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第36話 イヤな予感


 新入生が入学してきて早くも数週間が経過した────


 そして、元々予定されていた、全生徒参加の対魔獣戦闘実習の日がついにやってきた。

 これは、今まであまりなかった学年の垣根を越えての交流を行っていこうという目的のためにされるものだ……と、表向き言われてはいるが、ほとんどの生徒が薄々気が付いている。


 最近隣国との関係性が悪化してきている。

 前から友好国というわけではなかったが、このままではそう遠くないうちに戦争などということもあり得るだろう。


 だから、学院の生徒も国の戦力として使えるよう、今のうちから実戦を経験させておこうというのだろう。


 そんな理由で、今日は王立魔法学院の一年生と二年生がルビリアを出てしばらく進んだところにある森にやって来た。


 ルビリアの近くというだけあって、ある程度の魔獣は定期的に駆除されているが、それでも全てというわけにはいかず、今でも魔獣が生息している。


 そして、学年別クラス別に三人一組のチームが作られ、今こうして森の探索が開始されたのだが…………


「ごめんなさい……国のせいで皆さんをこんな……」


 レイの隣を歩くアリシアはずっとこの調子だ。

 王女としては、国同士の問題に学院の生徒を巻き込んでしまったことを申し訳なく思わずにはいられないのだろう。


 すると、道を切り開くように先頭を歩いていたルードルがクルッと振り向いて、アリシアに丁寧なお辞儀をしながら言った。


「アリシア様が気に病むことはございません! 私共は、この身を国に捧げることをいといません!」


「…………」


 ルードルはアリシアを慰めようとしたのだろうが、その発言は逆効果だ。

 レイは隣で呆れたようにため息を吐く。そして、パチンとアリシアの額を指で弾く。


「いたっ……!?」


「バーカ、お前が悩んでも仕方ないことだろ? それに、今までこんな状況にならずに済んでたのは、お前の父さん──国王が頑張ってたからだ」


 レイは、怒り狂って殴り掛かってこようとするルードルを片手で押さえつけながら話す。


「それなら、次は国民である俺らが頑張るのが道理。それに、なにもまだ学院の生徒が戦争に駆り出されると決まったワケじゃない。この授業はあくまで、生徒が魔法師として成長するために行われているもの……そうだろ?」


