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32.娼館

(これは……どう見ても、堅気(かたぎ)の人間ではないんじゃないっ!?)


 メスキータ先生の横に座っていた隊長格と見られる男は、左目に黒革の眼帯を掛け、その頬には刀で斬られた傷痕が生々しく刻まれていた。

 他にも男たちが7、8名ほどいたが、どれも似たり寄ったりの(いか)つい風貌をしている。


「(まずいですよ……絶対貿易商なんかじゃないですよ。てか、まんま盗賊じゃないですか?)」


 マルチノが小声で囁き、私とマンショも、彼らに気付かれぬようコクリと頷いた。


「イヤぁ、道で会った彼らに話をシタラ、喜んでワタシたちを馬車に乗っけてくれるコトになりマシタ。カンシャ、カンシャですねェ」

「……おい。こいつらが、お前が言ってた女ってやつか?」


 眼帯の男が、メスキータ先生に聞いた。


「ハイ、そうですガ?」

「かぁーーーーっ! なんだよオイ!? 女ったって、まだ子供じゃあねえかよ! お前、オリエンタル美人が道で立ち往生してるって言ってたじゃねえかよ!!」

「ダカラ、コノ子たちが、ソノ日本人女性なのデスガ……」


 その後、この連中のうち数名が集まって話し合いを始めた。


「お(かしら)、こりゃアテが外れましたぜ……」

「まさかあんなガキどもとはな……こんなんだったら初めから、噂の娼館に行っときゃ良かったぜ」

「タダで女にあり付こうとして、時間を無駄にしましたなぁ」


 どうやら、この男たちはメスキータ先生の話を聞いて、大人の女性がいるのだと思っていたらしい。

 おそらく実際にいたとしたら、この人気のない山道の中で手籠(てごめ)にしようとしていたのだろう。


(こいつらが少女趣味(ロリコン)じゃなくて一戦は(まぬが)れたけど……メスキータ先生も、こんな奴らをノコノコ連れてくるんじゃないわよっ!)


「はあぁ、欲出して失敗したな……んじゃ、俺たちはこれで行くからな」


 眼帯の男がそう言うと、盗賊の一団は私たちを置いて先に進もうとした。


「チョ、ちょっと待ってクダサイ! ワタシたちも、一緒に連れてってクダサイ!!」

「先生! もういいですってば!」


 私たちは慌てて止めたが、先生はなおも男たちに食い下がった。


「ワタシはコノ子たちを、マドリッドやローマまで、無事に連れていかなくてはナリマセン。今はソンナにお金が無いデスガ、無事にエヴォラに着いたら、ソコの教会に頼んでタクサンお金を支払いますカラ!」


 この言葉を受けて男たちはまたヒソヒソと話をしていたが、教会からの褒美の話でだいぶ風向きが変わったようであった。


「……分かった。エヴォラまではもう少しの距離だし、お前たちを馬車に乗せてってやる。ゼニの方は、後でたんまりと弾んでもらうぜ」

「モチロンデス」

「それからな、俺たちは元々、この近くにある娼館に行く予定だったんだ。今夜はそこに泊まって、明日の朝にエヴォラまで送り届けてやる」

「ショ、娼館デスカ……」

「へっ、お前たち童貞の神父どもには縁のない場所だったな。だがな、そこにいるションベン臭ぇ雌ガキどもとは比べ物にならねえほどいい女がいるはずだぜ。お前も神父なんか辞めたくなるんじゃねえか」


