49.父親
「お、終わった……」
「ミゲルーーー!!!」
「ミゲ姉ーーーーっ!!」
マンショとマルチノの2人が、声を張り上げながら私のもとに駆け寄った。
「すごいわミゲル! あの邪童丸を倒すなんて、あなた本当に天才剣士よ!!」
「ミ、ミゲ姉、ヒック……、よ、よくご無事で……ヒック、ほ、本当に良かったですぅぅ……ううっ、うわぁーーーーんっ!」
「な、泣かないでよマルチノったら……それより、みんなも大丈夫?」
私は2人や蘭丸、メスキータ先生の様子を見た。
「邪童丸の腕から振り落とされちゃったけど、私たちは受け身を取れたし、メスキータ先生は蘭丸さまが受け止めてくださったわ」
「そっか……あ!? 他の鬼や悪魔たちは?」
「ヒック……ぐすぐす……ほ、ほとんどが、邪童丸の毒液やら火炎攻撃やらに巻き込まれて死んじゃいました。僅かに攻撃を逃れた連中も、さっさと逃げ出したようですし」
ふと気づくと、翼が焼け落ち、床に倒れている山羊のような頭を持った悪魔のもとへと、メスキータ先生が近づくのが見えた。
「ぐ、苦じい……だ、助げてぐれ……」
「彷徨える悪魔ヨ……汝に問いマス。教皇猊下たちは、ドコにいるのデスカ?」
「や、奴らは、左翼の宝物庫に閉じ込めている……グッ、グフッ……!」
悪魔は、口から青い血を吐いて息絶えた。
メスキータ先生が、傷ついた足を引きずりながら、しかし足早に宝物庫と思わしき場所へと駆けて行った。
「あ、先生!? 私たちも……って、痛てててて……」
「ミゲル! あなたはまだここで安静にしてなきゃダメよ!」
「……そうね、先生に任せとけば大丈夫か。ん? 蘭丸、どうしたの?」
見ると、蘭丸はまだ刀に手をかけたまま、壁に設置された石像の一つをジッと睨みつけていた。
その石像は、キリスト教にまつわる聖人の一人を象ったと思われる大理石づくりのものであり、片手に持った槍を大きく天に突き出した姿をしている。
「えっと……蘭丸……?」
「まだ、鬼の気が残っている……その石像の中にいる者、出てこい……!!」
「ふふふ……………」
石像の中からくぐもった笑い声が聞こえたかと思うと、表面の大理石がパラパラと崩れ始める。
「なっ!?」
あれよあれよという間に石像が砕けたかと思うと、不意に、ヒョイっと小鬼が姿を現した。
その姿は、赤い体に青、黄、黒、白色の手足という、先ほどまで戦っていた邪童丸とそっくりな容姿をしている。
「じゃ、じゃ……邪童丸!? さっき倒したはずなのに、なんで……?」
「いえ、こいつは邪童丸などではありません……こいつこそ、全ての鬼の頭領にして諸悪の根源……酒呑童子です」
「ええぇーーーっ!?」
私たちは、皆一様に絶句してしまった。
それはそうだ。
酒呑童子を倒すことが、私たちの旅の最終目的であった。
その標的が、今、目の前にいる。
このバチカン、いやローマ全体を大混乱に陥れ、人・鬼・悪魔の混血児を生み出して三界の王にまで君臨しようとした大悪党が、手の届く場所にいるのだ。
「お前たちの戦いっぷり、全て見させてもらったぜ……」
酒呑童子が静かに口を開いた。
「あんた……石像の中に、コソコソ隠れて覗いてたってわけね!? 親子ともども、気持ち悪いのは変わらないわね!」
「ふふふ、千々和ミゲル……本当にお前は威勢がいいな。その負けん気、嫌いじゃないな……」
「あんたなんかんかに好きになられても全然嬉しくないわっ! 息子同様、ボコボコにしてやるから覚悟しなさいっ!!」
「邪童丸か……」
そう言うと、酒呑童子は、まだ僅かに煙をあげて横たわっている邪童丸の方へと顔を向けた。
その亡骸に一瞥をくれたかと思うと、酒呑童子の顔が嫌悪の表情に変化するのが見えた。
「……ったく、本当に情けねぇ野郎だ。鬼童丸よりは使えるかと思ったが、とんだ見込み違いだったぜ……」
酒呑童子が吐き捨てるように言い放つ。
「なっ!? 仮にもあんたの息子でしょ!? 親子の情とかは無いわけ?」
「鬼相手に、なに綺麗事ほざいてやがる……」
「くっ……」
酒呑童子がこちらを強く睨みつけてくる。
私も、痛む体に鞭を打ち、折れた小刀を構えて臨戦態勢を取った。
(まずい……鬼丸も手元に無いし、そもそも焼き付いていて使えない……この小刀もダメ……何より、もうロクに手に力が入らない……)
その時だった。
ゴゴゴゴゴ…………というという地響きと共に、大聖堂の天井やそれを支える柱がミシミシと崩れ始めた。
「ちっ……邪童丸がくたばったせいで、大聖堂を鬼の世界に留め続けられなくなってきたか……」
酒呑童子が言ったように、天井からはボロボロと砂埃が落ち始め、大理石の床にも次々と亀裂が入っていく。
「このままここにいたら、石の屋根ごと押しつぶされそうだな……俺はもう行くぜ」
酒呑童子が天井を見つめながら呟いた。
「ま、待ちなさいよ! あんた、これからも、ジュリアンをつけ狙おうってんじゃ無いでしょうね!?」
「邪童丸とそこの女を交配させりゃあ、鬼と人、そして悪魔の血を引く最強生物が作れるかと思ってたんだがな。今回のことで、人間……特にお前たちみたいな馬鹿正直な奴の血が混じったら、いつかそれが発現して叛旗を翻されるかも知れねえってことがよぉく分かったぜ……もうお前たちに用はねえ」
「こ、このローマからも出ていきなさいよ!」
「はーっはっは!! 元々は、お前たちを誘き寄せるためにバチカンに目をつけたに過ぎねぇ。今となっては、碌な娯楽もねえこんな陰気くせえ土地に何の興味もねえよ。西洋人の味は、俺の舌にも合わねえしな……」
5色のまだらの鬼が、舌なめずりをしてこちらを睨め付ける。
「鬼は、どこまで行っても鬼……餓鬼と何も変わらんな」
蘭丸はそう言うと、私たちの前に盾となって立ち塞がり、酒呑童子と対峙した。
その刹那、天井から象ほどもある大きな石の塊が崩落し、私たちの近くに落下した。
「おっと……次元の歪みも、そろそろ限界のようだな。俺はさっさとおさらばするぜ。そこでくたばってる邪童丸も、地獄に一人きりで行くのは寂しかろう……お前たち、奴と一緒に道連れになってやってくれ。はーっはっは!!!」
そう言い残すと、酒呑童子は、教座の背後の壁に出来た大きな亀裂の中へと消えていった。