貴女様に忠誠を(スピラエ)
エッシャル大公家の正統なる後継者であるブルーローズ様。
王族の中でも抜きんでた才覚をお持ちであり、既に王族教育の全てを習得しているとまで言われている。
魔法の家庭教師として月に一度お伺いさせていただいているが、実際の所は私の方がブルーローズ様にご教授いただいている状況だ。
「スピラエ様、これ、マジであのエッシャル大公女様がくれたんっすか?」
震える手で渡されたばかりの匂袋の刻印を確かめながら同じ第三師団の魔法師が尋ねてくるので頷くと、既に受け取っている者も、順番待ちの者も信じられないとため息を吐き出した。
そうだろうな、私も信じられない。
公的機関である魔道師団とはいえ、王族であるブルーローズ様が第三師団に所属している者の安眠を願って匂袋を作成するなど、あまりにも恐れ多い。
しかしながら刻まれた刻印は間違いなくブルーローズ様のものであり、流し込まれている魔力も間違いなくブルーローズ様のもの。
たとえ、同じ錬金工房を使って魔道具を作成したとしても作成したものには必ず作成者の刻印と魔力が刻まれるため偽装は不可能だ。
「ちなみに、同じものを騎士団の第三師団全員にも届けることになっている」
「ひえっ」
喉が引きつったような悲鳴に、その気持ちもわかると頷きそうになる。
ご本人は有言実行などといっていたが、魔法師団と騎士団の各第三師団に所属している全員に行き渡るほどの量の魔道具を作成するなど非常識にもほどがある。
それが例え子供でも作成できるアイテムであったとしても、物理的に、時間的に、材料的におかしい。
だが実際にブルーローズ様が作成した匂袋がここにあるのだ。
「薫風の音色って、作るのは確かに難しくないけど……」
「大公女様が面識もない俺達にわざわざ作るようなものか?」
恐々とした声にも、その気持ちもわかると内心頷く。
「ブルーローズ様は、我々第三師団に所属している者が、戦地より帰って来ながらも心身ともに緊張や興奮状態が続き十分な睡眠をとれないことがある事をご存じの上、その事を憂い、このように魔道具を下賜してくださったのだ」
きっと口には出してはいらっしゃらなかったが、時に出る犠牲者の事を悲しんだり、次は自分が犠牲になるのではないかという恐怖に苛まれている可能性も聡明なブルーローズ様であれば気が付いているのだろう。
その事を口になさらなかったのはブルーローズ様のお優しさゆえ。
我々の見栄と矜持、そして誇りを思ってくれてのことに違いない。
「エッシャル大公女様が第三師団を気にかけてくれるなんて知ったら、第一と第二師団のやつらが悔しがるだろうな」
「ああ、普段泥臭い仕事をするしか出来ないって俺らの事を同じ魔道師団に所属するものとして情けないなんて偉そうに言ってくるから、鼻を明かせるってもんだ」
「こら。確かに第三師団を下に見ている第一第二師団の者達の鼻は明かせるかもしれないが、いらぬ争いを起こすなよ。ブルーローズ様は我々の役目を正しく理解してくださるように、第一第二師団の役目も正しくご理解なさっているはずだ。魔道師団内部での争いは尊き御方であるブルーローズ様の望むところではないだろう」
お優しきあの方は、自分の行いでもめ事が起きたと知れば人知れず悲しんだり悩んだりしてしまうかもしれない。
信頼を寄せていただいているというのにそのような憂いを感じさせるなどもってのほかだ。
「俺、王族って血統だの選ばれし者だの言って現場を知らずに偉そうに好き勝手に命令してくる嫌なやつって思っていたけど、違うんだな」
「そうだな。少なくともエッシャル大公女様は違うんだな。俺達の事を考えてくれているんだ」
第三師団に所属している魔法師に匂袋を配り終えたころには、ブルーローズ様への尊敬と忠誠は当たり前だが非常に高い物となった。
当然だろう。ブルーローズ様はそれだけの事をしてくださっているのだ。
他の王族がそんな事と馬鹿にするようなささやかな事でも私達にとってはなによりも心に沁み込んでくる温かい気遣いの方が、口だけの綺麗ごとや建前を並べたり、結果だけを見てただ喜び褒め言葉をくださる王族よりもずっと忠誠を捧げるに値すると思える。
ブルーローズ様、マイマジェスティ。
貴女様のお心に応えるべく、今以上に精進し強くなってみせます。




