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35.鉄腕

 私たちは一斉に刀を抜いて、未知の敵に対峙した。


「ちょっとちょっと! 一体何だっての!?」

「神父を離しなさい!」


 だが、ロドリゲス神父の背後に回りよく姿が見えないその敵は、私たちの問いかけに答えなかった。


「問答無用……!」


 そう言うと、(かすみ)の構えを取っていたジュリアンが素早く神父の右翼に飛び出し、側面からその男に強襲をかけた。


()っ!」


 フィエルボアの剣が逆袈裟(ぎゃくけさ)に振り払われたが、ガキンッという金属音を立て、何かに阻まれてしまった。


(ジュリアンの剣を止めたあれって……鋼鉄の……手?)


 そう思った刹那、男はもう片方の手に握られた短刀を神父の首から素早く離し、そのままジュリアンの喉元を目掛けて突き立ててきた。


「まずいっ!」


 私は鬼丸を真一文字に振るってその短刀を食い止めようとした。

 しかし、男が掌の上でクルリと短刀を操ったかと思うと、今度はその切先を私に向けて繰り出してきた。


「ミゲル!」

「ミゲ姉!」


 マンショとマルチノがほぼ同時に男の前に立ちふさがり、攻撃を仕掛けた。


水車(みずぐるま)!」

角槍(つのやり)!」

 

 マンショは頭上、マルチノは正面と、二方向から男に立ち向かっていく。


「舐めるなっ!!」


 男がそう一喝したかと思うと、空中から斬り込まれたマンショの刀は鋼鉄の義手に阻まれ、マルチノの鎧通しも、下方向に力強く振り払われた男の短刀によりはじき返されてしまった。


「うぉおおおぉーーーーっ!!!」


 咆哮にあわせて、銀色の板金鎧(ばんきんよろい)に身を包んだ男は体ごとグルンと横に回転し、鋼鉄の手を使って私たち4人をまとめて殴打した。


「きゃああああぁぁーーーーっ!!」


 ドドドドッ! という音を立てて、私たちは礼拝堂の石畳に倒れこんでしまった。


「ゲッツ翁! 何をするのデスカ?」

「こいつらが、ヴァリニャーノが日本から連れてきたという剣士どもか……こんな腕ではローマは救えんな。荷物をまとめて、さっさと帰るのが最善だぞ」

「ゲッツ翁……ワタシがこの子たちを連れてきたのは、日本の刀に神の祝福をスルためと……モウ一つは、アナタにコノ子たちを鍛えてもらいたいとオモッタためデス」


(痛ってててて……な、なんなの? この男……っていうか、かなりの老人みたいだけど、このお爺ちゃんとロドリゲス神父は知り合いなの? しかも、私たちを鍛えるって……?)


「儂はもう老体だ……この教会で亡き陛下を弔うことが、儂に残された最後の仕事なのだ」

「ちょ、ちょっと、ロドリゲス神父! あイタタタ……勝手に話を進めてますけど、私たちをここに連れてきた理由をちゃんと教えてくださいよ! てゆーか、この人は一体誰なんですか?」

「分かりました。ココでは何ですから、別室に行きまショウカ……」


 ◆




 私たちは、修道院の中にある小さな食堂に案内された。

 中は礼拝堂と同様薄暗くてカビ臭く、天井の暗がりには何匹ものコウモリがぶら下がっていた。


「コノかたはゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン……かつて『鉄腕ゲッツ』の異名で恐れラレタ、ヨーロッパ随一の騎士なのデス」

「『元』騎士だ。今は、ただのクソ爺ぃに過ぎん」


 そう言うと、ゲッツは左手で、右手にあたる鋼鉄の手ーーそれは義手だったーーをそっと撫でた。


「ふんっ! 女の子をぶん殴るなんて、ほんとクソ爺ね!!」

「ミゲル! カレはアナタたちの腕を確かめただけデス。コノ人はコウ見えても、昔は大きなお城の城主でもあったんデスヨ! 立派な方なのデス」

「うーん……そんなゲッツさんが、なんで今はこんな人気の少ない修道院に籠っていらっしゃるんですかぁ?」

「儂は城主なんて柄でもなくてな……いい年でもあったし、俗世間と縁を切るため死んだことにして、昔仕えた主君のカール5世を弔うために、この修道院に身を寄せているのだ」

