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39.黒円

「こ、これって……?」


 フェリペ2世との謁見を終えた私たちは、休む間もなくマドリッドを出発し、ローマへと急行した。

 道中すれ違った旅人や行商人たちの口からは、次々とバチカンが消滅したとの話が聞かれたが、いざ現地に着いて見てみると、その状況は想像をはるかに超えたものだった。


「大聖堂が……闇に飲み込まれている……?」


 カトリック教会の総本山であるサン・ピエトロ大聖堂。

 そこにはローマ教皇がいらっしゃるが、大聖堂があったはずの場所は、黒い真円(しんえん)の形にえぐり取られていた。


「あの丸っこい穴の近くまで行ってみましょう……」


 マンショにうながされ、私たちは恐る恐る黒い穴まで近づき、闇の中をのぞいてみた。


「ううん……中がよく見えないですねぇ……」

「あれっ? これって穴かと思ったけど、平たい地面が黒くなっているのね。叩くとカチカチして、すんごい硬いわ……」


 私たちは黒円の表面を拳でコツコツと叩いてみたが、何の反応も見られなかった。


「この黒い地面の下に、大聖堂が落ちたのかしら……」


 ジュリアンがそう言いながら黒い地面を撫でた時だった。


「あぁっ……!?」

「ジュ、ジュリアン!?」


 突然、黒円の中からニュッと黒い腕が伸びたかと思うと、ジュリアンの手をつかんで闇の中に引きずり込んでしまったのだ。


「ジュリアーーーーンッ!!」


 私はすぐに鬼丸を抜いて黒い地面に突き立てたが、黒円には傷ひとつ付けることができなかった。


「さっきの腕……あれはどう見ても鬼の腕だったわ! ジュリアンはどこに連れてかれたのかしら!?」

「この黒い地面の下に、いったい何があるんでしょうか……?」


 私たち3人がそう話していた時、不意に、それまで黙っていたメスキータ先生が口を開いた。


「コノ黒い円の中は、オソラク鬼の世界につながってイマス……」

「鬼の世界?」

「ワタシたち人間が生きる世界とはチガウ次元デス。サン・ピエトロ大聖堂もジュリアンも、ソノ別次元に引きずりこまれたのでショウ……」

「じゃあ一体どうしたらいいのよっ!? とにかくこの中に入らないといけないんだから……先生、なにか考えな・さ・い・よぉーーーー!!」

「ちょちょっ、ミゲ姉ったら落ち着いてくださぁい! そんなに首を絞めたら、先生死んじゃいますぅ!!」


 私は、ハッとしてメスキータ先生から手を離した。


「オホッ、オホッ……! ダ、ダダ、大丈夫デス。打つ手はアリマス……」

「ええっ! どんなっ!?」

「コノ世界と鬼の次元がつながった場所に行けばヨイのデス」

「次元が……つながった場所……!?」

「ホラ、大嶽丸がいた城がアッタではないデスカ。アソコに行けば、鬼の世界に入れると思いマスヨ」

「大嶽丸の城って……はあぁぁーーーーっ!? これからまたマカオまで戻れっての!? そんな時間的余裕があるわけな・い・で・し・ょ・う・が・ぁ・ぁ!!」


 私は、また先生の首を締め上げた。


「ヤヤ、ヤメテクダサイィィィーーーーッ! ア、アトはなにか、鬼の世界にあった(アイテム)とかがアレバ、それを()(しろ)に次元を超えられるカモ……」

「んなもん、どこにあるってのよぉ! もぉーーーーっ、頼りにならないわねぇーーーーっ!!!」

「アガガガガガガ……!」


 怒りくるった私が、いよいよ先生を落としかけた時だった。


「あぁっ!!」


 マンショがひざをポンッと叩き、大きな声で叫んだ。


「先生、私の小通連ならどうですかっ!? これはもともと大嶽丸が持ってたものだし、マカオで戦った時も、三明の剣の最後の一本は鬼の次元から取り出してましたよね? 小通連だって以前は鬼の世界にあったはずですよ!」

「なるほど、さすがマンショね! 先生、マンショの刀なら大丈夫よね!? あれ、先生……?」


 見ると、メスキータ先生は私の腕の中で気を失っていた……


 ◆




「ンンンッ! ソ、ソレじゃあいきますヨ……」


 私たちに介抱されて正気を取り戻した先生は、マンショの小通連を手に持つと、そっと目を閉じて静かに祈祷を始めた。


「神の国はワタシたちのアイダ、地獄は神の光ガ届かぬ場所……ソノそれぞれが交わる場所から、我らは入らんとス……地獄ノ門ヨ、コノ刀を鍵として、ソノ固き門を今開くノダ……!!」

「か、刀の形が変わっていく!?」


 小通連の長い刀身は、生の木を剥ぐが如くその切先が裂けはじめ、金属とは思えないようなウネウネとした動きを持つ枝状の物体へと変化した。


「先生……わ、私の刀、大丈夫なんでしょうか!?」

「残念ナガラ、シバラクは使えないでショウネ……デモ、刀身をロザリオでキツく巻いておけば、ソノウチ元に戻るはずデス。では、イキマスヨ!」


 メスキータ先生が、今や竹ぼうきの先っぽの様になった小通連を黒円に突き刺すと、黒い地面が徐々に波打ち始めた。

 最初はさざ波のようであった揺らぎが段々と大きくなり、とうとう大きな渦潮のような回転を始めた。


「サア、コノ中に飛び込みマスヨ! ロドリゲスは万が一に備えて、ココで待っていてクダサイ!!」


 ロドリゲス神父がコクリとうなづく。


「ソレじゃあ、イチ、ニノ……サンッ!」

「きゃぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!」


 私たちは、黒く染まった川の濁流に飲み込まれるように、深い闇の中へとと吸い込まれていった。


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