3.派遣
「先生、これは?」
マンショが呟いた。
「コレは、ローマ教皇に謁見するための正装デス」
「どういうことですか?」
私も、何が何やら分からずに聞いた。
(さっき、まだ派遣は無理だと話したばかりなのに……?)
「アナタがた全員でローマに向かうのは、現実的ではアリマセン。でも、マンショとミゲル、他に、マルチノとジュリアン……この4名ナラ、今スグにでも戦えるはずデス」
これにはさすがに言葉を失った。
ただでさえ相手はあの酒呑童子であるのに、あまつさえ、たった4人でローマに乗り込むというのだ。
それに、相手は酒呑童子だけとは限らない。
先ほどの手紙によれば、酒呑童子は遠く日本の鬼にまで命令を下している。
仮に私たち4人がローマに向かうにしても、何度も寄港しながら海を渡って向かわなくてはならず、行く先々で日本から散らばった鬼たちに襲われる可能性が高い。
「それはあまりにも無謀な計画と言わざるを得ませんわ、先生。私とミゲルはともかく、マルチノはまだ小さいし、ジュリアンも決して体が丈夫とは言えません。何より、人数があまりにも少なすぎます!」
「マンショ……アナタの言うことも、とてもよくワカリマス。ソレでも、ローマ本部の言うことはゼッタイなのデス。アナタは、神の御意向にそむくのデスカ?」
「ぐっ……」
マンショは言葉を詰まらせた。
無理もない。
私たちは紛れもなくキリスト教徒であり、ローマの威光を振りかざされれば、面と向かっては逆らえない。
ましてマンショは小さい頃に父親を亡くし、放浪生活をしているところを教会に拾われた身であり、その恩義を感じている。
一部の宣教師たちが表向きは愛や平等を説きつつ、実際には日本人を下に見ていることには反感を持っているようだが、ことヴァリニャーノ先生に限って言えば父親代わりの存在とも言える。
その先生からこれほどまでに言われては、従うしかないであろう。
「ミゲル、あなたはどう考えマスカ?」
(うーん……)
正直、酒呑童子が相手となると、一抹の不安も無いとは言えない。
ただ一方で、私には早く訓練を終えて、自分の腕を強い鬼相手に試してみたいという思いが勝っていた。
この計画を聞いた当初も、他の生徒が上達するのを何年も待つのかとガッカリした記憶がある。
(マンショ、ごめん……!)
「私は、教皇猊下の御意向に従います……」
先生に向かい、いつもの何倍ものしおらしさで微笑みかけて答えた。
そんな私を、マンショは横目でギロリと睨みつける。
(ま、まずい……)
セミナリオは全寮制で、それこそ四六時中一緒にいるマンショには、私の考えてなんてお見通しなのだ。
「せ、先生っ! 私たちはいいとしても、マルチノやジュリアンにも話をしておいた方が、よ、よろしいんじゃないでしょうかぁ?」
マンショの視線から逃れるため、声がうわずりながらも聞いてみた。
「アノふたりには、刀の祈祷に行く時にもう話をシテイマス。ふたりとも、こころよく承諾してクレマシタ」
「ええっ!? 私たちより先に、話をしているんですか!?」
マンショが抗議したのも当然だった。
生徒想いのマンショは、おそらくヴァリニャーノ先生より先に二人に話をして、断るように言い含めるつもりだったのだ。
しかし、先生はそれも見越して先手を打っていた。
マルチノはマンショと一緒に行けるのなら二つ返事で了解するはずだし、私たちの中で一番信心深いジュリアンもローマの命令に背くはずはない。
(この駆け引き、先生の勝ちね……)
「マンショ……みんなを思うアナタの気持ち、ワタシはよくワカリマス。タダ、あのふたりも、アナタたちに負けず劣らずの腕前だとワタシは思ってイマス」
「それはそうですが……」
私も内心、ヴァリニャーノ先生が行った選抜には賛成であった。
マルチノは最年少ながら、私たち生徒の中で唯一にして達人級の二刀流の使い手である。
ジュリアンも、太刀さばきの鋭さは、一流の剣士のそれと言えた。
「では、ふたりもよろしいデスネ? 餓鬼達がこのセミナリオを襲った以上、グズグズとはしていられマセン。ホントウは明日にでもローマに向けて船を出したいところデスガ、出港の許可が必要デス。ですから、ワタシたちはこれから、ノブナガに会いにイキマス」
「の、の……信長!?」
私とマンショは同時に叫んでしまった。
今回で、第1部 セミナリオ編は終了です。
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