「カール5世……?」


 マンショが(誰か知ってる?)という顔で私たちを見回したが、皆無言で首を振った。


「カール5世は数代前の神聖ローマ皇帝デス。今は、コノ修道院に葬られてイマス」

「……その右手は? 私のフィエルボアの剣も通じなかった……」

「あぁこれか。昔、ある町での戦争で大砲で吹き飛ばされた。それ以来、鋼鉄製のこいつには世話になっておる。お前さんの太刀筋(たちすじ)も悪くはなかったが、斬撃をチョイとずらして受け流せば、硬いこいつなら簡単に受け止めらるんじゃ」


(ふーん……見た目はただのお爺ちゃんだけど、かつては歴戦の猛者だったって訳ね。私たち4人の攻撃を見事に撃退した腕からしても、今でも相当の使い手だわ……こりゃ俄然、手ほどきしてもらって、剣の腕を上げてもらわなくっちゃ!)


「えっと、ゲッツ翁……ですよね? さっきはクソ爺なんて言ってごめんなさいっ! もうメッチャ反省してます!! だ・か・らぁ、是非とも剣術の指南してくださぁい!」


 私は思いっきり目を潤ませて、ゲッツ翁にお願いしてみた。


「なんじゃ突然気色の悪い……まあいい。ローマ教皇を助けに行くとなれば、人ごとではないからな」


(よっしゃーーーーっ!! 剣の手練(てだ)れ、それも西洋の剣術使いに手ほどきしてもらえるなんて、こんな幸運ないわ!)


 私は、内心小躍りして喜んだ。


「じゃがその前に……まずは、お前たちの刀に神の祝福を授けんとな。そうでなければ、これから先、悪魔、それから悪魔と交わった酒呑童子とやらとも戦えんぞ」

「ジツはココに来る前にも、すでにヴァンパイアと戦ってキマシタ……残念ナガラ、ジュリアンの剣以外はヴァンパイアに通じませんデシタ……」

「何!? ヴァンパイアに遭ったのかっ!?」


 ロドリゲス神父は、これまでの経緯をゲッツ翁に説明した。


「そうか……エヴォラ付近ではこれまでもよく人が、特に屈強な男たちが姿を消しているという噂は聞いておった。ヴァンパイアが人狩りをしていたせいだったのじゃなぁ……」


 そう言うと、ゲッツ翁は何かを思案するように天井をじっと見上げ、きつく睨みつけた。


「私たち、メスキータ先生を早く助け出さなくてはなりませんわ!」

「ここはカトリックの修道院……ヴァリニヤーノがインドの管区長(かんくちょう)に左遷されたということも耳に入っておった。あいつの強力な悪魔祓いの力があれば、ヴァンパイアも一掃できていただろうになぁ」

「あのっ、ゲッツさん! 私たちと一緒に、その娼館まで来てくださいませんか? ゲッツさんは西洋の剣を使うんだし、さっき見たほどのお力があれば、十分ヴァンパイアにも勝てると思うんですけど……」

「そうじゃなぁ……いや、まずいか……お主マルチノと言ったかの? 儂の年齢は、もう100を越えとる」

「えぇっ!? ひゃ、100歳越えって……全然そんな風に見えないです……」

「100歳越えててあんなに動けるの……!? 体を鍛え抜いてる人って、若く見えるのねぇ」

「ははははっ! まだまだ儂も若く見えるか。嬉しいことを言ってくれるのぉ。じゃが……やはり、この老体で遠方のエヴォラまで行くのはさすがにキツイでな。その代わりという訳ではないが、儂が剣術指南と刀への祝福をしてやろう。100歳を越えた爺ぃの祝福じゃ、ご利益はてきめんだぞい!」


 そう言うと、ゲッツ翁はワハハと豪快な笑い声をあげて破顔(はがん)した。


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