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第16話 縮まった(?)キョリ


 レイとアリシアの前から三人の青年が立ち去ったあと、路地裏にポツンと残った二人の間に気まずい沈黙が流れていた。


「別に……助けてくれなんて頼んでない……」


 そう沈黙を破ったのはアリシアだ。真っ直ぐレイの顔を見ることが出来ず、斜め下に視線を逃がしながらボソッと呟く。


「いや、あのままじゃヤバかっただろ?」


「魔法でどうにかしてたから……」


「そんな余裕はなさそうだったけど?」


「…………」


 再び二人の間に沈黙が訪れる。

 レイはそんな元気のないアリシアを見て深くため息を吐いたあと「取り敢えずここ出るぞ」と言って歩き出す。


 すると、そんなレイの服の裾をアリシアが手できゅっと掴んで止めた。


「どうしてここに……?」


「んん……なんか気になって?」


 そんな曖昧な答えで良かったのか、アリシアは小さく「そう……」と呟いて、レイの隣を歩いて路地裏からメインストリートに出る。


「んで、買い物とやらは済んだのか?」


「……まだ」


「んじゃ、一応俺が付き合うけど……別に良いだろ?」


 レイがそう聞くと、アリシアはコクリと一つ頷いて了解の意を示した。

 しかし、あまりにもいつもと様子が違うアリシアに、レイはやりづらさを感じずにはいられないのだった────



 □■□■□■



 アリシアと休日を過ごすという何とも奇妙な体験をした翌日────


 いつものように学院に登校して、自分の席に座っていたレイ。

 相変わらず飽きずに陰口を叩いている生徒の話し声が微かに聞こえる。

 ただ、レイはそんなことをいちいち気にするような性格ではないので、言わせておけば良いと思っていた。


 しかし、今日は少し違った────


「おい、貴様」


「貴様? 俺のことか?」


 数名の取り巻きを連れた、いかにもプライド高そうな感じの男子生徒が、レイの座っているところにやって来る。


「貴様……特待生でもなく、ましてや平民の分際でどうやって生徒会長殿に取り入った?」


「……は?」


「とぼけるな平民。何か特別なコネでもないと、貴様のような奴が栄えある生徒会の役員になれるわけないだろうが」


「いやぁー、運命ってやつかな?」


「っ……!? 舐めているのか貴様ぁッ!?」


 男子生徒はそう怒鳴って、レイの胸ぐらを衝動的に掴み上げる。

 完全に頭に血が上っていて、レイが戦闘において化け物染みた強さを持っていることを忘れてしまっている。


「俺様はベルバッサ公爵家の長男、ルードル・ベルバッサだぞッ!?」


「俺はレイだ」


 違う。

 別にこのプライド高めの男子生徒──ルードルは、自己紹介がしたいわけではない。


 本人にそのつもりはないが、そのレイのどこか馬鹿にしたような態度に、ルードルは一層顔を歪める。


「貴様……平民の分際でこの俺様をこけにしてッ!?」


 そう言ってルードルはどこからともなく片手に杖を出現させると、その先端をレイに向けようとする。


 そのとき────


「止めなさいっ!」


 そんな声に、レイとルードルがこの後どうなるのか成り行きを見守っていた他の生徒達の視線が、一人の少女に向けられる。


 ────アリシアだ。


 アリシアは鋭くルードルを睨みながら、レイの傍までやって来る。


「その手を離して、杖を仕舞いなさい」


「で、ですがアリシア様ッ! この平民は──」


「平民ですって? ここでは皆の地位は平等なはずよ?

 それとも、お父様──この国の王の名の下に定められたその決まりを無視する気?」


「い、いえっ……そんなことは……」


 ルードルはレイの胸ぐらから手を離し、杖をすっと固有空間に仕舞う。

 そして、取り巻き共々レイとその隣に立つアリシアから距離を取るように一歩下がる。


「この際です、ハッキリさせておきましょう──」


 アリシアは通る声で、この教室にいる全員に向けて話す。


「このレイは、コネや賄賂ではなく、その実力が認められて生徒会役員となったのです。

 皆さんも見たはずではありませんか? レイと生徒会長の模擬戦を」


 アリシアの言葉に、生徒達が苦い顔をして視線を伏せる。


「にも拘らず、醜くも嫉妬心からレイを目の敵にするのは見ていて腹立たしくて仕方ありません。

 それでもレイが気に食わないというのであれば、魔法師らしく実力で訴えなさい。まあ、私の目には皆さんが返り討ちにあって膝を付く様がありありと浮かんできますが……」


 魔法とは本来現実に対する否定である────

 望まない現実。受け入れがたい現実。それらを拒み、自分の思い描くように理をねじ曲げる──それが魔法。


 ならば、魔法師たる者、自分の思い通りにならないからと言って嘆くばかりではなく、自分の力で現実を変えるべきだ。

 陰口を叩いて終わりなどというのは、魔法師のやり方ではない。


「ただ、私も人のことは言えませんね……。ついこの間まで、私もレイを気に入らないと冷たく接していました」


 そう言ってアリシアは申し訳なさそうに、そしてどこか気恥ずかしそうにレイに振り向くと、深々と頭を下げた。


「今まですみませんでした……」


 レイはしばらくそんなアリシアを驚いたように見たあと、ふっと笑って「頭上げろよ」と優しく言う。


「別に気にしてないから良いって」


「ですが……」


「それに、こうやって皆に言ってくれただけですげぇ嬉しいから」


「はい……」


 この日から、レイの陰口が聞こえることはなくなり、時折レイに話し掛ける生徒の姿も見られるようになった────


 そしてもう一つ────


「私と席、替わっていただけませんか?」


 アリシアはそう頼んで、レイの隣の席に移動してきた。

 別に生徒の席位置が多少替わろうと、授業に支障が出たりするわけではないので、教師も文句を言ったりはしない。


「さっきはホントありがとな?」


「べ、別に貴方のためにしたワケじゃないわ……」


 アリシアは若干頬を赤らめて、自分の金髪を指でくるくる巻き取りながらそう呟く。


「貴方には先日助けてもらった恩があるし……それだけよ。まあ、何か困ったことがあったら、私が力にならないこともないから……」


「え、マジ?」


「ええ」


「良かったぁ……!

 んじゃ、早速で悪いんだけどさ、次の魔法理論Ⅰの教科書見せてくんない? 家に置いてきちゃってさ」


「…………」


「ん、アリシア?」


 アリシアの身体がブルブルと震えている。両拳は固く握り締められており、俯き加減のアリシアの顔はよく見えない。

 そして────


「貴方ねぇえええええッ!?」


「うわっ──ちょ、いって!? 教科書投げんなバカ!?」


「バカはどっちよ!?」


 いつも皆には落ち着きがあって、優しい姿を見せているアリシアであるが、やはりレイにだけはそうもいかず────

 もしかしたら、こちらが本当のアリシアの姿なのかもしれない。

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