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46.再会

そこには、赤鬼に縄で縛られたマンショ、そして、巨大な青鬼に片手で全身をグイと掴まれているマルチノの姿があった。


「まさか……2人とも捕まるなんて……!」


 やはり、いくら2人が強いと言えども、丸腰では厳しかったようだ。

 メスキータ先生は悪魔に取り囲まれながら必死で十字架を振っており、とても救援に向かえる状況ではなかった。


「さすがの剣士様でも素手ではどうにも限界だったみたいだな! さあ、ジュリアンを離せ!」

「くっ……!」


 私は鞘を掴む力を弱めた。

 その途端、息ができるようになったジュリアンは赤い目を見開き、背後にいる私の喉仏を掴んで潰しにかかってきた。


「がっ……ジュ、ジュリアン…………!」

「ふぅ、危ないところだったな。ミゲルとか言ったか……まったく、油断も隙もない危険な野郎だぜ。ジュリアン! そのまま奴を締め上げて息の根を止めろ! それから、残りの2人ももう必要ない。お前たちもそいつらを片付けろ!!」


 邪童丸の指示を受け、ジュリアンの締め上げる力が格段に上がった。


「ゔ、ゔ……」


 私の意識が急速に遠のいていく。


(もう、ここまでか……)


 霞む目でマンショたちの様子を見ると、両者とも、まさに大きく開いた鬼の口で頭を喰い千切られんとしていたところだった。


「ミ、ミナサン!」


 メスキータ先生の声が虚しく大聖堂に響き渡る。


「はははははっ! 全員これで終わりだぁ!!」


 邪童丸がそう高らかに叫んだ時だった。

 バスッ、バスッ! という斬撃の音がしたかと思うと、マンショたちを喰らわんとしていた鬼の首が真横に飛んだ。

 その場にいた全員がその光景に目を奪われていた次の瞬間、私の喉首を締め上げるジュリアンの腕を何者かが蹴り上げるのが見えた。


「ガッ!」


 という声を立ててジュリアンが手を離すと、私の体がグッと抱きかかえられ、その何者かと一緒に五間ほど跳躍した。


「ミゲル……大丈夫でしたか?」

「あ、あなたは……蘭丸さま!?」


 この異空間に、いや、この世にすら存在するはずのない相手がそこにはいた。


「蘭丸さ……いえ、蘭丸。どうしてここへ? というか、そもそも本能寺で明智に討たれたって聞いてたけど……」

「確かに、本能寺で憎き光秀に殿を討たれてしまいました。私は信長さまの自害を見届けた後、燃え盛る炎の煙を吸って気を失ってしまったのです……気づいた時には、落ち延びた味方に助けられて山の中におりました。その後は殿の仇を討とうと機会を窺っていたのですが……秀吉によって光秀が誅されたのはお聞き及びかと思います」

「うん。今は秀吉が信長の跡を継いで、天下人になっていると聞いたわ」

「私の兄、長可(ながよし)は秀吉につきました。私も秀吉の下に降ろうかとも考えたのですが、秀吉が信長さまにとって代わろうとするのにどうしても我慢がならず、さりとて他に行くあてもなし……途方に暮れている時に、ふとミゲルの顔が思い浮かんだのです」


 思いもよらぬこの告白に、私の心臓はドクンと鼓動した。


「私は取るものも取り敢えず、南蛮貿易の船に乗ってあなたたちの後を追いました。そうしてようやくローマに辿り着いたと思いきや、肝心のバチカンが消えている……側に近づいてみると、黒くて丸い円を心配そうに見ている神父がいたので話を聞いてみると、ミゲルたちがこの中に入ったと言うので慌てて飛び込んでみたらこの状況だった、というわけです」

