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43.邪道

「あ、あんたが酒呑童子なのね! ようやく追い詰めてやったわよ! さっさと観念して、教皇さまやジュリアンを返しなさいよねっ!」


 私は一歩前に出て大声で叫んだが、目の前の小鬼はなおも不敵な笑みを崩さなかった。


「何さっきから笑ってばっかいるのよ、気っ色悪い……」

「酒呑童子!」


 キッと睨みつけながら、マンショが続けて口を開いた。


「あんたの右腕とかいう茨木童子も、ここにいるマルチノが一人で倒したわ! 私たちは鬼を斬れるだけじゃなく、今や精霊の力で悪魔にも対抗できる力を手に入れた……あなたは部下にばっかり襲撃させて私たちを殺そうとしていたけど、おおかた、どんどん強くなってく私たちが怖かったんでしょ? 3対1だもの、私たちが圧倒的有利なのは明白よね? だけど、今ならまだ見逃してあげてもいいわ。さっきミゲルが言った通り、早くジュリアンたちを解放しなさい!」

「(3対1って……いま刀が使えるのは私だけでしょ?)」

「(馬鹿ね、言わなきゃバレないわよ!)」


 私とマンショが小声で囁いていたその時、


「……ふっふっふっ…………あはっ! はーっはっはっはっ!!」


 これまでのニヤニヤ笑いから一転、5色に彩られた鬼は、破顔して高笑いをあげた。


「な、何がおかしいのよっ!」

「はっはっはぁーーーー! いやいや、本当に笑かしてくれるぜお前らは。色々とほざいていたけどな、ぜーんぶハズレだ……」


 鬼は、見た目そのままに、子どものような甲高い声でそう言った。


「はずれですって?」


 マンショが目を見開いた。


「ああそうさ。まずお前ら、さっきから俺のことを『酒呑童子』と言っているが、まずそこからして違うなぁ」

「なっ? あんた、酒呑童子じゃないっての!?」

「ソンナ馬鹿ナッ! ワタシは、ヴァリニヤーノ神父から酒呑童子の特徴をサンザン聞いてキマシタ。アナタのその姿形……ドウ見ても、酒呑童子ソノモノではないデスカ!」

「ふん……確かに、俺の見た目は酒呑童子と瓜二つだがな……ただ、いくら酒呑童子でもこんなものは付いていないぜ」


 小鬼がそう言うと、不意にその5色の体が宙へと浮き上がった。


「な、なんですか、あの羽は!?」


 マルチノが叫んだ通り、小鬼の背中には優に体の2倍はあろうかという黒くて大きな羽が生えていた。

 小鬼は、その両翼を優雅にバタバタと振るわせながら飛行をしているのだった。


「シュ、酒呑童子には羽があったのデスカ!?」

「だから俺は酒呑童子じゃないと言っているだろーが、このクソ神父が!」

「だったら、あんたは誰だってのっ!?」

「俺の名は……邪童丸(じゃどうまる)だ」

「じゃ、邪童丸!?」


 これまで数々の鬼のことについて勉強してきたが、邪童丸なんて名前の鬼は聞いたことがなかった。


鬼童丸(きどうまる)……なら聞いたことがありますけど、邪童丸は初耳です……」

「鬼童丸か……鬼童丸は俺の兄貴だな。腹違いのな……」

「えぇっ!? 鬼童丸がお兄さん!?」


 鬼童丸……


 鬼について詳しい者なら誰でも知っていることだが、鬼童丸は酒呑童子の息子であり、酒呑が(なぐさ)み者として拉致監禁していた人間の女性を犯して産ませた子供であった。

 父親同様、一時期は京の都を荒らしまわっていたが、酒呑童子を日本から追い出した侍に、同じように倒されたたと聞いていた。


「鬼童丸が兄ってことは、まさかあんた……酒呑童子の息子なの!?」

「ようやく分かったか、バーカ! そうだよ。俺は酒呑の2人目の息子にして真の後継者たる、邪道丸さまだ!」

「ダカラ、体の特徴がヨク似ているのデスネ」

「で、でも、その大きくて鴉みたいな羽はなんで付いてるんですかぁ?」

「これか……これは俺の中に流れる悪魔の血統の証拠さ」


 そう言って鋭い爪が生えた手で黒い羽をひと撫ですると、邪童丸はニヤリと笑った。


