42.宿敵
「マルチノ! 怪我は大丈夫!?」
茨木童子の絶命とほぼ同時に着地した私は、すぐさまマルチノに駆け寄った。
「へへへ……ちょっと傷を受けちゃいましたけど、まあ大丈夫です!」
マルチノは両腕をグッと持ち上げ、力こぶを作った。
「ホント、空中にぶら下りながら鬼を退治できるなんて……大したものねマルチノ! 自分で小さな台風を起こそうだなんて、よく気がついたわ」
「ありがとうございます、お姉さま! ゲッツ師匠に風の霊力を開花してもらったおかげですかね? 闘っている最中に自然と思いつきました!」
「ふーん、私たちにもいずれそんな現象が起こるのかしら? ……まあいいわ。本当に良くやったわマルチノ! あとは、とにかくもう一回大聖堂に登らないとよね?」
「ミゲルの言う通りね。もう登るのを邪魔する者も出てこないでしょうし、早くジュリアンや教皇さまを助けに行きましょう!」
私たちは再び跳躍の法でマルチノを空へと飛ばし、尖塔につなげた糸を頼りに大聖堂へと登って行った。
◆
「くううぅ……う、腕に来るわねぇ……」
「ワタシはアナタたちみたいな剣士でも何でもナイ普通の人間デスカラ……ヨケイに堪えマス……」
私たちは腕の疲労に耐えながら、鎧通しから垂れる糸を登っていた。
「が、頑張りましょう、みんな……あと少し行けばなんとか……」
先頭を登るマンショがみんなに檄を飛ばすが、上空に見える逆さまの大聖堂まではまだ距離があった。
そうして息も絶え絶えになりながら上へとあがって行った時、
「あ、あれ? わわわっ!」
不意にマンショが声を上げたかと思うと、体が反転して大聖堂に引き寄せられるように上空へと登っていった。
ドスンッ! という音が上から聞こた。
「いっ、たたたたたた……な、何が起こったのかしら……」
「マンショーーーーッ! こっちを見てーーーーっ!!」
マンショが顔を上げると、驚愕の表情となったが、それも無理はなかった。
私たちから見て、マンショは上下が逆さまの大聖堂の石畳の上に、やはり上下反対になって立っていた。
マンショからは逆に、尖塔の先から上へと伸びる糸に、私たちが頭を下にしてぶら下がっている異様な姿が見えるのだろう。
「こ、これって…」
「タブン、途中で重力が逆転しているのデショウ! ミゲル、次はアナタの番ですヨ!」
メスキータ先生が、今や先頭になった私に声をかけた。
「分かりました! うんしょ、うんしょ……わ、わわっ!?」
私も登る途中で重力が変わり、大聖堂へと引き寄せられていった。
「はっ!」
石畳への落下の直前、受け身を取って衝撃をかわす。
続いて、落ちてくるメスキータ先生を私とマンショで受け止め、最後にマルチノが上手に着地した。
「いやーーーー、変な感覚だったわねぇ」
「でも、これでようやく世界がまともになったわ。上を見て」
見上げると、どんよりとした薄暗い雨雲が空に浮かんでいる。
さっきまで、私たちはあそこに立っていたのだ。
「うーん。今の状態が正常なのか。それとも、やっぱり今は上下逆さまの状態なのか……よく分からないわねぇ」
「マルチノの鎧通しはぶら下げて、というか上に伸ばしておくというか……とにかく今のままにしておいた方がいいわね」
「そうですね、お姉さま。帰りのことを考えるとそれしかないかと。この先、刀が無いのは不安ですが……」
マルチノは大聖堂から上空へと伸びる紐を見ながら、残念そうに呟いた。
「私の刀もまだ当分使い物にならないし、ミゲルの力に頼るしかないわね……とにかく、先を急ぎましょう!」
私たちは広い石畳で出来た広場を走り抜けると、正面にそびえる巨大な鉄扉を開いた。
サン・ピエトロ大聖堂の中は、まさに圧巻の一言だった。
ちょっとした日本の城ほどの高さを誇る壁には、至る所に装飾が施されている。
聖書にある各場面を描いた絵画や各聖人たちを模した彫刻が所狭しと並べられており、各所にある蝋燭の火に照らされて、荘厳な雰囲気を醸し出していた。
「こ、これが教皇がいらっしゃる大聖堂ですか……すごすきますね……」
「今はゆっくり見物している時間はないわよ。早くジュリアンたちを探しましょう!」
マンショの言葉に私たちはコクリと頷くと、足早に奥へと進んでいった。
「こんなにゴテゴテと装飾があったら、隠れる場所も多そうね。どこから敵が来るか分からないわ……」
私は常に鬼丸に手をかけて広大な大聖堂の中を走り抜けたが、意外にも行手を妨害する鬼に出会うことはなかった。
「うん? あれって…………」
しばらく進むと、大聖堂の一番奥付近へとたどり着いた。
そこには、壁を背にして巨大な椅子が見えている。
「アレは、ローマ教皇がお座りになる教座デス」
メスキータ先生が答えた。
「いえ、あの椅子に誰か……」
薄暗い聖堂の中で、私はジッと目を凝らした。
巨大な木製の椅子に、ちょこんと誰かが座っているのが見える……
「あ、あれはっ!?」
私は思わず声を上げた。
そこには子どもぐらいの大きさをした小柄な鬼が足を組んで座っており、こちらを見ながらニヤニヤと笑ってい
た。
その体は、胴と頭が赤色、右手が黄色、左手が青色、右足は黒、左足は白という5色のまだら模様をしており、髪は、やはり子どものように切り垂らされている。
「アノ5色のカラダ……子どものようなスガタ……間違いアリマセン。アレが酒呑童子デス!」
「ええっ!?」
私たちがずっと倒そうとしていた宿敵、酒呑童子。
その鬼が、いま目の前にいた。




