45.親友
「危ないっ!」
あわてて抜刀した私の鬼丸がジュリアンの剣を食い止め、ガキンッ! という金属音が鳴り響いた。
「な、何をするのジュリアン!?」
マンショが問いかけるがジュリアンはそれに応えない。
それどころか、歯を食いしばりながら目を真っ赤に腫らしてこちらを睨み、獣のように威嚇をしていた。
「ふーっ! ふーっ!」
「このジュリアンの様子……明らかに心が支配されているわっ!」
よく見ると、フィエルポアの剣に刻まれた5つの十字架が全て逆さ十字になっている。
以前、鬼子母神がジャンヌ・ダルクに化けていた時のそれだった。
「邪童丸! ジュリアンに何をしたのよっ!」
「ふはははは! そいつは俺の操心術で闇堕ちしたのさっ! いまや身も心も忠誠を誓う、立派な俺の花嫁ってわけだ!」
「くっ!」
私は鬼丸を強く払ってジュリアンを押し返し、数歩下がって体制を立て直した。
「ジュリアンを傷付けるわけにいかないわ! 私たち3人でジュリアンを羽交い締めにしてでも、動きを止めるわよ!」
マンショとマルチノがコクリと頷いた。
しかし、
「ミ、ミナサン!」
メスキータ先生が驚愕してそう叫んだ。
先生が指差す方向を見ると、今までは見えなかった無数の鬼や羽が生えた悪魔たちが、教会の彫像や大きな絵画の裏からどんどんと這い出してきているのが分かった。
「なっ!? 私たち、いつの間にか囲まれてたの!?」
「はーっはっはっは! これが最後の『ハズレ』だよ! さっきお前は3対1とか抜かしてたがな。闇堕ちしたジュリアンや鬼と悪魔の部隊相手に、お前たちだけで何ができるってんだ? 行け! 我が最強の戦士たちよ!」
邪童丸が高らかに号令したのにあわせて、大小さまざまな鬼や悪魔たち、そしてジュリアンまでもが一斉に私たちに襲いかかってきた。
「まずいっ!」
私は刀で3人を庇おうと防御体制を取った。
その刹那。
「灰ハ灰ニ、塵ハ塵ニ、闇ハ闇ニ……還レッ!」
メスキータ先生が十字架を振りかざして悪魔祓いの詠唱を行った。
神々しい光が周囲に放たれ、悪魔たちが目を覆って怯んでいるのが見える。
「ちっ……腐ってもイエズス会の神父だな。なかなかやりやがる……」
「先生、さすが!」
「ミゲル! あなたはジュリアンを押さえて! 他の鬼たちは私とマルチノが引き受けるわ!」
「で、でも武器は!?」
「体術でしばらく凌ぐわよ! マルチノ、いいわね!?」
「お姉さまと一緒ならどこまでも! どりゃぁーー!!」
そう言うと、マルチノは一気呵成に鬼の群れの中へと飛び込んで行った。
「ミゲル、早く行きなさい!」
マンショはそう言い残すと、マルチノとは別の鬼たちへと跳躍していく。
「あぁっ!?」
「ミゲル、ナカマを信じるのデス! 悪魔はワタシが、鬼は彼女たちが必ず止めてクレマス!」
十字架から眩い光を放ち続けながら、メスキータ先生がそう叫んだ。
私は先生の言葉に頷くと、遠目に邪童丸をとらえながら、ジュリアンの方に対峙した。
ジュリアンは苦しそうに荒い息を立て、私を睨みつけて仁王立ちをしている。
その充血した目からは血の涙が流れ落ちており、食いしばった歯茎からも呼吸に合わせてブクブクと血の泡が噴き出ていた。
「なんて姿なの、ジュリアン……早く、はやく目を覚ますのよ!」
「ゔーっ、ゔーっ! コ、コロス……殺す殺す殺す殺す殺す…………!!」
(ひ、酷いわ……)
