これもまたお約束2
煌びやかな舞踏会場に集う人々を眺め、わたくしはチラリと隣に立つクロトン様を見て小さくため息を吐き出してしまいました。
「伴侶のドレスは使用人へのお仕着せではございませんのよ。面倒だからといって皆様に同じデザインのドレスをご用意なさるなんて、わたくしといたしましてはクロトン様の伴侶になられた皆様がお気の毒で仕方がございません。身に着ける装飾品や小物で各自アレンジをなさっておりますけれども、嫌な意味で目立っておりますわね」
「いいんじゃないかな、私の伴侶だとわかりやすくて。流星群以降、政務で疲れているのに毎夜せっせと励む私だって大変なんだ」
「ホスタ様はまだ伴侶がいらっしゃいませんものね。妹君は成人しておりませんし。存分にお励みになればよろしいのではないでしょうか、王族なのですもの」
「そういう君が王族の血筋を残す気がないのはもうわかっているけど、ブルーローズ嬢も王族だよ。それで、今夜のドレスもフリティラリア様の贈りものなのかな?」
「然様でございますわ」
「まったく、ご自身がいらっしゃった時はあんな扇情的なドレスを用意したのに、居ない時はそんな禁欲的なドレスっていうのはある意味分かりやすいね。流星群の事後処理の時はあの姿のブルーローズ嬢が僕たちの視界に入らないように基本的に前に立っていたし、魔人って独占欲が強いのかな?」
「さあ、どうなのでございましょう。フィラ様以外の魔人の方の趣味嗜好など気にした事がございませんので存じ上げませんわ」
そんな事を小声で話しておりますと、伯父様の挨拶が終わりましたのでファーストダンスが始まりました。
本来であれば伯父様と妃のどなたかが一番に踊るのですが、流星群後の初めての舞踏会という事もあり流星群に参加したクロトン様が真っ先に躍り出るという形になったようでございます。
ええ、決して伯父様が新しくお迎えになった妃と仲良くしすぎて腰を痛めたせいではございませんわ。
まったく、息子の伴侶選定の夜会に参加した令嬢を前から虎視眈々と狙っていたと言って自分の妃に召し上げるなんて、わたくしの伯父様はいつ好色になってしまったのでしょう? 姪として嘆かわしい限りでございますわ。
クロトン様は一番うるさい令嬢が居なくなったとおっしゃって喜んでいるようですけれども、皆様、頭のネジが飛んでいるような行動はお控え頂きたいものでございますわね。
ダンスホールの中央に立ちまして、差し出されたクロトン様の手にわたくしの手を重ねてポーズをとったところで曲が流れ始めましたのでステップを踏んでいきます。
「折角伴侶を作ったのですし、どなたかを選べばよろしかったのでは?」
「まだ伴侶だよ。妃に正式に任命していないからファーストダンスの相手に選ぶのはちょっと面倒だな」
「それでございましたらお早く妃になさいませ。どうせもう全員お手付きなのでございましょう。伴侶にしたからには身元や他人の子供を宿す可能性が無い事は確認済みなのでございましょう?」
「だからって、妃に任命して政務を任せられるかと言えばまた違うじゃないか」
「悉く面倒でございますわね。もっとも、わたくしの遺伝子上の父親のように婿になったというのに一切仕事をしない愚者もおりましたけれども」
「あれは例外だろう。女大公婿になれたのだって、血筋と叔母様に権力が付かないようにと議論された結果だ」
「本当に、王族って面倒でございますわ」
クルリと回ってため息を吐き出しますと、クロトン様がじっとわたくしを見ていらっしゃいます。
「なんでして?」
「先だっての流星群で活躍した者が報償として君を狙っているという報告がいくつか上がっている」
「あらまあ」
「しかも本人が伴侶になりたいと名乗り上げるのならまだましな方で、自分の息子、親族などを伴侶にねじ込もうとしているそうだよ」
「とんだ茶番でございますわね。そのような茶番がまかり通るのでございましたら、わたくしが報償を求めても良いという事になりますけれども、当たり前ですが伯父様はそのような下らない茶番は御認めにはなりませんでしょう?」
「だろうね。ただ、思い込みや思い上がりが激しい愚者は気が付くとそこらじゅうに生えてしまうんだよ」
「迅速に除草すべきでございますわ」
「他人事だね」
「他人事でございますもの」
「まったく。とはいえ、私はともかくホスタには気を付けた方がいい」
「ホスタ様に?」
「あれは不器用だからな」
そこで曲が終わりポーズを決め、わたくしとクロトン様は離れました。
クロトン様の周囲には即座に伴侶の方が集まりましたわね。
精力的でよろしいですこと。
わたくしは皆様が道を開けてくださいますのでまっすぐに歩いておりますと目の前にホスタ様がおいでになり手を差し出していらっしゃいました。
「一曲踊ってもらえるか、ブルーローズ嬢」
「お断りですわ」
「兄上とは踊ったのに」
「それが本日のわたくしのお仕事でございますわ。ホスタ様はそのような事もお分かりになりませんの? そして、お仕事でもございませんのになぜわたくしがホスタ様と踊らなければいけないのでしょうか? 全く理解が出来ませんわ。まさかとは思いますが王子であるから断られないなどと思いあがっていらっしゃいますの? そうなのだとしたら他のご令嬢をお誘いになったら如何です? 実りの無い努力をなさるより、王族として施しを与えるのも必要なのではございませんか? わたくしはそのような事をする義理など微塵もございませんけれど」
そう言ってホスタ様に冷たい視線を向けて横を通りすぎて人がどいて歩きやすくなった会場を進んでいきました。
それにしても、フィリアス卿が学園の非常勤講師になった事に関して、採用担当が随分毒されたようでございますわね。
大掛かりな人事変更は面倒でございますのに、困った事ですわ。