これもまたお約束11(ホスタ)
「ホスタ殿下、元気が無いようですがどうかしましたか?」
夜会の翌日、昼食時にいつものように勝手に同席してきたエウヘニア嬢についてきたフィリアス先生にそう聞かれ、内心で「元気なわけがあるか」と毒を吐いてしまう。
せっかくブルーローズ嬢がわたしの婚約者になるのだと周囲に知らしめる事が出来ると思ったのに、フリティラリア様が居たせいで出来なかったどころか、見せつけるようにわたしが見えるところであのような触れ合いをするなんて。
ブルーローズ嬢もブルーローズ嬢だ。
魔人と子供を作ったところで魔人にしかならないのだから、王族としてあんな戯れに興じるべきではない。
『まあ、ホスタ兄様はブルーローズ様がお気になるのですか? 全く持って歯牙に掛けられていないのにその諦めの悪い前向きなご性格は本当に見ていて尊敬してしまいます。ところで、今夜は何のための夜会かちゃんとご理解していますか? 感情に流されて、お父様がご用意してくださったご令嬢との会話を覚えていないなんて、まさかありませんよね』
夜会の最後に馬鹿にしたようにプルメリアが言って来たことが頭から離れない。
兄に向かって生意気なっ。
黙々と食事を口に運んで、食べるか喋るかどちらかにして欲しいと思えるエウヘニア嬢にうんざりしていると再びフィリアス先生が声をかけてくる。
「悩みがあるのなら聞きますよ。年の功とも言いますし、こう見えてそれなりに人生経験を積んでいるので話してみたら楽になるかもしれません」
穏やかな、害意のなさそうな笑みにそうなのだろうかと思わず考えてしまう。
「ホスタ殿下が何かお悩みなら、まず学友として国王陛下に選んでいただいている僕たちに話をすべきです」
「確かに年上に相談というのは間違ってないかもしれないですけど、それならそれでしかるべき人に相談すべきだとおれは思いますよ」
バーベナとカクタスの言葉に戸惑ってしまう。
王族間の揉め事を友人や王宮の身分ある者にしてしまえば、大ごとになってしまうのでは?
「ははは、そうですか? まあ、僕に相談しに来たくなったらいつでも来てくださいよ。遠慮なんていりませんから」
穏やかな声に思わず頷いてしまいそうになる。
「それにしても、昨夜は目のやり場に困ってしまいました」
隣のテーブル席から聞こえてくる言葉に心臓が跳ね上がる。
「フリティラリア様と仲がよろしいのは知っていますけれど、あんな大胆な行動をするなんて驚きました」
「本当に。なんだかあてられてしまいましたよ」
「お近くに行くとどうにも接しづらい方ですが、遠目で拝見するにはブルーローズ様と並ぶと一枚絵のようですよね」
「魔人となると、人族の私達には理解できない部分もあると思いますけど、引かれる部分は何処なんですか?」
「フィラ様の――」
「愛称で呼び合うとか、相思相愛という感じですね」
「そうですわね。ともかく、フィラ様の魅力はわたくしだけが分かっていればいいと思いますけれども、フィラ様には他の方にはない絶対的な魅力がございますのよ」
「どんな魅力ですか?」
「ふふ、何があろうともわたくし以外に恋愛感情を向けないところでございましてよ」
『まあ!』
そんなわけないだろう。
人族との関係なんて魔人にしたら長い人生の一時の遊びでしかない。
ブルーローズ嬢は賢いはずなのにそんな事にも気が付かないなんて、どうかしている。
「フィラ様の全てがわたくしの物であるように、わたくしの全てがフィラ様のものでございますのよ」
「お二人はその、深く結ばれているご関係なのですか?」
その言葉にドクリと心臓が軋んだ。
聞きたくない、わたしはその言葉に対するブルーローズ嬢の返事を聞きたくなどない。
このわたしが隣のテーブル席に居るというのに、そんな話をするなんて、彼女達には配慮という考えはないのか?
「もちろん、わたくしとフィラ様は身も心も深く結ばれておりますわ」
サラリと放たれた言葉に、頭の中が真っ白になって、全身がグルグルと混ぜ返されるような、心臓が煮えたぎるような、それでいて全身が氷で固められたような感覚に陥った。
◇
「やあ、いらっしゃい」
「失礼する」
放課後、気が付けばフィリアス先生の個室に足が向かっていた。
クラスを一人で出ようとしたわたしに、バーベナとカクタスが声をかけてきたが、用事があるのだと嘘をついた。
「まあ、そこのソファーに楽にしてください」
「ああ」
思ったよりも殺風景な部屋の中、不釣り合いな向かい合わせのソファーの一つに腰を掛ける。
「お話は、エッシャル女大公様のことですよね」
「わかるのか?」
「もちろん。ホスタ殿下が常日頃如何にあの方を気になさっているかは見ていればわかりますよ」
「そうか」
「けれども、エッシャル女大公様が今のままでは如何に王族同士とはいえ、伴侶となるのには反対されてしまうかもしれませんね」
「え?」
「ホスタ殿下もご存じのように、エッシャル女大公様への印象はあまりいいものではありませんから」
「それは皆が誤解しているだけなんだ」
「そうでしょうね。本来のあの方は頼れるものが居ない弱さを持った方。心の中では頼れる存在を求めていますよ」
「そうなのだろうか?」
「だからこそ、人族の上位種族の魔人に惹かれているのでしょう」
そう言われるとそうなのかもしれないとも思える。
だとしたら、私がすべき行動は……。
そう考えた瞬間、目の前に差し出されたフィリアス先生の指にはめられた指輪がチカリと光って瞼が下がっていくのを感じた。
「ダチュラ様、もういいですか?」
「ああ、おいで僕のスノーフレーク。君の手でホスタ殿下を――」
聞こえて来た声に、「何を」と声に出したはずなのに、それは音にはならなかった。