38.髑髏
その青白い影は素早い動きでメスキータ先生の拘束をほどくと、近づいてきた数名のヴァンパイアたちを長剣で叩き伏せた。
自由になったメスキータ先生がすかさず床に落ちた私たちの刀を拾い上げ、こちらに駆け寄ってくる。
私たちも義手を外し、刀を受け取った。
「くっ……そ、その右手の義手……まさか、貴様は鉄腕ゲッツ!? ユステに残っていたんじゃなかったのかっ!? 」
「お前が吸血鬼の親玉か……メスキータから一昨日の話を聞いた時、儂にはすぐピンときたわ。おそらく、お前たちにあとををつけられているだろうとな。その日は、やけに聞き慣れん狼の遠吠えも耳に付いていたしな……そう思って天井を見たら、案の定あやしいコウモリがおったからのう」
そう言うと、ゲッツ翁はニヤリと笑って続けた。
「だからワザと一緒には行けないと言ったり、義手のトリックもコソコソと耳打ちして教えたのじゃ」
「死に損ないの耄碌ジジイが、余計なマネを……」
「死に損ないはアンタでしょーがっ! ゲッツ翁は確かにジジイだけど……それでも西洋での私たちの師匠よ! 師匠への暴言を吐くヤツは私が許さないわ!!」
「師匠直伝の剣術、とくと見せてやりますよ!」
「……こりゃ驚いた。たった一晩で弟子が4人も出来たわい」
「みんな、ロザリオを刀に巻いて!」
マンショの言葉を受けた私たちは、首から下げていたロザリオを取ると、勢いよく刀の鎺付近に巻き付けた。
「おおっ……! 刀が赤色に光りだしたわ……何度見ても不思議な光景よねぇ」
「参る……!」
聖なる光をまとった刀を構えた私たちは、一斉にヴァンパイアの群れに飛びかかって行った。
「辺境の田舎娘どもが……調子に乗るなよっ!!」
数十体のヴァンパイアたちも、咆哮をあげながらこちらに特攻をかけてくる。
「今よ、マルチノ!」
「承知です!」
前方に跳躍していた私たちは、マルチノ以外の3人が急に横へと向きを変え、一人マルチノだけがヴァンパイアの群れの中に突進を仕掛けた。
「これでも喰らえっ! 風牙!!」
マルチノが強靭な紐に繋がる二本の鎧通しをグルグルと真横に回転させると、まるで台風のような渦となって群れに襲いかかり、その切先にからみ取られたヴァンパイアたちが次々と薙ぎ倒されていった。
「なんと……今の技には『風の気』が大量に含まれておったぞ! まだロクに教えとらんのに、さっそく気を使いこなすとはさすがじゃのう」
「ゲッツお……じゃない、師匠から教わった体捌きのおかげで刀の刃先にも力が乗ってますしね。風の気の力も合わせて、すんごい剣が編み出せましたぁ!」
「くううぅ……! これならどうだっ!!」
女主人が手を掲げて指示を出すと、近くにいた6体ほどのヴァンパイアの体が溶け出した。
溶解した肉汁は見る見るうちに一つに集まり、巨大な肉塊の怪物へと生まれ変わる。
「今度は私が……!」
まだ表面の肉がドロドロとこぼれ落ちている化け物めがけ、ジュリアンが飛び出した。
「クッテヤルウウウウウゥゥゥゥーーーーッ!!!!!!!」
酒場の2階にまで背が届く大きな怪物は、そう叫びながら口を大きく開き、ジュリアンを迎え喰らわんとした。
「闇に還れ悪魔め……月光!」
フィエルボアの剣がその刀身にまとう銀色の輝きを強烈に強め、巨塊の目をくらませる。
「ヴオオオオオォォォォォォォーーーーーーーーッ!!!!!!」
「終わりよっ……!」
ジュリアンの剣が相手の腹部に叩き込まれると、グチャグチャした深緑色の液体がまき散らされ、怪物は絶命した。
「ジュリアンもお見事!」
「さあさあ、残るはアンタ一人だけよ、女主人さん!! さっさと降参した方が身のためなんじゃないのっ!?」
「お、おのれーーーーっ! くそガキどもが、どこまでも図に乗りやがってぇぇーーーー!! これでどうだぁあああーーーーっ!!!」
怒り狂った女主人が頭を振り乱すと、その体から皮膚が次々とただれ落ち、中から腐ってウジ虫が湧いている黒い肉がむき出しとなった。
「あああああアアアアアァァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!!!!!!!」
女主人の叫びがさらに続くと、その音域はどんどんと高くなり、耳をつんざかんばかりの高音となった。
「くううぅ……! み、耳が……一体何だってのよぉ!!」
高音に共鳴し、地下墓地中をおおう髑髏がガタガタと震え出した。
それらの髑髏が地面から跳ね上がったかと思うと、今度はヴァンパイア化した女主人の体へと次々とくっついていくのが見える。
娼館中の髑髏が付着した女主人の体は、今や巨大な骸骨の塊と化していた。
「フハハハハハ……ミ、ミタカ、コノガイコツノヨロイヲ!! オマエタチノカタナデモ、コノブアツサデハドウシヨウモアルマイ!?」
「な、何十もの髑髏が積み重なって層になってます……これじゃあ刀が中まで届かないんじゃ無いですか?」
