これもまたお約束1
「ホスタ様、ここに座ってもいいですよね」
久しぶりに聞いた声に、懲りない人とは思いましたけれどもヒロインであるスノーフレークさんが何をしたとしても、わたくしに迷惑がかからなければかまいませんのでどうでもいいですわね。
「こうして一緒にご飯を食べるのって久しぶりですね。私が学園に来たのも久しぶりなんですけど。流星群のせいで悪夢を見っぱなしで眠れなくって、それに怖くて家から出られなかったんです。だけど、言われて気が付いたんですけど、私が居ないと皆さんが寂しくなっちゃいますよね。もう、私ったらうっかりしちゃいました」
ホスタ様たちは先ほどから何もお返事なさいませんわね。
「でも、私が家にいる間お世話をしてくれてる人が居たんですけど、やっぱり使用人が居るっていいですよね。自分で苦労して何かをしないといけないなんて、選ばれた人間である私にはやっぱり不向きなんですよ。一人暮らしもいいかもしれないって前向きに考えましたけど、やっぱり使用人が居た方がいいですよね。しかもその使用人がかっこいいんですよ。私のお世話をするんだから美形っていうのは外せませんよね。あっ、ヤキモチ焼かないでくださいね? 私は皆様の事をちゃんと愛してあげますから」
流石はヒロイン、博愛精神でございますわね。
わたくしも全攻略対象者と準攻略対象者の好感度をMAXにするのは大変でございましたし、ガチャイベのフルコンプでは沢山の方が胃を痛めましたわね。
今となってはいい思い出でございます。
「ああ、僕の愛しい花。ここに居たんだね」
新しく聞こえた声にチラリと視線を向けますと、そこにはなぜここにいらっしゃるのかと首を傾げてしまいたくなる方がいらっしゃいました。
「あちらはどなたですか?」
「教職員ではありませんよね?」
「けれど、堂々と食堂に居るのですから関係者でしょうか?」
「ブルーローズ様はどなたかご存じですか?」
友人に尋ねられ、わたくしはゆっくりと頷きました。
「フィリアス男爵子息のダチュラ様ですわ」
「フィリアス男爵家ですか? 皆様ご存じでして?」
「生憎と」
「私も存じません」
「男爵家のご子息なのにあちらこちらを遊び歩いていると聞いた事があるような気がします」
「遊び歩く?」
「随分と好奇心旺盛だそうで、冒険者ギルドにも登録しているそうです」
「まあ」
そして、攻略対象者でございますわね。
ヒロインが冒険者ギルドに登録して活躍し始めると攻略出来るようになるのでございますが…………、なるほど、こうして見るとそっくりな金色の髪に緑の瞳ですわね。
わたくしの遺伝子上の父親よりも艶めきがあり淡い金色の髪、透き通った深い緑色の瞳は確かにフィリアス卿譲りなのでございましょう。
「ダチュラ様! もうっ、私なら大丈夫って言ったのに心配してくれたんですか? あ、紹介しますね。私と特別に親しいホスタ様とバーベナ様とカクタス様です。他にも特別に親しい人は居るんですけど、この三人は中でも特別なんです」
「なるほど」
「ダチュラ殿、君はこちらのご令嬢と知り合いだったのか?」
「はいホスタ殿下。僕も流星群に参加しておりまして、そのさいこちらのレディを家にお連れする役目を頂きましてそれからはなにかと親しくしています」
「そういえば、兄上が白いシーツの荷物を適当な冒険者に押し付けたと言っていたな」
「ははは。お世話をする際、体に傷などがないか余すところなく確認する必要がありましたので、年若いレディに対してその責任を果たす事と、なによりもこちらのレディには運命を感じまして」
「そうか」
そちらの攻略対象者、公式設定で息を吐くように嘘を吐く結婚詐欺師の冒険者をしている美人局の男爵家子息なのですが大丈夫でして?
好感度は最初から高い設定で上げるのも確かに素晴らしく楽な攻略対象者でございますが、一応その方は……まあ、よろしいですわね、わたくしには関係ございませんわ。
「けれど、こんなに魅力的な花なのですから僕だけで独り占めしてしまうなんてもったいないと思っていますよ。ほら、ホスタ殿下、この白魚のような手を見てください。どこに出しても恥ずかしくないように磨き上げられた『手荒れ一つない』まさしくこのレディに相応しい手ですよ」
「食事が終わったので失礼する」
「そうですか。ああ、僕は今日から学園の非常勤講師になりましたので、今後ともよろしくお願いします」
あら、『花と星の乙女』ではそんな設定もイベントもございませんでしたけれども、よくもまあ審査が厳しい学園の非常勤講師になれましたわね。
わたくし達のテーブルの横を通り過ぎて返却口に歩いていくホスタ様たちを横目で見て、スノーフレークさんたちに視線をチラリと戻しますと、まるで恋人同士のように振舞っていらっしゃいますわね。
「ダチュラ先生、こちらにいらっしゃいましたか」
「おや、どうしました?」
「個室の準備が出来たのでご案内しに来ました。私が特別に、お願いされた通り一人用のお部屋を用意しましたよ」
「それはありがとうございます」
にっこりと微笑んだフィリアス卿に声をかけた女性教師が頬を染めてそっとフィリアス卿の肩に手を置きました。
「そちらはエウヘニアさんですね。お知合いですか?」
「ええ、僕の運命の愛しい人です」
「……そうですか。エウヘニアさんについてお伝えしたい事があります。ご用意した個室で二人きりで、ぜひ」
耳元に口を近づけて女性教師がそうおっしゃいますと、フィリアス卿がスノーフレークさんの髪を一房とって口付けてから「またあとで」と言って女性教師と一緒に離れていきました。
学園の教職員採用について、伯父様にご注意した方がいいですわね。