常に冷静で理性的だったジュリアンの面影は今やどこにも無く、狂犬病にかかった野犬のように荒れ狂った姿がただ見られるだけであった。
「ガァァヴァーーーー!!」
ジュリアンが血の混じった雄叫びをあげたかと思うと、こちらに一足飛びに飛びかかってきた。
フィエルポアの剣を乱暴に持ち上げて、そのまま力任せに振り下ろしてくる。
「ぐぅ!」
ジュリアンの斬撃を鬼丸の峰で食い止めると、すぐにその力を鎬筋に滑らせて、フィエルポアの剣を受け流した。
次の瞬間、私はとっさに足蹴りを喰らわせてジュリアンをよろめかせ、その隙を突いて2間ほど後退して距離を取る。
「い、一撃が重たい……ジュリアンの力、とんでもないことになってるわ……」
「はーーっはっは! そいつの体能力は俺が解放してやったからな! お前が知っているジュリアンから、格段に力が上がっているはずだぜ!」
「か、解放ですって!? ただ単に、ジュリアンの体に無茶をさせているだけでしょ!!」
見れば、ジュリアンの体の至る所が鬱血したり、皮膚の間から血が滴り落ちているのが分かった。
筋肉に無理をさせ過ぎて内出血を起こしたり、筋が切れて出血しているのが理由である。
「人間ってのは、本当に弱い生き物だな。若くて強いと聞いていたその女でも、その程度の耐性しかないのか……まあ死ななきゃいいさ。あとで子供さえ産めるんだったら、腕の一本や二本無くたって問題ないぜぇ。ふはははははっ!」
「あんた……最低最悪なやつね!」
(何としてもあの鬼畜野郎に一太刀を喰らわせてやる……!)
そんな怒りが私の中で沸々と湧き上がってくるのが分かる。
だがその前に、目の前のジュリアンを何とか助け出さないといけない。
私はチラリと横目でマンショたちの様子を見た。
「やっ! はっ!」
マンショは前後左右を取り囲む4体の鬼相手に、蹴りや肘鉄をくり出して応戦していた。
日本刀が無いので致命傷は与えられていないが、次々と襲ってくる鬼の動きに機敏に反応し、鳩尾や脳天など相手の急所を的確に捉えて撃退しているのが見えた。
一方のマルチノは、あえて大型の鬼を相手に戦いを挑んでいた。
巨漢の鬼の間をピョンピョンと跳ね回り、攻撃を避けながら相手を撹乱する作戦のようだ。
「いよっとぉ!」
大砲ほどの太さの腕を持つ鬼の手から逃れたマルチノは、一転、相手の腕にぶら下がり、そのままクルッと回転してその巨体をドスン! と捻り落とした。
メスキータ先生も、必死に聖なる光を近寄る悪魔たちに浴びせ続け、その進行を食い止めてくれていた。
「みんな頑張ってくれてる……私も……わたしもやるしかないわ!」
私は再び鬼丸の柄を強く握りしめ、その切先をジュリアンに向ける。
「ほーお……自分の親友を斬る決心がついたってのか? いいぜ……俺の可愛い花嫁とお前のどっちが強いかな? 心ゆくまで殺し合うがいいさ!」
「あんたは黙ってなさいよ! ……ねえジュリアン? 私、あなたを傷つけたくないけど、みんなも助けないといけないわ。もう、なりふりかまっていられない! 何とか峰打ちにしてあなたを助けるから、怪我させたら……ゴメン!」
こう言った刹那、私は素早くジュリアンの懐めがけて飛び出した。
「一閃!」
鬼丸の峰側を向けて、私は一気に鬼丸を横一文字に薙ぎ払った。
だが、ジュリアンも即座に反応してフィエルポアの剣でこれを防ぐ。
「ぐるあぁ!」
ジュリアンは鬼丸を力まかせに押し返すと、体勢が崩れた私の頭上目掛けて、再び剣を唐竹割りに振り下ろしてきた。
