6.視線
(私たちのうち一体誰がこの蘭丸とか言う小姓と戦うの? 蘭丸の剣の腕はどれぐらい? 勝負はどうやって行うの? 真剣? それとも木刀? てか、そもそもこの謁見の間で戦うの……?)
色々な考えが頭を巡った。
信長はまた上機嫌に戻っていた。
「蘭丸。勝負の相手はお前が選べ」
「承知仕りました」
「刀は、そちが今持っている我が愛刀を使うがよい」
(やはり真剣勝負ね……この信長を前にして、万が一にも木刀なんて無いとは思っていたけれど……)
「お前たちの方にも刀を渡さねばならぬな。心配せずとも、蘭丸のものと負けず劣らずの名刀を貸してやるわ」
「オダサマ、お戯れヲ……」
これ以上話が進まぬよう、ヴァリニャーノ先生が止めに入る。
「儂は本気じゃ、ヴァリニャーノ。お主、先刻、この者たちは大人の剣士にも引けを取らぬと申したではないか。この蘭丸も、見ての通りまだ子供じゃ。蘭丸程度に勝てずして、鬼退治など出来る訳がなかろう?」
先生も、それ以上は口を開けなかった。
信長の気性の荒さは天下に轟いており、これ以上の反論が危険なのは誰にでも分かる。
(それにしても……)
私は、蘭丸という美少年を改めて見つめた。
一見華奢な体つきをしており、弱々し気に見えなくもない。
しかし、謁見が始まってからずっと信長の横で半身の形で傅きながら、今もって微動だにしないその様子から察するに、相当体の芯を鍛えている。
(こりゃ、かなりの使い手ね……)
ふと横目で他の3人を見ると、皆一様に蘭丸の様子を伺っていた。
もし挙手制であれば、誰もが自ら手を挙げたであろうことは容易に想像がつく。
マンショは皆を守るために、マルチノはそんなマンショを守るために。
そしてジュリアンは、神の御意向を邪魔させないために……
(かく言う私は、何のために手を挙げるのかしら? やっぱり、どうせここで死ぬなら強い相手と一戦交えたいから、かしら……?)
「何をしておる、蘭丸。早く相手を決めよ」
「失礼いたしました。4人を深く観察していました……それでは、そちらの姫君と一戦仕りたく存じます」
蘭丸が指差した相手は、
「わ、私!?」
驚きのあまり、場も弁えずに声を出してしまった。
「その方、名を何と申す」
あの信長が、私に話しかけてきた。
「千々和城主、千々石直員が一子、千々石ミゲルと申します」
「ミゲルと申すか。蘭丸、なぜこの者を選んだ?」
「この者が一番、私との勝負を楽しみにしているように見えましたゆえ……」
◆
決闘の場は、場内の一角にある摠見寺という寺の境内で行う事となった。
「先生! 鬼を相手にする前に人と斬り合うなんて道理に合いません! こんな一方的な勝負は無視して、さっさと長崎に帰りましょう! 許可など無くても、南蛮船で出港してしまえば信長も追っては来れないはずです!!」
支度部屋としてあてがわれた寺の一室にて、マンショが語気を強めて言った。
「アナタらしくもないですね、マンショ……もしワタシたちが今逃げたら、ノブナガはワタシたちだけでなく、セミナリオの生徒も狙うことになると思いマスヨ」
それはそうだ。
仮に私たちが追手から逃げおおせたとしても、学校の皆はただでは済まないだろう。
九州はまだ信長の版図にないとしても、各地の大名に書状を送り、圧力をかけてくるのは目に見えている。
そうなれば、信長の威光に恐れをなした大名たちは、簡単に生徒たちを差し出すであろう。
マンショはハッ!? と我に帰り、口をつぐんでしまった。
「わ、私たちみんなで、信長に謝りに行くのはどーでしょう? 生意気言ってごめんなさいって。お姉さまたちは美人揃いだし、信長も鼻の下伸ばして許してくれちゃったりしてぇ……」
マルチノが、冗談とも本気ともつかぬ口調でそう言った。
だが、誰もそれに応えないのを見て、頭を掻いて黙ってしまう。
「信長を斬りましょう」
普段は滅多に口をきかないジュリアンが突然発言し、皆ギョッとして彼女を見つめた。
「神の導きを邪魔する者は斬るしかありません……その刀を貸してください」
ジュリアンは、私に与えられた信長の刀を寄こせとばかりに手を突き出してきた。
(こ、この子、本気で言ってる……こ、怖っ!)
「何を言ってるのジュリアン!? そんなの、逃げるよりもっと酷い結果を招くわよ!」
マンショが慌てて止めに入った。
「ミナサン、落ち着いてクダサイ。確かに事態はトテモ深刻デス。デモ、神の御加護があれば必ず救いはあるはずデス。ミゲルの腕が一流であることは間違いアリマセン。アノ少年にだって、勝てる可能性は高いとオモイマスヨ」
(甘いわ……)
ヴァリニャーノ先生は、確かにキリスト教に深く精通し、世の中についての様々な知識も豊富だ。
聞いた話では、悪魔祓いの腕も相当らしい。
しかし、こと剣術についてとなると話は別である。
現に、剣の道に通じている私たちの誰もが先生の意見に賛同していないのは、皆の態度で明らかであった。
第一、信長に最も近くに控える小姓がただの茶坊主な訳がない。
(でも……それでも……)
「そ、そうですよねー、先生。みんな、大丈夫だって! 仮にも、千々石家始まって以来の剣聖とも言われたこの私が、あんなヤサ男に負けるはずがないじゃない! どーんと構えて、見てて頂戴!」
ヴァリニャーノ先生は満足げに深く頷いたが、他の3人は、そっと視線をそらせた……