41.颱風
「ウン……? ナンだか、風が強くなってきた気がしまセンカ?」
辺りの様子を見ながら、メスキータ先生がつぶやいた。
「あ、ホントだ……」
私も周囲を見ながら同意した。
天地が逆さまになった世界で、私たちは雨雲のような地面に立っていたが、先生の言う通り風、それも生暖かく湿った風が辺りに力強く吹き始めていた。
「あ……!? もしかして、あれが原因なのでは!?」
マンショが、マルチノの方を指差して叫んだ。
マルチノに目をやると、相変わらず茨木童子の攻撃をかわし続けているが、よく見ると先ほどとは明らかに動きが変化していた。
「茨木童子の周囲を回ってる……?」
マルチノは、金棒や鋭い爪攻撃を避けながらも、茨木童子を中心として、円を描くようにグルグルと回転していた。
その動きをとらえようとする茨木童子も、いつの間にかその残像に目を奪われ、混乱しているように見えた。
「見て……マルチノの回転に、雨雲が引き寄せられてる……!」
マンショが地面を見ながらそう言った。
私たちの地面となっている雨雲の一部が見る見る間に上昇し、マルチノが作る回転の渦へと合流していく。
「あれって、ちょっとした台風みたいじゃない……?」
私は目を見開いてそう言った。
今や私たちの頭上高くには、マルチノの回転が作り出した小型の台風状の渦が出来上がっていた。
そして、その渦の中心部は台風の目のようにポッカリと穴が空いており、その中に、首だけを必死に動かしてマルチノの姿を追っている上下逆さまの茨木童子の姿が見えた。
「ミゲ姉! 今からコイツを下に落としますからねーーーーっ! そしたらよろしくお願いしますよぉーーーー!!」
「え、えぇ!?」
私はマルチノの言葉の意味が理解できなかったが、とりあえず刀に手を置き構えを取った。
「コンニャローーーーッ! さっさと落ちなさぁーーーーい!!」
マルチノがそう叫んだかと思うと、回転する速度をさらに上げていった。
今や、その渦は真っ白い龍が空中でとぐろを巻いているかのようにも見える。
「あぁ!?」
マンショが思わず声を上げた。
見ると、強力な台風のようになった渦の中心にいる茨木童子の様子がおかしい。
その鬼の体が、渦の中に引きずり込まれるような形で下へ下へ……鬼の視点で言えば、上へ上へと持ち上げられているのだった。
「アレは……モシカシテ、下降気流を作ってイルのではないデスカ?」
「下降気流!?」
先生の言葉に、私とマンショは同時に叫んだ。
「ソウデス。台風が来た時、キホン的には上昇気流が起きますケド、台風の目の中ではギャクの動き、ツマリ気流が下に行くんだと聞いたことがアリマス」
「つまり、マルチノは擬似的に台風を作り出して、大聖堂に張り付いた茨木童子を叩き落とそうとしているってことね?」
「見て、ミゲル! 来るわよ!!」
マンショの言葉を受けて再び上空を見上げると、下降気流の強さに負けた茨木童子の足が、サン・ピエトロ大聖堂の地面から徐々に引き剥がされていくのが見えた。
「ブルルルッ……グッ、グッ、グオオオォォォーーーーーーーーッ!!」
しばらく下降気流に耐えていた茨木童子であったが、そう叫んだ刹那、完全に空へと浮かび上り、そのまま渦の中心へと引きずり込まれていった。
上下が逆さまの巨大な鬼は、グルグルと回転しながら渦の中心に来たかと思うと、そこで重力が逆転したのか、今度は一気に私たちがいる地上へと真っ逆さまに落ちてきた。
「頼んだわよミゲル!」
「ほ、ホントに来た! 行くわよっ! こんのぉーーーーっ!!」
鬼丸を抜刀した私は、頭から落ちてくる茨木童子に向かって思い切り跳躍した。
「ガアアアアアァァァーーーーッ!!!」
落下により身動きが取れない茨木童子は、しかし私の動きをとらえ、必死に片腕を伸ばして牽制をかけてくる。
「届かないわよっ! これでも喰らえっ!!」
私が放った一太刀は、落下の猛烈な速度とも合わさり、凄まじい勢いで茨木童子の片腕を斬り落とした。
「ギャアアアアァァァーーーーーーーーッ!!!!」
青黒い鮮血を空中で撒き散らしながら、茨木童子は尚も落下していく。
「ちっ、まだ致命傷になってない……マンショ、そっちに落ちるわよっ!」
(マンショの刀はまだ枝状に裂けてるから使い物にならないわ……地面に落ちたあいつにとどめを刺さないといけないけど、私が下に降りるまでに間に合いそうにない……どうする?)
その時、私の上空から大きな声が聞こえてきた。
「お姉様ーーーーーーーっ!!」
「マルチノ!」
マルチノは、ぶら下がっていた尖塔から鎧通しを外して、自ら落下して来たのであった。
「マルチノ、早く!」
「はいミゲ姉! 行きますよーーーーっ!!」
ボフンッ! という音を立てて、茨木童子が雨雲の上に落下する。
だが、雨雲という性質もあるのか茨木童子はすぐに立ち上がり、近くにいたマンショとメスキータ先生に狙いをつけた。
「グワアアアアッ!!」
茨木童子が残っている片腕を振り上げて、二人に襲い掛かろうと飛び跳ねるのが見えた。
「させませんよっ! こ・れ・で、終わりだーーーーーーーーっ!!!」
マルチノが2本の鎧通しを十字に構え、急速度で落下していく。
短刀が茨木童子の頭部をとらえると、マルチノは凄まじい勢いで両方の刀を逆方向に引き抜いた。
肉が切れる鈍い音を立てて茨木童子の頭が裂けたかと思うと、その脳髄が辺り一面に飛び散った。
「……ヴ、ヴ、バッ、グッ、ゴゴッ、ゴブゥゥ…………」
血と断末魔が混じった声を断末魔に、茨木童子はそのまま地面へと倒れ込んだ。




