婚約者のお願いがえげつない(フリティラリア)
「フィラ様、こちらをお使いになってくださいませ」
「ん?」
夕食が終わり部屋に戻って当たり前のように渡された小瓶に首を傾げる。
これは、香水か?
「それを飲むと最低十年間は女避けが出来ますの」
「は?」
「いくらフィラ様の番がわたくしであるとはいえ、わたくしはまだ十五歳。十六歳になるまでもう少しかかりますし、それまでの間に番の香りにあてられてフィラ様のいつも以上に漂う色気に、女性が惑わされて近づいてしまう可能性がございますでしょう?」
「色気、増しているのか?」
「婚約契約で性的目的での接触が出来ないとはいえ、女性がフィラ様に群がらないとは言えませんもの。その霊薬を飲みますと、近くに居る番以外の異性には不快な感覚を植え付けることが出来るようになりますので、自然と異性との接触が無くなりますわ」
「いや、それはそれで困るんだが」
「大丈夫ですわよ。下心の無い忠義に厚い者であれば、多少の不快感などものともせずに今まで通りに接してくださいますわ」
「我はロジー以外に興味はないのだが」
「そんなことは当然でございますわ。それを踏まえたうえでわたくしはそちらの霊薬を飲んでくださいませと言っておりますの」
これはあれか、我の誠実さを試されているのか?
しかし……。
「それを言うのであれば、ロジーにこそ必要なのでは?」
「わたくしに?」
「君の周囲には有象無象の異性が多すぎる。好意を向けてくる者もいるそうだし、我よりも君が飲むべきなのではないか?」
「フィラ様、わたくしを馬鹿にしておりますの?」
呆れたようにロジーが首を横に振った。
「フィラ様という番が居ながら、このわたくしが他の男に目を向けるとでも思っていらっしゃいますの? そうなのでしたら随分と侮辱されておりますわね。わたくしはその辺に居るか弱い女ではございませんの。どんな有象無象が近寄ってきたところでその気になれば一瞬でその存在を消滅させることなど雑作もない事でございますのよ」
「それは、そうだな」
うむ、ロジーの強さは嫌というほど知っている。
この世界のどこに婚約者で番の五体を吹き飛ばす者がいるんだ。
教えられた時はショックのあまり一日中仕事が手につかなかったのだぞ。
「つまり、わたくしにはそのような小手先の道具など不要。付け加えて言うのであれば、日々フィラ様に愛されているこの体がフィラ様以外に反応するなど無意識下でもありえませんわ」
喜ぶべきか? いや、喜ぶべきなのだろうな。
「わたくしの体はすっかりフィラ様に育てられてしまいまして、十六歳の誕生日を迎えたらすぐにでもフィラ様に召し上がってもらっても問題がありませんわ」
番とはっきりと互いに認識してから、ほぼ毎夜ロジーを愛している身としては反論できないが、言い方という物があるのではないだろうか。
「ですので、わたくしにではなくフィラ様にこそ、その霊薬は必要なのでございます」
「そうか。効果は近くに居る番以外の異性に不快感を覚えさせると言うだけなのだな? 忠誠を誓っている者なら耐えられる程度の物なのだな?」
「ええ」
「そうか」
その言葉に、瓶のふたを開けてわずかにとろみのついた液体を口に流し込む。
「わたくしに仕えている者程度の忠誠心があれば何の問題もございませんわ」
「ごふっげふっ」
「あら? 姫露鞠花の蜜を使ったのですが、苦かったのでしょうか?」
また稀少価値の高い物を平然と使うな、当たり前のように温室にそんなものが咲いているという事実に未だに恐怖しかないぞ。
いや、違う。そこではない。
「ロジーに仕えているって、あの宝石精霊の事で間違いないのだな?」
「他におりまして?」
ああ、平然と聞き返されるとわかっていても聞いてしまった己が憎い。
あのような、ロジーに隷属している者を基準にしたような忠誠がある者が、そう簡単に我の周りにいると思っているのか?
自分で考えてちょっと悲しくなったぞ。
「飲んでくださいましたし、これで一安心ですわね」
「どういうことだ?」
「わたくしは魔国には基本的には滞在しておりませんでしょう?」
「ああ」
「たまに訪問いたしますと、魔国のご婦人やご令嬢が普段如何にフィラ様がお優しく接してくださっていて、婚約者がわたくしのような人族の子供で可哀想だとそれはもう親切にお話ししてくださいますの」
なんという命知らずな事をしているんだ。
「わたくしもその程度の事でいちいち事を荒立てるのもどうかと思っておりますので聞き流しているのですが、わたくしもどんどん成長してますます美しくなってきましたから、皆様焦っていらっしゃるようでして、なんと申しますか滑稽なほどにおしゃべりが過ぎますのよ」
「そうか」
「ですので、わたくしの面倒を減らすためにフィラ様に面倒な異性が近づかないようにすればいいのだと思いつきまして、世界樹にアクセスいたしまして該当する霊薬を調べたのですがどれも多少効果が微妙でございましたので、少々改良をいたしましたのよ」
「効果が微妙?」
「わたくしも非人道ではございませんし、フィラ様のお仕事も理解しておりますので、流石に霊薬を飲んだ方に近づくと吐き気をもよおすとか、認識されなくなってしまうとか、見た瞬間憎しみを抱くようになるとかというのは避けたいと思いましたの」
世界には、我が知りたくないものが存在しているのだな。
ロジーの言葉を信じるのであれば、いや、ロジーが嘘をついても意味がないので信じる一択なのだが、確かに大分改良されているのだな。
それにしても、ロジーに無駄な意地を張った女どもは運がよかったな。
ロジーの機嫌が悪かったら存在を消滅させられていたぞ。




