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50.脱出

「ああっ!? あんのぉ野郎!!」

「ミゲル! 奴の後を追いたいのは山々だけど、今はこの大聖堂から抜け出すのが先よ!」


 その時、メスキータ先生が法衣を着た神父姿の男性十数名と共に、こちらに駆けつけてきた。


「先生!」

「ミナサン、大丈夫でしたカ?」

「そ、そちらの方々はもしかして……」


 マルチノが恐る恐るメスキータ先生に質問する。


「コノ方々は、カトリック教会に仕える枢機卿の皆様……ソシテ、アチラにいらっしゃるお方こそ、教皇グレゴリオ13世デス」


 先生が指さした方には、両腕を枢機卿に抱えられ、自らも司教杖(しきょうづえ)をついて歩まれている白髪の老人がいた。

 その表情は、この悲惨な状況にあってもなお穏和な微笑みを保っており、見ているだけで心に温かい感情をもたらすものであった。


「みんなっ!」


 マンショの声にハッとした私とマルチノは、マンショに続き、慌てて教皇猊下(げいか)の側に寄って地面に跪いた。


「パ、パッパさま……失礼、猊下! ご、ご無事で何よりでした。私たちは……」


 私たちを代表してマンショが挨拶をしようとした時、猊下は、手で静かにその言葉を止められた。

 マンショが呆気に取られていると、猊下は足元に跪く私たちに近づき、なんとその温かい手で、私たち3人を包み込まれたのだった。


「な、なんともったいない……」


 マンショが感激のあまり涙を流して言った。

 私も、感動と同時に、邪童丸に受けた傷が全て癒えていくような感覚を覚えた。


「……猊下」


 側にいた枢機卿の一人が教皇猊下の耳元で何か囁くと、教皇はコクリとうなずいて立ち上がった。

 続いて、その枢機卿が目線をメスキータ先生に向ける。


「さあミナサン、もう時間がアリマセン。一刻も早く、コノ異空間から抜け出さなけレバ……」

「……そ、そうですよね、先生。まずは外に出ましょう! ミゲルとマルチノは、ジュリアンを担いで行くのよ! それと、蘭丸さま。まだ、鬼や悪魔の残党が近くに残っているかもしれません。万が一にも鬼が襲ってきたら、教皇猊下の身をお守りしてください」

「心得ました」


 私とマルチノは、まだ意識を失って地面に横になっていたジュリアンの両肩を担ぎ、大聖堂の廊下を走った。


 地響きは先ほどよりも一層と大きくなっており、崩れた壁や柱が私たちの行手を邪魔する。

 だが、特に鬼たちの襲撃も無く、小半刻(こはんとき)も過ぎた頃、ようやくサン・ピエトロ大聖堂の広場に通じる扉に着くことが出来た。


「よ、ようやく出口に着いたわね……」

「ミゲル、あれっ!」


 マンショが指さした広場の地面を見て、驚愕した。

 そこには、広場の中央部分にポッカリと大きな黒い穴が穿たれており、ズズズズズ……と音を立てて、広場の石畳が渦状にその穴の中へと吸い込まれていくのが見えたのだ。


「あれって、私たちが最初に入ってきた黒円かしら? 随分と小さくなってる……下手したら、元いた世界に戻れなくなるわ。あそこから出られないかしら?」

「でも、もう私の鬼丸も小刀も使いものにならないし……あ!? マルチノの鎧通しは?」

「私の刀、あそこにあるんですけど……あれじゃどう見ても取りに行けないですぅ……」


 天空を見上げてみると、そこには大聖堂の屋根や装飾から砕け落ちたと見られる大小さまざまな石の塊が浮かび上がっており、マルチノの鎧通しも、空中でクネクネと不規則に動いているのが分かった。


「重力の方向がめちゃくちゃになってるわ……」

「もう、何でもありって感じですね……」

「くっ……ロザリオソードが一本も無い中で、一体どうやってここから抜け出せばいいの……」


 マンショが顔に苦渋の表情を浮かべて思案するが、妙案は思い浮かばないようだった。


 その時、教皇猊下が枢機卿の一人を手招きし、何かを指示しているのが見えた。

 その枢機卿が頷くと、こちらへと近寄ってきた。


「猊下からのお言葉デス。今、ワタシたちは、邪童丸が悪魔(デーモン)の力をツカイ、合わせ鏡の世界に引き込まれているとのコトデス」

「あ、合わせ鏡の世界!?」

「鏡と鏡を並行(パラレル)にスルと、いくつもの世界が映りマス。デーモンは、ソノ中の一つを利用シテ、人間や物体を引きずり込むのデス」

「じゃ、じゃあ、どうすれば良いのですか!?」

「コレは、デーモンが使う術デス。ソレナラバ、ワタシたち神父の悪魔祓いの力がツカエマス。コチラの世界と現実世界、両方から力をぶつけるコトで、鏡の世界カラ抜け出せるハズ……メスキータ。現実世界の方には、ダレか仲間がイマスカ?」

「ロドリゲス神父がオリマス」


 その言葉を聞いた枢機卿は、メスキータ先生の手を掴むと、地面に出来た黒い穴へと駆けて行った。

 私たち3人も、慌ててその後を追う。


 枢機卿は穴の(ふち)に来ると、ジッと何かを見つめるように黒い虚空の中を覗き込んでいた。


「何をしているのかしら……」

「……ん? あ、あれって!?」


 黒い空間の中に、何かぼんやりとした人影が見えたかと思いよく目を凝らすと、そこにはロドリゲス神父の姿が映し出されていた。

 ロドリゲス神父は、心配そうにこちらを覗いていた。


「ロドリゲス神父じゃない!? こっちのことは見えていないようだけど……確かに神父の姿だわ!」

「ミゲル、下がっていてクダサイ……ンンッ!!」


 メスキータ先生が手にしたロザリオをギュッと握りしめると、目を瞑って小声で何かを囁き始めた。


「先生、何してるのかしら……?」

「メスキータは、祈りをツウジテ、アチラの世界のロドリゲスに思念を送っているノデス」


 先ほどの枢機卿が呟いた。

 見ると、穴の中に見えるロドリゲス神父がハッとして耳に手を当て、何度も頷いているのが分かった。


「……ロドリゲスも了解シマシタ。アトは、ワタシたちデス!」


 メスキータ先生がそう言って手を上げると、教皇猊下と枢機卿全員が、穴を囲むようにして円状に並んだ。

 皆が一斉にロザリオを手にしたかと思うと、静かに、しかしはっきりとした声で詠唱を始めた。


「ワタシたちはイマ、鏡に写し見るヨウニ、(オボロ)げに見てイル。しかしソノ時には、顔と顔とを合わせて見るダロウ。ワタシの知るトコロは、イマは一部にスギナイ……」


 詠唱が広場に響き渡る。

 見ると、徐々に猊下たち全員の体が白く発光し始め、遂には一つの大きな光の輪となって光り輝いていた。


「……されどソノ時には、ワタシが完全に知られているヨウニ、完全に知るでアロウ……全きモノが来たる時には、部分的なモノは(スタ)れ行ク……邪悪ナル魂から作られた世界ヨ! 神と精霊の御名にヨッテ命ズル!! 偽りの世界を消し去り、(マッタ)き姿を現さんコトヲ!!!!!!」


 詠唱が最高潮に達した時、黒い穴の表面に幾筋もの亀裂が走った。

 次の瞬間、その表面が割れた鏡のように砕け散ったたかと思うと、光がサン・ピエトロ大聖堂全体を包み込み、地面の中へと私たちごと吸い込んで行った。


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