「れ、レイ……」


「ほら、お前が暗い顔してるから魔獣がやってきたぞ?」


 レイはそう言って視線をアリシアからルードルに移し「悪かった悪かった」と曖昧に笑いながら謝罪しつつ、魔獣に集中する。


 ────そう、アリシアには慰めなど必要ない。そんなものなくても、自分の力で立ち直り、前を向ける強い少女だ。


 アリシアはレイの言葉に「そうね」と呟いて顔を上げると、杖の先端を目の前の魔獣に向ける。


「でも、私に暴力振るったのは感心しないわね。その分働いてもらうわよ?」


「暴力って……デコピンしただけじゃんか……」


「あのね、恐れをなさず王女にデコピンする(やから)は貴方くらいよ?」


「おぉ、それは名誉勲章ものだな!」


「こらレイ貴様! もっと緊張感を持てッ!」


「え、俺だけッ!? アリスはッ!?」


「アリシア様は良いのだ! 貴様は働け!」


「うへぇ……」


 レイはルードルにそう言われ、気だるげに頭を掻きながら構えるのだった────



 □■□■□■



 レイ、アリシア、ルードルのチームは順調に森を探索していき、問題なく魔獣を倒し、より深くへと足を踏み入れていた。


 レイがそこまで手を出さずとも、流石は特待生第三位と第八位といった実力で、今のところ苦戦はしていない。


 しかし、そんなとき────


「きゃぁあああッ!?」


「「「──ッ!?」」」


 森に響き渡る少女の悲鳴。

 レイ達がいる場所から割りと近いところから聞こえてきた。


 その声から、危機的状況であることは容易に想像出来る。


「い、今の声……」


 アリシアがビックリしたように声のした方向へ視線を向ける。

 しかし、茂った木々がその視界を遮っていて先は見渡せない。


「行くぞッ!」


 レイはアリシアとルードルにそう言って、声のした方向へ駆けていく。はっとしたように、二人もレイを追うように走る。


 すると、木々が生えていない広い更地が現れ、そこの中央で生徒三人と一体の巨大な魔獣が戦闘を行っていた。


 全長三メートルはある熊のような見た目の魔獣。太く立派な脚と腕。そして、手の先には鋭い爪が怪しく光っており、その凶悪さを物語っている。


「……って、リエラとマキッ!?」


「れ、レイ先輩ッ!?」


 戦闘を行っていたのは、一年生──それも、リエラとマキがいるチームだったのだ。

 そして、その二人の後ろには一人の女子生徒が。怪我を負って倒れている。


「おぉ、まさかこんな場所で会うとはな……あ、アリスとルードルはその子を回復させてやってくれ」


 レイはリエラとマキが立っている方へ歩み寄っていきながら、少し遅れてやってきたぞアリシアとルードルに指示を出す。


「ちょ、先輩ダメですって! 逃げてください!」


 現在戦闘中であるにも拘わらず、何の緊張感も持たずに歩いてくるレイに、リエラは焦ったように叫ぶ。


「いや、それこっちの台詞だから……」


 レイは爛々と目を輝かせて唸っている魔獣とリエラ達の間に立つと、呆れた視線を向ける。


「二人とも怪我してんじゃん……アリスとルードルに回復してもらったらいいぞ?」


「え、いや……先輩魔獣が……」


 リエラはレイの飄々とした態度に戸惑いを隠せずにいる。普段無表情のマキでさえ、不安げに眉を潜めている。


「まぁ、先輩に任せなさいな」


 レイはニヤリと口角を上げて、魔獣に振り向く。

 すると、ちょうど魔獣が営利な爪を振り下ろしてきているところで────


 シュバッ! と、血が宙に舞った。

 そして、半瞬遅れて魔獣の腕が地面にボトリと落ちる。


 レイの右手には、紫電の刃が輝いていた。


 この光景に、リエラとマキは目を剥いて言葉を失う。


「それにしても……こんな魔獣が何でこの森に……?」


 レイの中で疑問が渦巻いていた。


 この森にはそこまで強い魔獣は生息していないはずなのだ。目の前の魔獣がこの森にいるのは明らかに不自然。


(ソフィー、どう思う?)


『そうですね、自然に湧いたという可能性ももしかするとあるかもしれませんが……何者かが召喚したと考えずにはいられませんね』


(……イヤな予感がするな)


 レイは何か面倒事が起きているのではないかと顔をしかめながら、魔獣を見据える。


 魔獣は先ほどの一撃でレイとの戦力差を理解したのか、そう簡単に攻撃してこない。

 怒りに満ちた眼差しをレイに向け、牙を見せて威嚇してくるだけだ。


「ま、取り敢えず姿(かたち)が残るように殺すか……」


 レイはそう呟いて右手を一振りし、紫電の刃を解除すると、人差し指を魔獣に向ける。


 魔獣は命の危険を本能的に察知し、殺される前に殺せと大きく吠えながら突進してくる。

 レイはそれを冷静に見据えながら、正確に狙いを定めて────


「《雷線よ》」


 小さく呟いた神聖語は魔獣の咆哮に掻き消されて、リエラ達の耳には届かなかっただろう。


 レイの指先から一直線に電撃が迸る。

 宙に描かれた一条の軌跡は、正確無比に魔獣の額を貫通する。


 すると、魔獣は一瞬のうちに絶命し、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。

 そして、その巨体が倒れたことによる振動と重たい音が虚しく響く。


「す、凄い……」


「……バケモノ」


 レイの後ろ姿を眺めながら、リエラとマキは戦慄と驚嘆の念を抱かずにはいられなかった────

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