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44.堕天

 ジュリアンを……邪童丸の妻に……?


「お前たちもこの旅を通じて見てきただろう……この世界では、お前たち人間のほかに、東洋の鬼と西洋の悪魔が三つ巴で争って存在している。今は、悔しいかな技術の力もあって、人間が圧倒的有利な状況だがな。俺の親父、酒呑童子はこれをひっくり返すために悪魔の女と交わって、鬼と悪魔の両方の力を持ち、両者を支配する力を持った俺を産んだ……」

「そ、それとジュリアンを妻にすることと何の関係があるっての?」

「まだ分からないのか……今足りないのは、人間の血だってことだ! 俺があの女と交われば、今度は鬼と悪魔、それに人間の3つの力を併せ持つ最強の化け物が生み出せるだろう?」


 そう言うと、邪童丸は不敵な笑みを浮かべ、口から垂れた涎をベロンと舌なめずりした。


「こいつ、マジで気持ち悪いわね……あんたね! ジュリアンに変なことしたら絶対に許さないわよっ!」

「でもミゲ姉……やっぱ変ですよ……」

「もちろん変よ! こんな奴、真正の変態に決まってるじゃない!」

「いやそうじゃなくてですね……人間の女の子なんて星の数ほどいるのに、なんでジュリアンお姉さまなんですか?」

「あ……」


(確かにそうだ。なぜこの西洋の地に数多(あまた)いる女性でなく、執拗にジュリアンだけを狙い続けていたの……?)


「ふん。いい加減に頭を使えよ、この単細胞女が……」

「誰が単細胞よ!」

「ままま、ミゲ姉。これは私の推測ですけど……」


 そう言うと、マルチノは少し怯えながらも、必死に邪童丸を睨みつけて続けた。


「ひょっとしてあなた……鬼も悪魔も、両方斬れる私たちの力を手に入れようとしてるんじゃないですか? そして、私たちの中でも最も信仰心が強いジュリアンお姉さまに目をつけた……」 


 今度は邪童丸が驚く番となり、目を見開いてマルチノを凝視した。


「まさか、こうもあっさりと看破されるとはな……もう少し()らしてやりたかったんだが、本当にてめえは頭がキレるな……」

「どう言うことマルチノ? 私にもさっぱり状況が分からないわ」

「はい、お姉さま。私、さっき邪童丸が言った『教皇の野郎、わざわざお前たちを育ててくれて、あまつさえ日本から呼び寄せてくれるとは……』っていう言葉がずっと引っかかってたんです。育てて『くれて』、呼び寄せて『くれる』って、なんか教皇に感謝しているみたいに聞こえて……」

「つまり邪童丸にとっては、鍛え上げた私たちをローマに派遣することが、むしろ願ったり叶ったりだったってこと?」

「そうです。邪童丸、というか酒呑童子は、人間と鬼と悪魔を支配する力を持った孫を産みたいわけですが、その相手として誰でもいい訳じゃなくて、鬼にも悪魔にも強い血を求めていた……そんな親の子供なら、まさに『最強の化け物』が生み出せるんだと推測したんです」

「ちょっと待ってよ、マルチノ! それなら別にジュリアンじゃなくたって、他の私たち3人でも良いわけでしょ?」

「私も最初はミゲ姉と同じことを考えてました。ただ、それだとジュリアンお姉さまに限定する理由がなくなります。それで思いついたのが、そもそも奴らがこのローマを根城にしようとした理由です」

「それは……酒呑童子は鬼だけじゃなくて、悪魔も自分の配下にしようと目論(もくろ)んでいた。そのためには、悪魔たちにとって最も脅威的な存在である教会の総本山を押さえるのが最も近道だからかしら?」

「そうです! さすがお姉さま!」

「マルチノの言う通りだとして……それと信仰心の高いジュリアンに子供を産ませることに、どんな関係があるっての?」

「悪魔って、元々は堕落した天使だって習いましたよね? 人間だって同じで、天使のような心を持ったジュリアンお姉さまを闇堕ちさせれば、悪魔的な人間が生み出せます。光が強い分、その影である闇も色濃くなる……そんな風にした上で邪童丸と交わらせれば、酒呑童子が望む『最強の化け物』が作り出せるのかなって……」

「なんておぞましいことを考えるの……」


 マンショは憎々しげにほぞを噛んだ。


「……俺の親父の考えは、まさにそのチビが言った通りだ。あの女が神を思う気持ちは群を抜いている。そいつを徹底的に堕落させてこそ、深い闇を宿した子供が手に入るってことだな」

「親子そろって本当に腐った連中ね、反吐が出そうだわ……いずれにしろ、あんたたちの思い通りになんかさせないわよ! ジュリアンを早く解放しなさいよ!」

「ふん、そんなにあの女に会いたいか……」


 邪童丸が牙を見せて笑った。


「当ったり前でしょ!」

「いいぜ……俺の嫁になったジュリアンの姿、とくと見るがいいさ!」


 そう言い放ち、邪童丸が右手を上げたかと思うと、教座の背後に掛かっていた深紅のビロードの布がサッと取り払われた。


「あぁ!?」


 私たち4人は一斉に声を上げた。


 その布の後ろに立っていたのは……まさに、ジュリアンその人であった。

 だがジュリアンは頭を前にうつむけており、銀色がかった長い髪が顔にかかっているため、その表情はよく読み取れなかった。


「ジュリアン! あなた、大丈夫なのっ!?」


 マンショが心配げに声をかけるが、その声がジュリアンに届いているようには見えなかった。


「う、うううう……」


 ジュリアンが苦しそうに低い唸り声を上げた。


「ジュ、ジュリアン……?」


 マンショが再び声をかけた時だった。

 目をカッ! と見開いたジュリアンは、物凄い勢いで腰に下げたフィエルポアの剣を引き抜き、マンショ目掛けて一気に斬りつけてきた。


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