51.終劇
「んんん……あれっ? こ、ここは……?」
気がつくと、私は先ほどと同じ大聖堂の石畳の上に横になっていた。
しかし、一点、さっきとは異なっている。
空が青いのだ。
目に入ってくる景色の全てが、先ほどとは異なり太陽の明るい光に照らされていた。
「あ! ミゲ姉も気がつきました!」
「ミゲル! やっぱり、邪童丸との戦いで体力を消耗しきっていたようね。もう、皆さん目を覚まされてるわよ」
「ううぅ……確かに傷がズキズキ痛むわ。わ、私たち、助かったのね……あ! そういえば、ジュリアンは大丈夫!?」
「心配ないわ。さっきメスキータ先生たちに連れられて、教皇庁の病院に運ばれて行ったの。こっちの世界に戻った時、ジュリアンも意識を取り戻したのよ」
「そしたら、パッパさまがジュリアンお姉さまの側に寄られて、抱擁して下さったんです! お姉さま、感激のあまりボロボロと泣いてました」
「猊下は、『今は自分の健康のことだけを考えなさい』と仰っていたわ。しばらくは休養が必要だろうから、この後行う猊下との正式な謁見式に参加するのは無理そうね……」
「謁見式!?」
「そうよ。私たちは、表向きは日本からの表敬のための使節として来てるんだから、当然でしょ?」
「そっか……ジュリアンは出席したいだろうけど、仕方ないわね」
マンショたちとそうした会話を交わしていた時、蘭丸が近づいてきた。
「蘭丸! あなたが来てくれなかったら、邪童丸にやられていたところだった……本当にありがとう!」
「ミゲル……無事で本当に良かったです」
「あなたもね……そだ! せっかくお守りにもらった小刀、壊しちゃってごめんなさい!」
「邪童丸を倒すために使われたのなら、あの刀も本望だったでしょう。気にしないください」
「酒呑童子は、あの後どうしたのかしら?」
「この近くに邪気を一切感じません……おそらく奴の言葉通り、このローマに興味を失ってどこかに去ったのだと思います」
「くっ……ここまで追い詰めたのに……」
「仕方ありません。あの邪童丸を倒せただけでも、大したものです。少なくとも、このローマはあなたたちのお陰で救われました。誇るべきことですよ」
そう言うと、蘭丸は私をそっと抱きしめた。
(ななな……△○〜□|◎♪▲¥♩○▼%□◆&◉△…………!?)
「お、おおお……! 蘭丸さまってば、積極的ぃーーっ!!」
「蘭丸さま! ここは大聖堂ですよ!? いくらなんでも大胆すぎますっ!!」
「おっと。申し訳ございません、つい……」
その後も蘭丸とマンショたちの会話は続いていたが、頭に血がのぼった私の耳には何も入ってこなかった……
◆
「東方ヨリ来たりし使節団一行ガ、教皇猊下への謁見のタメ、コノ道をトオル! 皆、刮目セヨ!」
邪童丸との決戦の数日後、私とマンショ、マルチノの3人は、教皇猊下との正式な謁見式を行うため、馬にまたがって大行列の中心にいた。
この行列は、騎兵隊や衛兵、音楽隊などからなる数百名の一団であり、3キロもの道のりを大々的に進んでいた。
「いやぁ……ここまでしなくてもいいのにねぇ。何だか分不相応で、小っ恥ずかしいわ」
「それだけ私たちの事が注目されてたってことね。極東の地にもキリスト教の威光が届いてるって事を示す、絶好の機会でもあるもの」
「それにしても、ジュリアンお姉さまは列席できなくて残念でしたね……」
ジュリアンの体調はやはり戻ることはなく、一人宿舎に残ることになっていた。
「でも、教皇庁から名医を派遣してもらってるし、パッパさまからも『私を喜ばせるために薬を飲んで欲しい』ってお言葉も頂戴してるんだもの。本人も、嬉しく感じてると思うわ」
「そ! ジュリアンはこんな事で挫ける子じゃないわよ!」
「そうですね……あ、見てください! 大聖堂が見えて来ましたよ!!」
私たち大行列の一団は、数時間の進行を終えて、サン・ピエトロ大聖堂に到着した。
まだ至る所に亀裂や崩壊の跡が残っていたが、すでに補強工事が開始されているのが分かった。
「到着!」
先頭の騎士が大きくそう叫ぶと、ドンドンッ! という轟音を立てて、200発もの祝砲が打ち鳴らされた。
「マンショ、ミゲル、マルチノ……馬を降リテ、ついてキナサイ……」
白い祭服に緑色のストラを着けたメスキータ先生とロドリゲス神父が、私たちに告げた。
その指示に従い馬を降りると、私たちは大聖堂の北側にあるシスティーナ礼拝堂に案内をされた。
「うわっ、あの天井の絵って……!?」
「どこもかしこも絵でいっぱい……みんな、なんて素晴らしい絵なのかしら……!」
私たちは礼拝堂内の壁や天井に描かれたフレスコ画に目を奪われた。
そこには、所狭しと様々な聖書の場面が圧倒的な筆致で描かれていた。
「アノ天井の絵は、ミケランジェロという彫刻家が描いた『天地創造』デス。奥の壁画は『最後の審判』ト言って……」
メスキータ先生が一つずつ丁寧に教えてくれたが、あまりの情報量に理解が追いつかなかった。
だが、これらの絵の全てが、素晴らしい芸術品であることは日本人の私でも分かる。