「たしかに相当ぶ厚いみたいだけど……」
そう言うと、私はマンショをチラリと見た。
マンショが無言でコクリとうなずく。
「ゲッツ師匠に手ほどきを受けた私たちの敵じゃないわ! これで最後よ、この全身塗りたくりの厚化粧女!!」
「マイドマイド、イイタイコトバッカイイヤガッテ!! クタバレェェェーーーーーーーーッ!!!!!」
隕石と見まごうばかりの女主人が、ジャキジャキと音を立てて私たちに向かってきた。
「ミゲル、私が先に行くわよっ!」
「了解っ!」
マンショは、今や髑髏がはがれて屋根がなくなった娼館の空高くに飛び上がり、一転、女主人の頭上をめがけて一気に急降下した。
手に握る小通連からは、滝のように水飛沫が噴き出している。
「そのハリボテ、剥がしてやるわ……瀧之球!!」
刀から放出された水は見る見る内に一つの大きな球体となり、マンショがブンッ! と一振りすると、激しい音を立てて骨の塊にぶつかった。
水球はその強力な圧力で次々と髑髏を弾き飛ばし、ぶ厚い装甲の中にいた女主人を露出させた。
「本体が見えたわ! 今よ、ミゲル!!」
「喰らえっ、焔斬!!」
灼熱の炎をまとった鬼丸の刀身を振り上げた私は、むき出しとなった女主人へと真向斬りを叩きつけた。
「グワワワワワワアァァァァーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
女主人の体が真っ二つに斬り裂かれ、その切り口から炎が噴き上がる。
2つに分かれた体は尚もバタバタと手足を動かしていたが、最後には動きを止め、灰となって消えた。
「お、終わったんですかね……?」
「見て、他のヴァンパイアたちが……」
ジュリアンが指差した方を見ると、床に転がっていた吸血鬼の死体からも一斉に火が噴き出し、女主人同様に消し炭となった。
「ヨカッタ……コレで、完全に地獄に送り返せたのでショウ……」
「メスキータ先生! お怪我はありませんか?」
「大丈夫デス。助けてクレテ、本当にありがとうゴザイマシタ。マンショ、ミンナ……そして、ゲッツ……」
「儂はこの子たちにちょっと手ほどきをしたに過ぎん……さっそくロザリオソードを使いこなせるようになるとは、さすが天才剣士じゃわい」
ゲッツ翁はそう言うと、鋼鉄の義手で私たちの髪の毛をクシャクシャと撫でた。
「イタタタた……ゴツゴツしてて痛いですよぉ、師匠……ま、とにもかくにも、これでようやく旅を再開できますね!」
マルチノは元気に言ったが、そこで少し言い淀むと、チラリとゲッツ翁に視線を送った。
「……みなまで言わんでも、お前さんの考えは分かる。儂について来てもらいたいのだろう……だがな、さすがにローマまではこの老体では無理じゃ。これは悪魔相手の嘘ではないぞ。すまんのう」
「そうよ、マルチノ。残念だけど、そこまで甘えることはできないわ……大丈夫です! 今回授けていただいたこのロザリオソードと剣術で、私たちだけでも、なんとかローマを救ってみせますわ!」
マンショの発言に私たちは大きくうなずいた。
「分かりました! 師匠の名に恥じぬよう、私も頑張りますぅ!」
「神の祝福を受けた私たちなら……勝てる……!」
「おぉ、みんないい感じじゃないっ!? よっしゃ! 酒呑童子なんて私たちでぶっ倒してやりましょう!!!」
私たちは手を差し出して重ね合い、固い結束を確認した。
◆
私たちは娼館から出た後、外で倒れていたロドリゲス神父を助けだし、一路エヴォラへと向かった。
その後、身支度を整えた私たちはマドリッドへと進み、とうとう世界最強の王と名高きフェリペ2世との謁見を果たしたのだった。
「遠路はるばる、ご苦労であったのぉ」
(これがフェリペ2世……なんか気のいいお爺ちゃんって感じね)
私たち一行は、至るところに金細工が施された謁見の間に通され、拝謁を行っていた。
「偉大なる国王、フェリペ2世サマ……スデにお聞きオヨビかと存じマスガ、ワタシたちは酒呑童子を倒すタメ、日本からローマに向かっておりマス」
「うむ、話は聞いておる。教皇の危機に私も心を痛めておったが、鬼相手では日本刀が使いこなせないと話にならん。できる援助は惜しみなくしよう。ただな……」
フェリペ2世が言葉を飲んだ。
「タダ……?」
「うむ。実は、ついさっき早馬があってな。教皇がおられるローマのバチカンじゃが……その広大な地域が建物ごと消滅してしまい、教皇を含めた全員が行方不明になっているそうなのじゃ」
「ええっ……!?」
その場にいた私たち全員が絶句してしまった。
(バチカンが……消えた…………?)
これが、終わりが見えてきた私たちの旅に、新たな暗雲が立ち込めた瞬間だった。
今回で、第6部 リスボン編は終了です。
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