婚約いたしましょう1
「そう言うわけですので、わたくしと婚約していただきたいのです」
(強制的に)ご招待したお客様にお茶を振舞いながら、わたくしの置かれた状況を丁寧に説明し、にっこりと極上の微笑みを浮かべてプロポーズをさせていただきました。
「いや、意味が分からん。君がその乙女ゲームとやらの登場人物で悪役令嬢だとか言うのまではわかったが、それが何ゆえに我との婚約に繋がるのだ」
「あら、前世の記憶だとかこの世界がゲームの世界だという事に関しては、わたくしの頭がおかしくなったとは思いませんのね」
真っ先にその部分を突っ込まれると思ったのですが、これには驚いてしまいましたわ。
お招きしたお客様、わかりやすく言ってしまえば魔国の現統括者、すなわち魔王のご子息であり、男性の最高統治資格保有者なのですけれども、『花と星の乙女』では一周回って攻略対象になっていないキャラクターです。
人外離れした整った造形美を誇る顔立ち、人族のものよりも先端の尖った耳、頭部を飾るカーブを描く二本の牛のような上向きの角、わたくしと同じ琥珀色の月を溶かして埋め込んだような猫目、漆黒を閉じ込めたような艶やかな射干玉色の長い髪、スッと通った鼻梁に、血を塗りつけたような赤い唇。イケメンを隠すためなのかフェチに訴えているのか装着している銀フレームの伊達メガネ。
難点としては、伸ばされている尖った爪がこちらの肌に触れた時に傷を作られてしまうかもしれないという事ですが、爪を切っていただければ問題はないでしょう。
どうしてここまでの美形キャラが攻略対象になっていないのかと言うと、運営陣側が『絶対攻略不可のキャラクターが居た方が二次創作界隈が盛り上がる』と考えたからです。
その発言は当を得ておりまして、お客様は『花と星の乙女』に登場しつつも、他の人族はもちろんの事、亜人や魔人とは違う、世界の調停者という立ち位置で何をどうしても攻略することが出来ない、絶対攻略対象外のキャラクター、一部で初期サポートやイベントの開始を告げるお助けキャラクターとしても活動しておりました。
ええ、それはもう二次創作界隈が盛り上がりに盛り上がりまして、ヒロインとの愛はもちろんの事、お花ではない方の薔薇的盛り上がりもあちらこちらで散見されました。
言ってしまえば、二次創作設定が本家に逆輸入されることも長年の運営の間にはございましたので、前世のわたくしは二次創作界隈の方もしっかりチェックしておりました。
「君のように、この世界がゲームだとか物語だとか、自分がヒロインだとか悪役令嬢だとか、モブだけどシナリオを変えたいだとか、攻略対象と幸せになりたいだの、不幸になる人や世界を救いたいなんて発言した存在は、過去に幾人も確認されている」
「あら」
「その際に徹底的に記憶や情報を確認し、『その時点における』情報に相違ない事が確認されているからな。歴代の魔王によってこの世界は他の世界の干渉を受けやすいとされている」
「大変なのですね」
のんびりと答えると、お客様は深くため息を吐き出しました。
「それで、話を戻すが。どうして我が君の婚約者にならねばいかんのだ」
「だって、わたくしって『花と星の乙女』の中で最も悪役令嬢っぽいなんて言われているキャラクターですの」
「それは聞いた」
「わたくし自身としては別に、ヒロインを虐めるつもりもないというか、本音を言えば遺伝子上の父の血を本当に引いているかもわからないような娘と関わりたくないのです」
「ふむ」
「けれども、『花と星の乙女』の性質上わたくしというキャラクターは絶対ヒロインと関わってしまいますの」
「それで?」
「攻略対象と婚約しているわけでも、恋愛の邪魔をするわけでもありませんのに、ただ『何をしてもヒロインに友好的でないから』という理由で悪役令嬢なんていわれ、ヒロインに心を奪われた攻略対象や準攻略対象、その他関係者から責められるはめになりますのよ」
「まあ、それはいい気分にはならないな」
「ですから、いっそのこと婚約者を作ってしまおうと思いましたのよ」
わたくし、自分で言うのもなんですが優良物件ですし、お買い得でしてよ?
そう付け足したわたくしにお客様は天井を仰ぎ見ると、わたくしの目を覗き込むようにしっかりと視線を合わせていらっしゃいました。
「君、我の年齢は知っているのか?」
「千二百五十歳ぐらいでしたかしら? 魔人ですし、多少の誤差はあるでしょうけどそのぐらいですわよね」
「ちなみに、君は?」
「一ヶ月と少し前に七歳になりましたわ」
七歳の誕生日に、
―新たに調停者になりうる資格を得た者に言祝ぎを―
などというお祝い(呪い)を頂きまして、一ヶ月も昏睡状態に陥りましたわ。
公式が公表していない裏設定に、魔王=世界の調停者なんていうものがあるなんて驚きですし、悪役令嬢と言われるブルーローズがその資格を持っているという事にも驚きましたわ。
『花と星の乙女』でブルーローズが何をしてもヒロインに対して友好的でない原因がここにあるのだとしたら、運営陣の悪意を感じますわ。