「ソレでは、コチラの『帝王の間』へ……」
先生が近くにいた衛兵に目で合図をすると、私たちは横にある部屋へと通された。
そこには、教皇猊下以下、枢機卿たちが私たちを待たれていた。
ここから先は、私たちの主君にあたるキリシタン3大名、有馬晴信、大友宗麟、大村純忠からの親書をお渡しするなど、一連の儀礼に則って謁見が進められた。
「それからこちらも……」
マンショから猊下に対して、かつて信長から賜った「安土城図屏風」が渡される。
猊下は屏風をご覧になられて、大変喜ばれているように見えた。
「猊下は、コノ度の諸君らの活躍に、御満足されてイマス。日本での布教活動に対スル財政的支援を、オ約束されマシタ。ソレと……」
枢機卿の一人が、教皇庁を代表して話した。
「ローマ市議会にお伝えシテ、ローマ市民権の授与、並びに貴族に列するコトと致しマス」
「き、き、貴族ぅ!?」
絶句する私たちをよそに、列席する枢機卿たちから割れんばかりの拍手と歓喜の声が巻き起こり、帝王の間にいつまでもこだました……
◆
「あーあぁ。長かった私たちの旅も、これでお終いね……」
70日間に及ぶローマ滞在も終わりを迎え、私たちはリスボン港に戻るための馬車の中にいた。
「もう少しこっちに残って、フランスに行ってみたかった……」
馬車の外の景色を眺めながら、ジュリアンが、ため息まじりに呟く。
「フランス国王からの招待も、辞退しちゃったもんね……ジュリアン、あんなにジャンヌ・ダルクが活躍したフランスに行きたがってたのにね……」
私たち一行の噂はヨーロッパ中に鳴り響いており、フランスやドイツの国王、諸侯たちから沢山の招待が舞い込んで来ていた。
しかし、その全てに応じることはとてもできず、基本的には全て辞退していたのであった。
「残念だけど仕方ないわよ、ジュリアン。これも、お役目というものよ」
「てか、またあの船生活が始まるんですねぇ。船酔いの事を考えると、ちょっと気が重くなります……」
「大丈夫よ、すぐに慣れるって! それより、見てよこのお腹。いっぱいご馳走食べ過ぎて、ちょっと太っちゃったわ。早く日本に戻って、おっ母のおにぎりが食べたいわぁ」
ローマ滞在中、私たちは常に熱狂的な歓待を受け、豪華な料理が振る舞い続けられていたのだ。
「あんなにがっついて、バクバク食べるからよ、ミゲル。そんなんじゃ、蘭丸様に嫌われちゃうわよぉ」
「そういえば、蘭丸様はこの後どうされるんですか?」
「うん……一緒に船に乗って日本に帰ろうって言ったんだけど、蘭丸はもう少しこっちに残って、酒呑童子の行方を探してみるって……」
「好きな女性の代わりに、自らその使命を果たそうって感じですかね? ミゲ姉ったら、本当に愛されてますよねぇ」
「え……? あっ!? こっちに残るって、そういう事なの!? やだ! 私も残るわっ!!」
「何言ってるのミゲル! さっきもジュリアンに言ったけど、私たちには日本に戻って、旅の成果を伝えるっていう役目があるんだから、そんな勝手なことできないわよ!」
「そ、そんなぁ……そりゃ、マンショはいいわよ! ゴアでヴァリニヤーノ先生が待ってるんだから、早く帰りたくて仕方ないだろうけどさ!」
「は!? そ、そ、そんな事ないわよ! 想像でものを言わないでよ!!」
「まあまあ、お姉さまたち。そんな喧嘩しないでください……(2人とも、めんどくさいなぁ……)」
「ん? マルチノ、最後なんか言った?」
「い、いえ別に!」
「ミナサン! イイカゲン、静かにしてクダサイ!」
あまりにも馬車の中で騒ぎすぎたため、御者台に座っているメスキータ先生からお叱りの言葉が飛んだ。
私たち「天正遣欧少女使節」の旅は、まだもう少し続いていく。
神の威光を日本に広めるため、そして、酒呑童子を倒し平和な世界をこの手に取り戻すため……
(完)
これで本作「ロザリオソード」は完結になります。
自分にとって初めての長編処女作となりましたが、完結することができ、今は本当に嬉しいです。
最初は、慣れない執筆で思うように筆が動かないこともありましたが、途中からミゲルたちキャラクターが自然と話し出すようになったりして、考えていた以上に小説を作るのって楽しいんだなぁと感じることが出来ました。
また、本作を書くにあたって改めて「天正遣欧少年使節」に関する本や鬼の伝承に関する本を紐解き、新しい発見があったことも自分の財産となりました。
今後は、今回の経験も活かして、別作品の執筆や本作の続編となる酒呑童子を追う作品(ミゲルたちとは別主人公ものですが、少しは顔を出す予定)の作成、本作の外伝的な短編などを書いていこうかなと考えています。
正直なかなかPVが伸びずに心折れそうな時もありましたが、わずかでも読んで下さっている方がいらっしゃることは、本当にありがたかったです。
今後も末長く小説の執筆を続けていければと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。