婚約いたしましょう6
魔国ですし、魔王陛下がいらっしゃる王宮という事でおどろおどろしいものを想像していたのですが、水月離宮を出ても洗練された美しい光景が広がっておりますわ。
計算されつくしたように配置される景観、聞こえてくる風や水の音、歩く廊下には埃一つなく、壁のシミなど見つけられそうにもありません。
回廊を渡り終え本宮の中に入ってしまえば張られたガラスには曇り一つなく、どこかから漂ってくる香りは心を落ち着かせてくれるような気がいたします。
すれ違う魔人の方々はフリティラリア様に恭しく頭を下げつつも、その後ろを歩いているわたくしという存在に疑念を抱くようですが、本能で実力の差を感じているのか敵意を向けて来たり噛みついてくることはございません。
それはそれでつまらないですわね。
前世では画面の中でしか味わえなかった殿方を巡っての女の戦いという物をしてみたいのですけれど。
とりあえずフリティラリア様には水月離宮を出る前にくれぐれも大人しくしているように言われましたので、良い子のわたくしは言われた通りに大人しくしておりますわ。
でも、少し考えていただきたいのですけれども、フリティラリア様は大人の体、わたくしは七歳の体格なのです。
歩幅的にわたくしが小走りになるのは仕方がないではありませんか。
「パタパタと足音を立てるのははしたないぞ」
「未来の夫が紳士的でなくてわたくしは少し悲しいですわ」
そう言ってわざとらしくドレスのスカート部分を撫でますと、やっと気が付いたのかフリティラリア様がわたくしを抱き上げてくださいました。
「スカートのボリュームがありすぎて抱き心地が悪い」
「まあ! フリティラリア様にプロポーズをする為に気合を入れたドレスを選びましたのよ。普段からこんな動きにくいドレスを着るわけがないじゃありませんか」
「動きにくいドレスという自覚はあるのか」
「無かったら頭がおかしいですわね」
「日頃からこのようなドレスを好んでいるのかと思ってげんなりしていた」
「そこは、フリティラリア様の為に気合を入れたわたくしに惚れ直すところではありませんの?」
「そもそも惚れていない」
「では、心惹かれてしまうというわけですわね」
「なんというか、君が悪役令嬢と言われるのも少しわかる気がする」
「未来の旦那様にそんな事を言われてしまうなんて傷ついてしまいますが、心の広いわたくしは照れ隠しだと思う事にして許して差し上げますわ」
それに、似合いますでしょう?
ブルーローズの名前を示すかのようなロイヤルブルーのドレスは、凹凸が無いからこそ胸元にはふんだんにレースをあしらって砕いた宝石を縫い付ける事により光に反射して星が輝くように煌めき、それでいて流行りも取り入れたスカートに繋がる部分には金糸の刺繍がしっかりと施され、シルクとレースを何層にも重ねて薔薇の花が開いているようにも見えるふんわりと広がるスカートの部分には重ねられた布にランダムに金糸で刺繍が施されて宝石も縫い付けられており動いてスカートがひらめけば、それこそまるでそこに大輪の青薔薇が風に揺れているように見えます。
七歳のお誕生日パーティーに『着る予定だった』渾身のドレスですのよ。
髪型も、メイドに完璧に結い上げてもらって、どの角度から見ても隙がありそうで手を出せない雰囲気を作り、まとめた髪に飾ったドレスの共布で作ったティアラベールも相まって子供らしくありながら気品あふれる仕上がりになっております。
一ヶ月と少し前、わたくしの七歳のお誕生日パーティーはわたくしの社交界デビューを兼ねておりましたのに、肝心のわたくしが神の言祝ぎのせいで一ヶ月も昏睡状態に陥ってしまったせいで中止、目覚めてからもわたくしの体調と皆様のご予定を調整して後日行われることになりましたの。
成長期ですのに、そのパーティーが開かれる時にこのドレスをお披露目出来るかわからない事もあって気合を入れて選んだのですが、フリティラリア様のお心には響かないのですね。
趣味の不一致は将来的にわずかに不安要素ではありますが、ポジティブにとらえればわたくしとは違った着眼点を持っているという事ですわ。
偏った目線というのはよくありませんものね。柔軟に物事を捉えることも上に立つ者には必要なスキルですわ。
わたくしの寛大な言葉に感動したのか、一つ息を吐き出したフリティラリア様に抱き上げられたまま、お姫様抱っこではなく片手抱っこなわけですが子供ですものね仕方がありませんわ、とりあえず抱き上げられたまま廊下を進んでいきます。
先ほどまではフリティラリア様を見て頭を下げる方ばかりでしたが、奥に進むにつれて頭を下げる前にぎょっとしたようにフリティラリア様とわたくしに視線を向ける方が増えているように思います。
些細というか、ほんの一瞬なので注意してみなければ気が付かない程度の事なのですが……………………。
なるほど、フリティラリア様とわたくしがお似合いだから見惚れているのですね。