4.謁見
織田信長……
言わずと知れた、戦国一の大々名である。
美濃の斎藤道三や甲斐の武田を滅ぼし、今やこの日本をその手中に収めんとする天下人だ。
信長への謁見は、表向きは日本での布教活動の容認と、信長の居城である安土城下におけるセミナリオ開設の許可をもらうためであった。
しかし実際には、事前に討伐隊を外国に派遣する事を信長に話をしておき、仁義を切っておこうというのが真の目的である。
たとえその討伐隊が、異国の宗教であるキリスト教徒、しかも平均年齢がたったの13歳である少女たちで構成されているとは言え、日本の武士団が海外へと派遣されるとなれば慎重に根回しが必要だ。
万が一にも日本の王を自認する信長が後でこれを知れば、烈火のごとく怒り狂い、一気にキリスト教に対する禁教令を発するとも限らない。
「それにしても、私たちは信長に御目通りを許された武士の扱いなんでしょう? なんでこのあっつい中で馬にも乗せてもらえず、こぉーーんなボロを着た家来役を演じなきゃいけないのぉ?」
健脚に自信のある私だったが、連日炎天下の中で長時間の歩行を強いられ、弱音を吐いた。
マンショ、マルチノ、ジュリアン、そして私の4人とヴァリニャーノ先生ほか宣教師たちの一行は、陸路で安土城に向かう道中にあった。
先生たちは馬に乗り、キリスト教の事を知る者であれば誰でも神父と分かる格好をしていた。
一方、私たち4人は、先生たちの召使いよろしく百姓然とした格好でひたすらに歩かされている。
「酒呑童子の手先はどこに潜んでいるか分からないわ。先生たちはどう見ても異国の人だから化けようがないけど、私たちは身バレするわけにはいかないのよ」
「マンショお姉さまの言う通り、鬼達の狙いはあくまで刀を使いこなす私たちですからねぇ。用心、用心……」
ギラつく太陽にメガネを輝かせ、マルチノがそう呟いた。
ふとジュリアンを見ると、汗ひとつかかずに黙々と前を向いて歩き続けている。
(いつも冷静なジュリアンらしいわ……)
「それに、歩く事で少しでも体力を向上させてほしいというのがヴァリニャーノ先生のお考えよ。も、文句を言わずに、ががっ、頑張りなさい……」
口では最年長らしく叱咤激励をするけど、マンショも相当に応えているようであった。
本来であれば出港前に少しでも剣術の腕に磨きをかけたいところであるが、私たち自身が信長に会わないで、話は始まらない。
(それにしても、づがれだ……)
「ミナサン、見えてきましたヨ!」
馬上のヴァリニャーノ先生が大きく叫んだ。
「うわぁ……」
山の遠くのそのまた遠くに、朧げではあるが、しかし確かに朱や金色で彩られている安土城が見えてきた。
これまでも幾つもの城を通り過ぎて見てきたが、安土城は明らかにそれとは異質であり、絢爛豪華な造りである事が遠方からも見て取れる。
「うっひゃあ! あれって、中はどんな構造してるんですかね?」
マルチノは、さっそく知的好奇心を刺激されたようだった。
「さすがに日の本一を名乗る信長の居城ね。あれを見ただけで、並みの神経をした大名なら即、平伏してしまうわね」
さすがにマンショは、広く盤面を見るような視点を持っていた。
当の私が持った印象は、やはり我が千々石家の城との圧倒的な差であった。
武家に産まれた者として、いつかあんな城を持ってみたいという思いが沸々と湧いてくる。
ふとジュリアンの方を見てみると、いつもと変わらず冷静な目で安土城を見ているのが分かった。
「アト少し、ガンバリマショー!!」
ヴァリニャーノ先生の檄が飛んだ。
◆
「面をあげよ」
数十畳はある安土城内の謁見の間で、私たちは信長と対面した。
安土城に到着してまもなく、私たち一行はさっそく信長から呼ばれ、慌ただしくこの場に来た。
相手は天下人でありもっと色々手続きがあるのかと思っていたが、取り次ぎ役の話では、信長の方が早く会いたいと言っていたようだ。
「イエズス会から、アタラシク日本に派遣にナリマシタ、宣教師のヴァリニャーノとモウシマス」
ヴァリニャーノ先生が口火を切る。
「遠路より、はるばるこの日本まで御苦労であった。余は、口だけは達者な糞坊主どもは大嫌いであるが、清貧を説き、自らもその通りに生活する伴天連は気に入っておる。この安土に伴天連の学校を造りたいと聞いたが、至極結構。なんなら、寺から僧侶どもを追い出してその跡にでも造ればよいのではないか」
信長はそう言うと、高らかに笑った。
信長の坊主嫌いは広く天下に聞こえていた。
一向一揆や本願寺に散々苦しめられてきた意趣返しなのであろうか。
また、キリスト教についても積極的に保護する旨を号令してくれている。
次に、話は西洋の状況や最新技術、南蛮貿易の件について及んだ。
ヴァリニャーノ先生の言う事にいちいち頷いたり、質問を投げかけたりしている。
(なるほど……そりゃ信長の方からお呼びがかかるわけね……)
西洋伝来の鉄砲を最大限に活用して、ここまで大きくなった信長である。
天下を確実にその手中に収めるためには、こうして最新の世界の情報を手に入れ、その権力をより強固なものにする必要があるのだろう。
場も和んできたので、私は少し周りの様子をうかがい見ることにした。
時折信長に何かささやいている男……
着物に水色の桔梗の花の紋が入っている。
(家紋に色が付いているのは珍しいわね……水色桔梗ってことは、これが信長の腹心とか言われてる明智光秀かしら……?)
また、同じく信長の側に傅いている美少年の小姓。
織田の家紋の着物を着ているが、脇差の小刀に付いている家紋は、羽を大きく広げた鶴。
(鶴丸の紋ってことは……あの鬼武蔵とか言われてる森長可? でも……あまりにも年が若すぎるわ。まあ森家の者なのは間違いないわね……それにしても綺麗な顔。下手したら、私よりよっぽど女らしい顔してるかも……)
「ところで……」
最近の九州情勢の話が一通り終わった後、信長が尋ねた。
「布教の許し以外にも、余に話があると聞いておるが」
(来た……)