その世界を見てみたい2(ホスタ)
生きている中でこれほどの光景を見たことはなかったと断言できた。
わたしの周囲にはそれこそ『ちゃんとした』者しか存在していなかったのだから。
体の一部が欠損した者、変形した者、明らかに生活に支障をきたすであろう外傷の後を残す者、そう言った存在がわたしの目の前に現れ、じっとこちらを窺っている。
汚れて悪臭を放つやせ細った体、肉が削げ落ちぎょろりとした眼球から注がれる視線に思わず一歩下がりかけて、必死に踏みとどまりブルーローズ嬢を見れば、彼女は涼しい顔をして部屋の中に進んでいき、先に部屋の中に居た少女達と会話を始めた。
後で知ったことだが、あそこはスラムと言われる場所で、あの建物はスラムの中でも行くあても生きて行くすべすら持たないものが最後の希望に、そして最期の死に場所として使う場所だったそうだ。
そして、そんな場所に僅かばかりの希望を与えたのがブルーローズ嬢だった。
その建物を訪れ、話を聞く、その存在を否定せずに笑みを向ける。
それだけの事でそこに辿り着いた彼らには十分だったと言われた時、わたしはブルーローズ嬢に王族であるのなら彼らを救うべきだと責めた。
「もちろん、わたくしが救おうとすれば彼らはもちろんの事、スラムでしか生きていけない者、親を亡くし、または捨てられ、行き場のなくなったかたを救う事も容易ですわ。けれど、それは本当に彼らの為でして?」
言われた言葉の意味が分からなかった。
「わたくしが手を貸してそう言った方々を救ったとして、その先は? その方々は永遠にわたくしに頼り生きて行くかもしれませんわ。だって、困っていれば救ってもらえると、そのような『贅沢』を覚えてしまったらまた繰り返すかもしれませんでしょう?」
「だが、このまま見捨てろというのか。それが王族の言う事なのかっ」
「ホスタ様。わたくし達は王族であるからこそ手を出してはいけないことがあるのでございます。わたくし達のなすべきことは導くことであり、それは救う事と同意義ではございません」
「何が違うんだ」
「民に甘えを許すことが王族の役目ではございませんの。守る事はあっても、甘えさせてはいけませんのよ」
ブルーローズ嬢の言葉は当時のわたしには難解だった。
権利と義務、それを教え込まれて尚且つ、彼女が発した言葉はわたしにとって理解しがたいものだった。
「ホスタ様は努力をなさっていますけれど、それは他者に負けたくないという思いからではございませんか?」
「そんなことは……」
ないとは言えなかった。
「負けない為に学ぶ。それは大変すばらしいことにございましょう。けれども、わたくし達は王族なのです。そのような低俗な事に囚われて王族としての本質を見失う事等あってはなりません」
「王族としての本質」
「もちろん、王族としての本質は人それぞれにございます。当たり前ですわ、例え同じ父母の血を引いて同じ日に生まれた者でも、その本質は異なるのですもの。もしホスタ様が王族としての義務を果たしたいと思うのであれば、使えるべき権利を使い大局を見失わないようになさいませ」
「…………ここにいる者達は、どうなる?」
「ここに来る者は己の死を覚悟した者でございます」
「なぜ君はここに?」
「わたくしは王族ですもの」
また、難解な答えを返された。
「お爺様は厳格な国王でございますが、その手足となるべき貴族の全てが健全である者ばかりとは限らないのでございます。そしてそれは騎士団にも魔法師団にも言えます」
「君は国に忠誠を誓った者を疑うのか?」
「疑わないわけがございませんでしょう。わたくしは、わたくしが真に信頼するもの以外の全てを疑いますわ。美しい物だけを見続ければ、それが当たり前になり、いずれその価値すら見失うのです。わたくし達に必要な事は、民が暮らすこの国を導き守る事でございます」
「そんなことは当たり前だろう」
それでも、ブルーローズ嬢の言うようにわたしは美しい物だけを見ていた。
与えられる優しい世界を当然のものとしていた。
あの日から、わたしは何度も王宮を出て民の暮らしを観察した。
栄えていると思った王都にも貧富の差があり、当たり前のように平穏な暮らしを享受する者がいる一方、今日の糧を得ることすら出来ずに犯罪に走る者もいる。
いや、犯罪に走る者はそれだけの力があるのだからまだましなのだろう。
今この瞬間も力尽きる命がある。
わたしはそんな彼らを救いたいとお爺様に願った。
子供の戯言だと呆れられる覚悟を決めて緊張して願いを告げれば、お爺様はただ「それが選ぶ道なのならやってみろ」とだけ言った。
その日から必死に、今まで以上に貪欲に知識を求めた。
机上の空論と言われようとも諦めずに改善案を出し続け、少しでもブルーローズ嬢の見ている世界を見たいと進み続けている。
彼女もわたしも王族である以上、その責任を受け止めて生きて行かなければいけないのだ。
将来王冠を頭に乗せるのが誰になるのだとしても、美しく優しいだけの世界に生きることは許されない。