「アクマ……悪魔の血統とは、イッタイ何デスカ!?」

「俺の兄貴が人間の女との合いの子(ハーフ)なのは知ってるな? それと同じで、親父が悪魔と交わって出来たハーフが俺様って訳さ」


 邪童丸は得意げにそう言い放った。


「教皇さまが私たち日本人キリシタンの剣士を求めていらしたのは、鬼と悪魔の両方の力を持つ者……つまり、この邪童丸を討たんがためだったのね!」


 マンショのこの言葉に、邪童丸は大きく高笑いをあげた。


「あーっはっはっは! 教皇の野郎、わざわざお前たちを育ててくれて、あまつさえ日本から呼び寄せてくれるとはなっ! ばっ、馬鹿にもほどがあるぜ! ひひっ、ひーっ!」


 邪童丸はあまりに笑いすぎて、腹をかかえて苦しそうにすらしていた。


「な、何が馬鹿なのよ! あんたは部下たちに指示して、何度も私たちを殺そうと襲ってきたんじゃない! 私たちを脅威に感じてたってことでしょ? ま、そいつらは全員、私たちが倒してやったんですけどねぇ」


 私は相手に気圧されまいと、わざと嫌味たらしくそう言ったのだが、今度は邪童丸が高笑いをピタリと止めて、ゾッとするような冷酷な目でこちらを睨め付けてきた。


「ふん! 図星を突かれて、笑っていられなくなったみたいね!」

「いや……あまりにお前たちが無知なので、あきれ果てて笑いが止まったのさ……」


 そう言うと、邪童丸は再びニヤリと笑った。


「さっき言ったハズレの2つ目がそれだ。部下にお前たちを襲わせたのは殺すため……というやつだ」

「何を言っているの? 餓鬼や牛鬼、大嶽丸、鬼子母神……あんたの指示を受けた鬼が、次々と私たちを殺そうとして襲いかかってきたじゃない!」

「お前はマンショ……とか言ったな。そいつらは、本当にお前たちを殺そうとしていたのか?」


 邪童丸のこの言葉に、今度はマルチノがハッとして言った。


「そ、そう言えば……どの鬼たちも、私たちを『酒呑童子の元に送ってやる!』とかなんとか言ってて、生け捕りにしようとしていたかも……です……」 

「た、確かに……牛鬼にしろ大嶽丸にしろ、私たちを捕縛しても、その場ですぐ殺そうとはして来なかったわ。鬼子母神に至っては、ジュリアンを騙して誘拐しようとまでしていた……」


 私は、今までの場面を必死に思い出しながら呟いた。


「ミゲルの言う通りかも……なぜ彼らは、私たちを殺すのではなく、生け捕りなんかにしようとしてたの?」


 考えあぐねたマンショが、憎々しげな視線を邪童丸に送った。


「そんなに恐い顔して睨むなよ、美人な顔が台無しだぜぇ。ひひひひっ……もう少し考えりゃあ、真実にたどり着けるから頑張れよ」


 邪童丸がそう言った時、


「あ、待ってください! さっきミゲ姉が言ったみたいに、確かに鬼子母神はジュリアンお姉さまだけを攫おうとしていました。私たちを捕らえるのが目的なんだったら、一人だけを誘拐しようとしたのはおかしいですよね? ひょっとしてですけど……狙いは私たち全員ではなく、たった一人……ジュリアンお姉さまだけが本命だったのでは……?」


 マルチノが、最後は小声になりながらもそう言った。


「ふははははっ! ビンゴだぜ、チビ助! お前は4人の中で一番頭がいいと聞いていたが、本当に大したガキだなっ!」

「今まで襲ってきたのは私たちを殺すためじゃなくて……ジュリアンを捕らえるためだった……?」


 マンショは展開に頭がついて行けず、絶句してしまった。


「ああそうさ。お前たちを恐れて部下どもに襲わせていたとかなんとか言ってやがったが、自惚れも(はなは)だしいんだよ!」

「女の子を攫うような変態野郎に言われたくないわよっ! てか、そもそもジュリアンを捕まえてどうするつもりなのよっ!」

「あの女は……俺の嫁にする」


 今度は、私が絶句する番だった。


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