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33.吸血

 美しかった女の顔は、今や般若のような恐ろしい形相と化しており、その口元からは真っ赤な鮮血が流れ出していた。


「いったい何がどうなってんの!?」

「ミゲル、壁を見て!」


 マンショが指差した方向を見ると、これまで石で出来ていた壁が、見る見るうちに人間の頭蓋骨で組み上げられたそれへと変化していった。


「あれって……もしかしてここ、地下墓地(カタコンベ)ってやつじゃないっ!?」


 酒場の中はすでに地獄絵図と化していた。

 石壁や石畳の床が頭蓋骨に変化していくのにあわせて、娼婦たちの姿形も異形の姿に変化し、近くにいた男たちの喉元めがけて手当たり次第に喰らいついていた。


「アノ化け物どもは……ヴァンパイア、つまり、吸血鬼デス!」

「吸血鬼って……西洋の魔物についての授業で言ってた、あいつ!?」


 以前、ヴァリニヤーノ先生から、西洋では人の生き血を吸う化け物が跋扈(ばっこ)していると教わった。

 そいつに噛まれたら、噛まれた者もヴァインパイアになると言っていたのを覚えている。


「鬼退治に来たからって、まさかそんな『鬼』まで相手にしなくちゃいけないなんて……!」

「来る……!」


 ジュリアンがそう言ったのとほぼ同時に、四つん這いになった数名の娼婦たちがこちらに向かって飛びかかってきた。


「散って!」


 マンショの号令一下、私がメスキータ先生を、マンショがロドリゲス神父を抱えて、それぞれ四方に分かれて飛び上がった。

 今や狼のような格好となった女ヴァンパイアたちも、私たちのあとを追いかけて分かれた。


「先生、ここにいて!」


 酒場の隅にメスキータ先生を隠すと、こちらに突進してくる女ヴァンパイアに向かって反転し、抜刀して斬りかかった。


「喰らえっ!」


 私は、歯をむき出しにして襲いかかる娼婦の顔めがけて、鬼丸を横一文字に振り抜いた。


「ギャァァーーーーッ!!」


 刀の切先は女の口をぱっくりと斬り裂き、そこから緑色の血が勢いよく噴き出すのが見えた。


「ミゲル! 上から来てマス!!」

「えぇっ!?」


 ハッとして上を見ると、更に2体の女ヴァンパイアが、上の階から私をめがけて落下してきていた。


「こんにゃろうぉ!!」


 素早く刀の柄を握り直し、パンッ! と床を蹴り上げると、そのまま刀ごと女ヴァンパイアに斬り上がる。


 バスッ! バスッ!!

 右の一体を袈裟斬(けさぎ)りで仕留めると、返す刀で素早く左の一体にも逆袈裟(ぎゃくけさ)を浴びせた。

 空中で薙ぎ払われた2体はドドドッ! と鈍い音を立て、骸骨が敷き詰められている床へと落下する。


「ふぅ、危なかった……」


 私は、玉のように浮き出た額の汗を拭った。


(こっちは何とかなりそうだけど……他のみんなは!?)


「神父に触るなっ!」


 見ると、ロドリゲス神父を脇に抱え、襲いかかってくる女ヴァンパイアを斬撃しているマンショの姿が見えた。


半輪斬(はんりんざん)!」


 マンショが片手に握った小通連を半月状に力強く薙ぎ払うと、ロドリゲス神父を喰らわんとする娼婦の頭蓋がぱっくりと半分に切り裂かれ、ブシャッ! という音を立てて緑の血が床に飛び散った。

 マルチノやジュリアンも、それぞれ敵を退けているようだ。


「よし、みんな大丈夫そうね……」


 私がホッとしたその時。

 視線を感じて振り返ると、舞台上から、娼館の女主人がこちらをジッと睨みつけているのが分かった。

 女の足元には、口から赤と緑色が混じった液体を溢れさせ、絶命している眼帯の男が倒れていた。


「な、何よあんた! 私たちを食べようったって、そう簡単にはやられないんだからねっ!!」


 だが女は私の言葉に応えず、ギロッとした目を見開いたまま首を不自然にかたむけ、周囲に横たわっている人間や女ヴァンパイアたちの死体を眺めていた。

 不意に女の口元に笑みが浮かんだかと思うと、再びこちらを見つめて言った。


「オマエタチノコウゲキ……キカナイ……」

「えっ!? 攻撃が効かない……って言ったの? んな訳ないでしょ! 現にこうしてやっつけたじゃ……」


 床に転がるヴァンパイアたちの死体を指差しながら、私がそう言いかけた時だった。


 確かに私の刀を受けて絶命していたはずの3体の死体が、突如としてむくりと起き上がり始めた。

 ヴァンパイアたちは目を見開くと、こちらに向かってニタニタとした笑顔を浮かべながら、ゆっくりとした足取りで向かってくる。


「ひいっ……!?」


 恐怖のあまり思わず(ひる)んでしまったその時、キャァーーーーッ!! という悲鳴が背中から聞こえた。


「こ、こいつら、何度斬っても蘇ってきます!」

「マルチノ! いったんそいつらから離れなさいっ! みんな、酒場の中央に集まって!!」


 私は部屋の隅にいたメスキータ先生を強引に掴むと、マンショの指示に従って店の中央へと跳躍した。

 私たち4人はそれぞれ背中を合わせる形で、四方から迫り来る女ヴァンパイアたちへと対峙する。


「斬っても斬っても傷口からブクブク泡が出て、元通りになってるわ!」

「私の方もミゲルやマルチノと一緒。こいつらに、私たちの刀は効かないみたいね」

「え? 私の剣はちゃんと通じてたけど……?」


 ジュリアンが敵から視線を逸らさずに呟いた。


「アナタのフィエルボアの剣は西洋のモノ……ソレに、ジャンヌ・ダルクが持っていた剣なのですカラ、神聖な力を有しているのでショウ……」


 私たちの足元で身をかがめながら、メスキータ先生が言った。


(そうか……)


 ここはもう西洋の地であり、私たちが今目の前にしている相手も西洋の魔物の一種族であった。

 日本の鬼には日本刀しか効かないことの裏返しで、西洋のヴァンパイアに日本刀の霊力は通じないのだ。


「私たち4人のうち3人の刀が通じないって……四方八方から奴らが来てるのに、まずいっすよぉ!」


 すでに、周りには4、50体ものヴァインパイアたちが集まってきている。

 その中には、先ほどまで死体で横たわっていたはずの、眼帯の男も混じっていた。


(あれが、噛まれた相手もヴァンパイアになっちゃうって状態なのね……)


「コイツラ、チョットオサナイケド、ビジンダシ、イイ()()()()ニナル……」

「オトコドモ、ユウワクデキル。ソノアト、ベッドデコロセル……」

「ハヤク、カマレテ、ワタシタチノナカマニナレ!」


 近くにいた女ヴァインパイアたちが、次々に私たちに声を投げかけてきた。


「くっ! 誰がお前たちなんかの仲間になるもんですかっ!!」


 私がそう叫んだ時だった。


 私たちの足元で小声で話し合っていたメスキータ先生とロドリゲス神父の2人が立ち上がり、胸元にかけたロザリオを前方に掲げた。


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