば食堂でのバーベナ様はいつものように一緒に昼食を食べようとしたスノーフレークさんから逃げるように視線を彷徨わせていらっしゃいました。
昨日の昼食の時間まではそのような様子はございませんでしたので、放課後に何かあったと考えるのが妥当でございますわね。
「エッシャル女大公様、僕は……、気の毒なのでしょうか? 可哀想なのでしょうか?」
「それがご相談内容でして?」
「簡潔に言うのであれば、そうです」
「そうですの。それはなんともお気の毒ですわね」
冷たい視線でそう口にすると、バーベナ様がこぶしを握り締めました。
「わたくしは以前に貴方にお伝えしたと思いますけれども、優秀なお兄様に家督を譲られ、王族の色を持った妹君は『守護』の資格を持ち、間に挟まれたバーベナ様はブライモン公爵家の跡取りという地位ではございますけれども、これといった功績はございませんものね。そんなご自分の状況が悲劇的だと酔いしれるなんて、なんてお気の毒でお可哀想なのでしょう。けれど、そのような事は以前より分かっておりましたわよね。バーベナ様はその状況を変えようと何も努力なさいませんでしたわよね。公爵家を継ぐというお勉強は一生懸命なさっているようでございますけれども、逆を言うのであればそれは当たり前の事でございます。それなのに、今更このわたくしに相談したいなんて、随分と都合のいい思考回路をお持ちでいらっしゃいますのね」
「僕は、僕なりに努力を――」
「そうなのですか。それで?」
「Sクラスに在籍出来て、ホスタ殿下のご学友にも選ばれて――」
「それはようございましたわね。それで?」
「エッシャル女大公様の婚約者候補に名前が挙がっているのも僕で――」
「それに関しては迷惑ですわね。それで?」
「…………報われない努力をしている僕は気の毒だと、可哀想だと、憐れまれました」
泣きそうな顔をしていらっしゃるバーベナ様に、そのような事を言ったのは間違いなくスノーフレークさんなのだとは分かりますけれども、憐れまれたからなんだと言うのでしょう。
「どんな努力をしても僕は代替品でしかなく、添え物でしかなく、他人に利用されるだけだと、僕を僕として見る人などいないのだとそう憐れまれました」
スノーフレークさんって、前世のというよりも、『花と星の乙女』の記憶を持ったヒロインですわよね?
攻略対象者であるバーベナ様の心を折ってどうなさりたいのでしょう?
「それで?」
「だから、僕を僕として見てあげることが出来るたった一人の存在だから、僕はエウヘニア嬢の手を取って受け入れるのが当たり前だと言われました。周囲にも、もう自分は僕とは特別な関係だとちゃんと伝えていると」
「そのような下らない内容が相談事なのでしたら、もう帰ってもよろしいですわよね?」
「え?」
「そんな下らない事で悩むのでしたら、妹君に家督を譲ると宣言なさって、鄙びた田舎で静かにお過ごしになったらよろしいのではございませんこと? 愚か者が公爵家の当主になる事も問題ですが、貴方のようにご自分の存在に意味を見出せない方が当主になられても問題ですの」
「それは、どういう……」
「公爵家は、王族に次ぐ存在。言ってしまえば貴族の見本でなければいけませんわ。世迷言に思い悩むような方を見本になど誰がいたしますの? 提出された少ない選択肢の中から、今の状況を選び取ったのは他ならぬ貴方自身でございますのよ。スピラエ様のように自由を選ぶ事も出来ましたのに、それをしなかったのは他ならぬ貴方自身。それなのに、甘えた事をおっしゃらないでいただきたいものですわね」
「僕には兄さまのような才能は無いからっ、妹のような王家の色も持っていない。他にどんな道があったというんですか。期待に応える事が出来るように必死に努力している僕を、エッシャル女大公様は否定なさるのですか? 僕が、兄さまのようにエッシャル女大公様と親しくないから貴女も僕を見てはくれないのですか?」
「なぜ、スピラエ様とバーベナ様を同列に見なければいけませんの?」
「だって、エッシャル女大公様は兄さまと親しいじゃないですか。僕の方が貴女の婚約者候補として相応しいはずなのにっ」
「バーベナ様。貴方がスピラエ様の弟でしかないと卑屈になっているのでしたら一つ教えて差し上げますわ。誰よりもバーベナ様の事を気の毒だと思い、可哀想だと思い、憐れんで、ご自身を見ていないのは、他ならぬバーベナ様ご自身ですわ」
わたくしはそう言って席から立ち上がると、バーベナ様に冷たい視線を向けます。
「悲劇の主人公になったように悲しみに浸るのは、さぞかし愉快なのでしょうね」
その言葉を残してそのままクラスから出て、ヒロインがヒロインをしていないとため息を吐き出しそうになってしまいました。
自分の置かれた環境にコンプレックスを抱えるバーベナ様の心を癒す事がヒロインの役目ですのに、やはり全力で心を折っているようにしか思えませんわね。




