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学園生活13(バーベナ)

「バーベナ様って、優しいですよね。こうして私の課題にも付き合ってくれますし」

「君が騒ぐからだよ」


 食堂で一緒に図書室の個室で過ごしたいと騒ぎ始めたエウヘニア嬢を無視しようとしたのに、「きっとバーベナ様のお兄様なら断らないでしょうね」と言われて、気が付いたら図書館の個室でエウヘニア嬢の課題を手伝う事を承諾してしまっていた。

 僕が成人した事で、正式にブライモン公爵家の跡取りから外れた兄さま。

 それでも、両親や親族は未だに兄さまが跡取りであればどれだけよかったかと嘆いているのを知っている。

 王家に近い血を持ちながらも王家の色を持つ事すら出来なかった中途半端な代替品。

 そんなこと、分かっている。それでも、僕はちゃんと努力しているんだ。


「私、クラスの人に自慢しちゃいました。バーベナ様は私に親切にしてくれているんだって。こうして二人っきりで過ごすなんて、なんだかドキドキしますよね」


 だったら、こんな風に二人きりになる状況なんて希望しなければいいのにと呆れてしまう。

 男女が図書館の個室とはいえ二人きりというのはあまりいいものではない。

 特に女性にとってはあらぬ噂が広まってしまえば将来にかかわる可能性があるのだから、もっと慎重になるべきなんじゃないだろうか。

 それとも、そんな考えは貴族だけのもので、平民はそんな事はないのだろうか。


「それにしても、将来に必要が無いのに勉強しないといけないとか、嫌になっちゃいますよね。意味ない事に時間を使うとか、人生を無駄にしてる感じです」

「え?」

「別に歴史なんか知らなくったって生きていけますし、美術や音楽なんてそこまでこだわる必要がありますか? 危険な目に遭いたくないなら護衛を雇えばいいだけなのに身につけないといけないなんて、本当に理解不能です」

「じゃあ、なんで君は学園に入学したんだ?」

「そんなの、そういうものだからですよ。お金があるんだし、学園に入るのは当然ですよね」


 当然。その言葉に気が重くなってしまう。

 出来て当然、努力して当然。その言葉は僕にとっては重い足枷でしかない。


「君は、将来の夢とかはあるの?」

「普通ですよ。昔みたいに幸せな生活が出来ればって思います」

「昔って、エッシャル大公家で過ごしていた時の事?」

「そうです。一人での生活には流石になれましたけど、見てくださいよ、ほら、あんなに綺麗だった私の手がこんなになっちゃったんですよ」


 そう言って目の前につき出された手は、確かに白魚のようなとまでは言わないけれども、そこまでひどいものにも見えない。

 治癒ポーションを飲んでいるとはいえ、武術訓練により傷ついた手を手袋の下に隠している高貴な令嬢達の方がエウヘニア嬢の物よりも痛々しいのではないだろうか。


「こんな苦労したって、なんの意味もないのに。本当に面倒ですよね。バーベナ様もそうでしょう?」

「いや、僕は家の為にも甘えは許されないから」

「家の為ですか。それってなんていうか、可哀想ですね」

「え?」

「なんていうか、自分が無いって言うか、家の犠牲になる人生とか気の毒です。そんな努力をしたって、ちゃんとバーベナ様を見てくれる人っているんですか? 結局、次期公爵様っていう肩書を見てくる人ばっかりなんじゃないですか?」

「そんなことはない」


 口では咄嗟に否定したけれども、声は震えていたかもしれない。

 誰も僕自身を見てくれない。

 その恐怖はずっと僕に付きまとって離れないのは事実でしかないから。


「私だったら、バーベナ様のことちゃんと好きになれますよ」

「え?」

「お兄様の代替品で、ホスタ様の添え物な、気の毒で可哀想で、公爵家の跡取りなんていう取り柄しかないバーベナ様でも、私だったらちゃんと好きになってあげる事が出来ますよ」


 何を言っているんだ、この平民は。


「さっきも言いましたけどクラスの人にも、私とバーベナ様は親しくしてるって言ってるんです。あ、もしかしたらつい友達以上だって教えちゃったかもしれません」


 そう言ってにっこりと笑う姿にゾッとした。


「君とは、知り合いでしかない」

「何言ってるんですか。こんな風に二人っきりでいるのに知り合いなだけとか無理がありますよ。それに、このまま何をしたって報われないバーベナ様を助けてあげる優しい人なんて、私以外いませんよ」


 エウヘニア嬢の言葉に、いつかのパーティーで兄さまに楽し気な笑みを向けていたエッシャル女大公様の姿が脳裏に浮かんだ。

 僕には向けられることの無い笑み。


「むしろ、私の手を取らないとか、バーベナ様が存在する意味ってあります? このまま引き立て役として他の人に利用されるぐらいしかないのに、それを助けてあげるって言う私の手を取らないとか、ありえませんよね」


 当然のように言われた言葉に、思わず椅子から立ち上がる。


「失礼する」

「えー、まだ課題が終わってないんですけど」


 背後から聞こえてくる声を無視して個室の扉を閉めて息を吐き出した。

 溶けた月を流し込んだような金色の冷たい眼差しが胸を締め付けてくる。

 僕は、無意味な存在なんかじゃない……。

 そうですよね? エッシャル女大公様。

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