「まずいっ!」
先ほどの斬撃よりも更に勢いがある。
受け流せないと判断した私は、とっさに横に飛びのく。
しかし、フィエルポアの剣は私の二の腕を捉えて皮膚をえぐった。
「ぐううぅ!!」
激痛に歯を食いしばった私は、もう一方の手に鬼丸を持ちかえて、再度刀の峰側でジュリアンの側頭部を狙う。
だがこの攻撃もジュリアンに防がれ、虚しく火花を散らしただけに終わった。
「くっ……さすがジュリアンね。一部の隙も無いわ……!」
「はははははっ! いいぞ、いいぞ。それでこそ俺の嫁だ! さあ、早くその女にとどめをさせ! 人間……それも親友を殺したとなれば、お前の精神は完全に崩壊する。そうなれば、お前は未来永劫俺のものだ!」
「何ですって!?」
ジュリアンを乗っ取って攻撃させているのは、単にその強さゆえだけではなかった。
その手で親友を殺させることで、まだ僅かに残っているジュリアンの良心までもを破壊してしまおうという魂胆があるということだったのだ。
「あ、あの鬼畜野郎がっ……!」
私は邪童丸への怒りで我を忘れそうになったが、そう思う間も無く、ジュリアンが爆ぜるように真一文字に斬りかかってきた。
キンッ! ガキンッ! カンッ!
何度も振るわれるフィエルポアの剣を鬼丸で必死に防ぐが、刃先が次々とこぼれていく。
「グアアああっ!」
狂人のように吠えたジュリアンがこれまでの最高速度で近接し、剣を大きく薙ぎ払ってきた。
バキーーンッ!!
フィエルポアの剣と鬼丸とが激しくぶつかり合い、二振りの剣が互いに弾け飛ぶ。
だが次の瞬間、私は素早くロザリオを刀に巻き付け、ジュリアンに向かって再び前に踏み込んだ。
「熱っついから覚悟してよ……焔星!」
鬼丸から激しく燃える業火が巻き起こり、私はその炎の球体をジュリアンめがけて振り投げた。
今回の焔星は、以前蘭丸相手に放った砂利で作ったちゃちなものではなく、霊力を火炎に変えて作り出した本物である。
「なっ!? まずいっ!!!」
邪童丸から驚愕の声が聞こえた。
「ガあああ!」
だが、ジュリアンはフィエルポアの剣の腹の部分を団扇のように使い、炎の塊をかき消してしまった。
「あはっ!? は……ははははは! さ、さすがは俺の嫁だ! あんなに馬鹿でかい火の玉を風圧で弾き返しやがったぜ! ……んんっ?」
邪童丸が安心したのも束の間だった。
はじけ飛んだ焔星の火の粉が煙幕となり視界から消えた私は、すかさずジュリアンの後ろを取った。
ハッと気づいたジュリアンも反応したが、その時にはすでに鬼丸の鞘を使い、彼女の喉首を絞めているところだった。
「お願いだからジュリアン……ちょ、ちょっとだけ……眠っててええぇぇーーーー!!」
「グガッ……! ガッ、ガアア…………」
鞘がグイグイと喉に食い込み、ジュリアンの口から呼吸に苦しむ声が聞こえた。
「窒息する一歩手前で……は、外すからっ……い、今だけは……許して……!」
ジュリアンの手は必死に空を掴もうともがいていたが、徐々にその力が弱くなっていくのが分かる。
「あと……少し……!」
「待てっ!!!」
邪童丸が大聖堂全体に響き渡らんかというような大声で叫んだ。
「な……何よっ……! 次はあんただから……覚えてらっしゃい……!」
私は鞘を締め上げる力を弱めなかった。
「待てと言ってるんだ! 分からないのか、この馬鹿女が! 周りをよく見てみろ!」
邪童丸が大きく手を広げた方を見る。
「ああっ!?」