「なんともはや……って感じだけど、おかげで助かったわ!」


 この時、動揺する鬼たちの間隙を突いて囲みを突破したマンショとマルチノがこちらに駆け寄ってきた。


「はあはあ……ま、まさか蘭丸さまが来てくださるとは……お助けいただき、ありがとうございました」

「たた、助かりましたぁ〜」


 2人が交互に礼を言い、蘭丸もそれにコクリとうなずいて応えた。


「皆様、ご無事で何よりでした。それで、酒呑童子とやらはどこに?」

「ほら、あそこにいる5色の鬼!」


 私は邪童丸を指さした。


「あれが酒呑童子の子供の邪童丸で、バチカンを異次元に落としたり、ジュリアンをあんな風に変えた張本人よ!」

「邪童丸……あれがここの親玉……」


 蘭丸はその切長な目で、刺すような視線を邪童丸に送った。


「なんだよその目は……てか、今さらお前みたいな優男(やさおとこ)が出てきたところで、この状況は変えられねーってんだよ!」

「私の大切な人を傷つけたこと、後悔させてくれる……」


 蘭丸が前かがみの姿勢となり、抜刀の構えを取った。


「待って蘭丸! あいつは酒呑童子と西洋の悪魔が交配して出来た、異形の化け物なの。だから、日本刀だけの力では通用しないわ!」

「刀が……通じない……?」

「そう。あいつは見た目は鬼だけど、背中に生えている悪魔の羽がその証拠よ」

「たしかに……そういえば、かつてヴァリニヤーノ様も殿の御前でそうおっしゃられておりましたね」


 蘭丸は邪童丸から目を逸らさず、そう呟いた。


「だから、あいつは私がやるわ! 私たちの刀には西洋の神の祝福を授けてもらったから、あいつに通用するはずよ」

「分かりました……では、私は他の鬼たちを引き受けます」


 そう言うが早いか、蘭丸はサッと(きびす)を返して鬼の群れに突進していった。

 ズザッ! ザシュ! と音をあげ、行く手を阻む鬼たちに次々と抜刀術を喰らわすのが見える。


「さすが蘭丸ね……」


 あの強さであれば、向こうの鬼たちは任せても大丈夫そうであった。


「ジュ、ジュリアンお姉さまはどうしますか?」


 マルチノがジュリアンを見ながらそう言った。

 ジュリアンは、先ほど蘭丸に蹴り上げられた片腕を痛そうに押さえながら、しかし尚こちらを睨み続けていた。


「さっき邪童丸は『親友を殺したとなれば、お前の精神は完全に崩壊する。そうなれば、お前は未来永劫俺のものだ』って言ってた……それって逆に言えば、ジュリアンはまだ完全にはあいつに支配されてないってことだと思うの」

「つまり、ジュリアンを正気に戻す方法が残されてるってこと?」


 マンショが半信半疑で聞いてきた。


「私も確信はないけど……でもその奇跡に賭けるしかないわ! みんな、行くわよ!!」


 今回は私の掛け声の下、私、マンショ、マルチノの3人がジュリアンに向かって飛びかかった。


 ジュリアンは片腕でフィエルポアの剣を振り上げると、無作為に振り回して威嚇をしてきた。

 もはや、ジュリアンの体は限界を迎えているのだ。


「今よ!」


 剣の攻撃をかわした私たちは、それぞれマンショが右腕、マルチノが両足、私が背後を取り、ジュリアンを羽交い締めにした。 


「ジュリアン! 目を覚ますのよ!」

「ジュリアンお姉さま、このままじゃ死んじゃいますよ! 戻ってきてください!」

「グアアああぁぁーーーーっ!!!!」


 マンショとマルチノが次々と呼びかけたが、ジュリアンは泣き声とも雄叫びともつかぬ声をあげ、手足をバタつかせて抵抗を続ける。


「ねえ、ジュリアン……」


 私は暴れるジュリアンを必死で押さえながら、しかし落ち着いた声で耳元に囁いた。


「あなたは、私たちの誰よりも信仰が深い、立派なキリシタンじゃない……あんな鬼とも悪魔ともつかない奴になんて負けるはずがないわ……」

「ギャああぁぁーーーーっ!! ダ、ダダ、ダマれぇーーーーーーーーっ!!!!」


 ジュリアンの体の節々から、かすかに煙のような気体が漏れ出してきたのがわかった。


「ジュリアン! 闇の力になんて負けないで! 本当のあなたの心は、光で満ち溢れているはずよ!」

「ゾ、ゾレイジョウいうなぁぁーーーーっ!!!!!」


 今やジュリアンの口や目、耳といった至る所からも煙が上がり始めており、その体は灰に包まれて真っ白になっていた。

 しかし、ジュリアンはなおも最後の力を振り絞り、私たちの拘束を解こうと抵抗している。


「ジュリアン……あなた、ジャンヌ・ダルクみたいな立派な女性になりたいんでしょう……?」


 ジュリアンが、はっと反応した。


「あなたぐらい神を愛している人なら、きっとなれるわ……だから、こんなところで負けちゃだめよ! 悪の心になんて支配されないで!」

「がああああああぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!」


 今までで最も甲高い叫びをあげたかと思うと、ううう、という声とともにジュリアンが膝から崩れ落ちた。

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