これもまたお約束3
「見てくださいよホスタ様。最近は肌がこんなに艶々ですべすべなんですよ。こんな肌、お父様とお母様が死んでからなかったけど、やっぱり私はこうじゃないといけませんよね。ほら、爪もピカピカなんですよ」
なぜ、わたくし達が席を移動しておりますのにホスタ様たちまで移動して来て、結局スノーフレークさんのおしゃべりを聞くはめになってしまっているのでしょう。
ホスタ様も相手にしたくないのであれば無視ではなく、同席を拒否なさればよろしいのにそれをせずに放置するだけとは、なんともなさけない事でございますわね。
「正直、使用人を雇うとかお金がかかるからってちょっと躊躇ってたんですけど、やっぱり生まれながらに傅かれて育ってきた私はお世話をされるべきなんですよね。大体、お金に困ってないのに躊躇ってたとか、私って謙虚過ぎました。でも、ダチュラ様ってすごいですよね、先生やれちゃうぐらい頭がいいのに私の使用人も出来るんですよ。もちろん、他にもちゃんと使用人がいますけど私って特別だからダチュラ様も私の傍に居たいそうなんです。もう、困っちゃいますよね。あ! でも心配しないでくださいね。ダチュラ様って私の事を愛しちゃってますけど、私は皆様の事もちゃんと愛してあげますから」
どうでもいいのですけれども、スノーフレークさんは『特別』という単語がお好きなようでございますわね。
食事を終えてナプキンで口元をぬぐって椅子から立ち上がりトレイを持って返却口に行きますと、フィリアス先生が丁度こちらに向かっていらっしゃいました。
わたくしを見て一瞬足を止め、にこやかな笑みを浮かべて近づいていらっしゃいます。
「やあ、エッシャル女大公様。もう昼食は終わってしまったんですか?」
「ええ」
「よければ、今度昼食をご一緒させてもらってもいいですか?」
「お断りいたしますわ。非常勤講師とはいえたかが男爵子息の貴方がわたくしと食事? そのような戯言に付き合うこちらの身になっていただきたいものですわね」
「おやおや、これは手厳しいですね。しかしながら、僕はエッシャル女大公様のような素晴らしいお方とお近づきになりたいと思っている大勢の中の一人であるという事をぜひとも覚えていただきたく――」
「お断りいたしますわ。わたくしが貴方如きをなぜ気に留めなければいけませんの? そもそもわたくしとお近づきになりたい? 寝言はわたくしの見えないところで寝てからおっしゃった方がよろしいのではないでしょうか。学園の非常勤講師になる『手腕』はあるようですけれども、請われたわけでもないのにこのような中途半端な時期に非常勤講師に志願なさっている時点でお里が知れるという物でございますわ」
「これは失礼いたしました。何分卑しい男爵家の者でございまして、王族の方とお話しさせていただくという光栄に緊張のあまり分不相応の願いをしてしまいました。しかしながら、ホスタ殿下のように下の身分の者にも心を配る事も王族として大切なのではないでしょうか」
「まあ、わたくしが王族としての義務を果たしていないとでもおっしゃりたいのでしょうか。まさかホスタ様と比べられるとは思いませんでしたわ。わたくしは貴方がおっしゃるように誰かと比べられなければ自分を誇示出来ないほど矮小な存在ではございませんの。そもそも、貴方のおっしゃる下の身分の者に心を配るというお言葉、わたくしには特定の存在を贔屓すべきだと言っているように聞こえますわ。わたくしの勘違いだとは思いますけれども、もし本当にそうなのでしたら王族という物がどうあるべきなのか貴族としてお勉強なさった方がよろしいのではないでしょうか」
「エッシャル女大公様は本当に厳しくていらっしゃる。そのように振舞っていらっしゃるから貴女様の周囲に人が寄り付かないのではございませんか? 王族であるにも関わらず求心力が低いのは臣下として不安に思えてしまいますね」
「わたくしに勝手に求心力を求められても困ってしまいますわね。それにしても、そんな事をおっしゃるなんて、フィリアス先生はこの国を内乱に誘導なさりたいのでしょうか? そうなのでしたら、至急伯父様にご報告して捕縛しなければいけませんわね。国を乱そうとする危険思想の持ち主を自由にさせておくなんてもってのほかでございますもの」
「それはまた恐ろしい事をおっしゃいますね。そうやって人を押さえつけるような物言いは感心できません」
「なにをおっしゃいますの? わたくしは王族でございますのよ? 常に最悪の状況を想定して行動して当然でございましょう? もちろんそれへの対策を練る事が出来なければいけませんわよね。それで、そんな当たり前な事も分からずに自分は下位貴族の子息だからと遊び惚けて家の仕事も手伝わずにいるフィリアス先生はどのようなご立派なお考えをお持ちでいらっしゃいますの?」
冷たい視線を向けてそう尋ねますと、フィリアス先生は困ったというように苦笑なさいました。
「そのように人を攻撃する事でしか自分を表現出来ないなんて、エッシャル女大公様はお可哀想ですね。僕は貴女がそうやって弱い自分を隠そうとしなくても、ありのままの貴女を受け入れますよ」
この方、普通に気持ちが悪いですわね。