36.剣術
私たちは刀に祝福を授けるため、ゲッツ翁に導かれて再び礼拝堂に足を踏み入れた。
「この祭壇の上に刀を置け」
私とマンショ、マルチノの3人は薄汚れた祭壇布の上に、それぞれ鬼丸国綱、蘭丸から貰った小刀、小通連、二本の鎧通しを置いた。
「お前も、そのフィエルボアの剣をここに置いておけ。より刀の霊力が高まるからな。しかし、よくもまあ日本人の小娘が、そんな伝説の剣を持っておるもんじゃい……」
ジュリアンも、私たちの刀の横に剣を置いた。
聖書を手にしたゲッツ翁が詠唱を始める。
「……剣は鞘に収めよ。剣を取るものは皆、剣によって滅びん……ただし、悪事を行う者に対しては、怒りをもって報いるべし。我らは神の僕であり、いたずらに剣を帯びる者ではない……」
狭い礼拝堂の中にゲッツ翁の言葉だけが静かにこだましていたが、しばらくすると、不意にその詠唱が止まった。
「お前たち……首からぶら下げているそのロザリオな。それを刀身の下の方に絡ませろ」
(このロザリオを刀に巻きつける……?)
私たちはお互いの顔を見合せたが、意を決してそれぞれの鞘から抜刀し、鎺の近くにロザリオを巻いた。
「御霊の剣は、すなわち神の御言葉……その剣に要塞をも砕かん力を授け、神に逆らう障害物を打ち壊す力が宿らんことを……!!」
ゲッツ翁が静かに、しかし力強くそう叫んだ刹那。
私たちの刀は、鬼丸が赤色、小通連が青色、鎧通しが緑色、そしてフィエルボアの剣が銀色に、それぞれ光り輝き始めた。
「え、えぇーーーーっ!? か、刀から光が溢れ出してる……なな、何なのこれっ!?」
「よぉし、それでいい。これでお前たちの刀にも精霊の力が宿ったんじゃ。敵と戦う時には、常に刀身の下の方にロザリオを巻いておけ。この『神の祝福を受けた刀』を別名『ロザリオソード』とも言うが、それが語源じゃな。これで西洋の悪魔相手にも、お前さんたちの斬撃が通じるようになったじゃろう」
「あ……ありがとう……ございます……」
「お嬢ちゃんのフィエルボアの剣は、元々ある程度の霊力は持っとったようじゃがな。これでさらに倍増したんじゃないかの」
「ええっと……この緑とか赤とか、それぞれ色が違うのはなぜなんでしょうか?」
「それはお前さんたちが元来持っている素質、というか、自然の気、みたいなものが光として漏れ出ているものじゃな。赤は火、青は水、緑は風、銀は……珍しいな、月の気じゃ」
「火の気って……?」
「上手く使いこなせば、自らの気と森羅万象あらゆる所に含まれる自然の気を結合させて、打撃や防御に応用することが出来るようになる。ただ、まあ今はもっと剣術の基礎的なところを指導してやらんとな。さて……」
ゲッツ翁は手にした聖書を祭壇に置くと、やおら礼拝堂の入り口まで歩き出し、閉じられていた扉を開けた。
「それじゃあ、引き続き中庭で剣術指南と行くぞ。もう深夜だが、メスキータの事もあるし時間も無かろう。朝までかかるから覚悟しておけよ……」
先ほどまで鋭くも優しい光を帯びていたゲッツ翁の目に、今はギラリと闘気が宿っていた。
◆
中庭に出た私たちは、ゲッツ翁を囲むようにして対峙した。
翁の手には、松明に照らされて鈍い銀色の光を反射する長剣が携えられている。
「儂ら西洋の剣術の特徴と日本刀の違い……何だか分かるか?」
「うーん……日本刀は片刃で、そっちは両刃……こっちの刀身は薄くて細身だけど、そっちの方は肉厚で幅広よね」
「他にも、日本刀は反りがありますけど、翁がお持ちの長剣は直刀ですわね」
私とマンショがそれぞれ答えた。
「だいたい正解じゃ。今言っていたように、お前たちの刀はできるだけ薄く作り、片刃の反った形状にすることで、刀を引き斬った時の威力を最大限に高めておる。一方で儂ら西洋の刀は、全身を鉄で覆ったこの甲冑を破壊して相手を倒すことを目的に作られておる。それゆえ、『斬る』というよりも、むしろ『かち割る』ことに優れておるんじゃ」
そう言うと、ゲッツ翁は手にした長剣をブンブンと振り回した。
「先ほど刃を交わした際に気になったのは、お前たちの太刀さばきは鋭いのじゃが、体重が乗っていないという点じゃ。今ひとつ斬撃に重みが足りなかったという事じゃな」
「斬撃に……重み……」
ジュリアンが、手にしたフィエルボアの刀身を見ながら呟いた。
「んんーーっ……けど、そもそも刀の形が全然違うんだから、使い方が違っても問題ないんじゃない?」
「お前たちは日本の剣術に慣れすぎていて、『刀で思い切り叩き斬る』という動作を自然と避けておるのじゃ。細身の日本刀でも、うまく刃に力を乗せてやれば強力な一撃が加えられるようになる」
「刀が刃こぼれしちゃったりしないですかね?」
「マルチノの言う通り、刀身が分厚くないんだから、叩きつけた瞬間にバキンッ! て真っ二つに割れかねないわよね……」
「素人がすればそうじゃがな、儂のような体捌きをすれば……」
翁がそう言った刹那、シュッ! と言う音とともに、私の手に握られていた鬼丸が掠め盗られてしまった。
「なっ!?」
「お前たち、よく見ておけ!!」
翁は私の刀を使って上段の構えを取ると、中庭にあった牛ほどの大きさのある石に向かって素早く振り下ろした。
キンッ! と音が響いたかと思うと、次の瞬間、巨石は真っ二つに裂けてしまった。
「おおっ、すごいわっ! ……じゃなくって! わ、私の鬼丸は大丈夫!?」
慌てて鬼丸を引ったくり刀身を見るが、刃こぼれ一つしていないのが分かった。
「すごい……あれだけの力で石なんかに振り下ろしたら、普通は刀の方が割れるに決まってるのに……」
(やっぱこの爺ぃ、じゃなくてゲッツさん、只者じゃあないわね……)
「全体重が、薄い刃先に乗せられていた……」
「変な表現ですけど、腰の振りが決まってましたね。丹田を上手く使っているというか。しかも、真上から正確に打ち下ろして、髪の毛ほどの細さの刃先に力が集中させた……体全体をうまく使って、硬い石の反発も押し返すぐらいの威力を出したって訳ですねぇ」
「さすがに全員目が聡いな。ヴァリニヤーノが惚れるわけだ……頑張って、今夜中にモノにするのじゃぞ」
メスキータ先生は、元々私たちをここに連れてくる予定だったと言っていた。
ヴァリニヤーノ先生からの手紙か何かで、事前に私たちがそれなりの剣士だということを聞いていたのだろう。
このあと、私たちは朝まで猛特訓を続けた。




