社交界デビュー3
それにしても、遺伝子上の父親はこんな人物でもリンジャー伯爵家の血を引く人族。
リンジャー伯爵家は爵位こそ伯爵位ですが、この国の建国当初からある家であり、長年この国を支えてくれている由緒正しい家なのでございます。
だからこそ、伯爵家の子息であったにも関わらずお母様の婿になれたのですが、顔立ちは良いものの所詮は出来のいい兄弟へのコンプレックスで努力することを放棄した木偶の坊でしかありませんわ。
「それにしても、お父様がわたくしに対して責任を感じているなんて想像もしておりませんでした。お母様がご存命中から愛人の元に通い、どこの種かもわからない娘を自分の娘と可愛がり、挙句の果てにはお母様が亡くなった翌日に再婚したいと馬鹿げたことをおっしゃったにも関わらず、親としての責任を感じていらっしゃるのですか」
「あ、当たり前だろう。私はお前の父親なのだから」
「そうですか。お母様が亡くなった際に頂いた弔慰金やお見舞金を着服なさったのも、父親だからというわけでよろしいのでしょうか?」
「あれはエッシャル大公家に渡されたものなのだから、私が使って何が悪い」
「いいえ? あれらは早くに母親を亡くしたわたくしに向けて届けられたものでございます。それをわたくしに無断で着服し、ご自分とそちらの愛人とその娘に使用しているのは既に王家によって調査済みでしてよ」
王家からの弔慰金なのですから、それが正しい受取人であるわたくしの資産に加わっていないとなれば調査が入るのは当たり前ですわよね。
そんな当然の事にも考えが回らないなど、自分に都合がいい事だけを信じたがるというお気楽な性質は変わっていませんのね。
「本来ならそれだけで十分に縁を切ることが出来るのですが、わたくしに関わらないのであれば必要経費と目をつぶっておりましたけれど、まさかそれを使い果たしたからといって毎月支給される金額では足りずに、娘の大切な社交界デビューのパーティーで招待客の皆様にお金の無心をなさるなど、本当にどれだけ厚顔無恥でいらっしゃるのでしょうね」
本当に、わたくしにご挨拶にいらっしゃる方々が遠回しにその事をおっしゃってきてわたくしがどれだけ恥ずかしい思いをしたことか。
そもそも、今の時点で遺伝子上の父親達が住んでいる別邸の維持管理費や使用人の給金を誰が支払っていると思っているのでしょう?
まさかとは思いますがご自分が支払っているなどという妄想に憑りつかれているわけではございませんわよね?
「わたくしに恥をかかせてでも、ご自分や愛人、その娘の生活の方が大事だとおっしゃるのでしたら身の丈に合ったご生活をなさればよろしいのではございませんか?」
「私はエッシャル大公だぞ! 身の丈に合ったとはなんだ!」
「まあ! お聞きになりまして、お爺様。わたくしの遺伝子上の父親はいつの間にエッシャル大公になったのでしょう? わたくしは全く存じ上げませんでしたわ」
「私も知らなかったな。現在は前エッシャル女大公夫君、もしくは次期エッシャル女大公代理は存在しているものの、エッシャル大公は存在していないと記憶していたが、一体いつの間にそんな存在が現れたのやら」
「あ、そ、それはっ」
お爺様の冷たい視線に遺伝子上の父親が顔を青ざめさせて口をパクパクと開いたり閉じたりしております。
「でも、毎月あの程度の予算だけじゃ私たち家族がちゃんとした生活が出来ないわ。ブルーローズさんだって実の父親が惨めな生活を送るのは嫌でしょう?」
口をはさんで来た平民に呆れたような視線が集まります。
弔慰金とお見舞金、毎月支給されている予算を無駄遣いせずにやりくりすれば下手な伯爵位の貴族よりよほど良い暮らしが出来るのですけれど、別邸を管理させている執事が止めるのも聞かずにお金を湯水のように使った結果、資産が底をついたというのにこの言い様は、随分と浅ましいですわね。
今日お集りの方々は、ご自分の家がわたくしに対してどれぐらいのお見舞金を出しているのか知っていらっしゃる方も多いので、たった二年ちょっとでお金に困窮しているなどと言う彼らに呆れておりますのよ。
大体、お金に困窮していると言っておきながら身につけている衣装はオーダーメイドの高級品、装飾品に使われている宝石はゴテゴテとしていて品には欠けますがお値段だけはかなりのものでございます。
「父親が惨めな生活をするのは嫌、とおっしゃいましたか?」
「ええ、そうよ」
「面白いことをおっしゃいますのね。流石はマナーもわきまえない平民ですこと」
クスクスと馬鹿にしたように笑って言うと、平民は先ほどまで悲し気な顔をして涙を流していたというのに、もう演技をやめてしまったのか顔を真っ赤にしてわたくしを睨みつけてきます。
「自分達のものでないお金で好き勝手に暮らしていた分際で父親と名乗るのも烏滸がましいというのに、その存在が惨めな生活をする程度の事でわたくしがなぜ憐れまなければいけませんの?」
本当にわからないと言うように首を傾げて尋ねると、遺伝子上の父親とその愛人は顔を真っ赤にして絶句しつつも、拳を固く握りしめたのが見えました。