 そう言うと、男たちは高笑いをして行ってしまった。


「だーーれがメスガキよ! こんな可愛い女子4人つかまえて……」

「でも、これで今夜は宿にあずかれそうですね!」

「布団で寝られるのは、ありがたい……」

「色々あったけど、結果的には野宿は避けられたわね」


 馬車の問題を解決した私たちはとりあえず安堵した。

 男たちが率いていた荷馬車のうち、最後尾のガラクタが詰め込まれた荷台に乗せられて、私たちは再び出発した。


 ◆




「これがその娼館……」


 ジュリアンが目を見張って言った。


 まっ暗な山道をしばらく進んだ私たちの目の前に、突如として、松明のあかりで煌々(こうこう)と照らしだされた石造りの建物が現れたのだった。

 日本の小城ぐらいの大きさがある建物の周りには、私たちを連れた盗賊連中と同じような荒くれ者どもが多数いた。

 皆が馬車や馬をあちらこちらに停めて、どす黒いブドウ酒をあおったり、大声で会話を行なっていた。


「あそこの看板には『Osso』って書いてますね……こっちの言葉で、確か『骨』って意味だったと思います」

「『娼館・骨』ってこと? 名前の付け方も変だけど……なんというか、お祭りでもやってるような騒ぎね」

「えっ? 何か言ったミゲル!?」


 男たちのどんちゃん騒ぎのせいで、近くにいる私の声もろくに聞き取れなかったマンショが聞き返してきた。


「深夜なのにすんごい人が集まってるわねって言ったの! ここじゃ話もできないから、中に入りましょう!!」


 分厚い木製の扉を開けると、中には、石畳の広い酒場が広がっていた。

 酒場の中央は2階まで吹き抜けており、その2階部分には小部屋がいくつか並んでいるのが見えた。


 酒場にはたくさんの男たちがいたが、それ以上に目を引いたのは、ギラギラとした光沢を放つサテン生地の洋服に身を包み、必要以上に体を密着させたり淫らな体位を取ったりして、男たちを誘惑する娼婦たちの姿であった。


「この広い酒場の中に、女の人だけでもざっと30人位はいますかね?」

「ひぇー、あの衣装見てよ。どんだけ肌を露出してんのかしら?」


 私たちは、おのおの酒場内の様子を眺めていたが、そこにメスキータ先生とロドリゲス神父、そして例の眼帯の男が宿の手配を終えて戻ってきた。


「コノ酒場の2階が宿屋になっているみたいデス。ササ、皆さん! 早く上に上がって、スグ寝てしまいまショウ!」

「おいおい何だよ? こんな楽しい場所に来たのに、もうオネンネしちまうってのか? 女同士でも、金さえ払えば相手してくれる娼婦がいるはずだぜ?」


 そう言うと、眼帯の男は下卑た笑みを浮かべて自分の仲間たちの席へと行ってしまった。


「……ったく、本当にゲスな野郎ね!」

「気にしない、気にしない。さあみんな、先生が仰ったように、早く部屋に行きましょう」

「えっと、それなんですけどお姉さま……我々、リスボンの港を出てからずっと食事を取ってないですから、さすがにお腹が空いてきたかなぁと……」

「あ、それ私も賛成! もう空腹で死にそうだわ……ここって酒場なんだし、何かご飯を食べてから寝ましょうよ」


 私とマルチノがそう訴えると、メスキータ先生はやれやれと言った風に両腕を上げて、空いていた近くの席に腰を下ろした。


 ◆




「はむはむはむ……いやーーっ、うまい!!」

「モグモグ……こんな肉汁のしたたる油料理、日本じゃ食べたことないですよ。美味しくて美味しくて、な、涙が出そうですぅ」

「2人とも、そんなにほおばって食事するなんてはしたないわよ! ……あっ、ジュリアン! そっちの梨、私まだ食べてないんだから残しておいてよっ!」


 そんな風にわちゃわちゃやっていた時、不意に、それまで酒場内を煌々と照らしていた松明に覆いが被され、部屋の中がぼんやりとした幻想的な雰囲気となった。


「ナニが始まるのダロウ……?」


 ロドリゲス神父が、そう不安げに呟いた時だった。


 酒場の奥にあった舞台の上に、妙齢で長髪の美女が現れた。

 その女性は、金色の糸で更紗模様(さらさもよう)が描かれた衣装を着ており、弦楽器や銅鑼(どら)の音に合わせて魅惑的に体をくゆらせ、舞台の周りに集まってきた男たち一人ひとりに手や足を絡ませていた。


「あの女性は誰かしら……?」

「サキホド宿泊の手続きをしているトキに、彼女を見マシタ……受付のウシロで色々と指示を出してイマシタから、ココの女主人じゃないですカネ?」


 マンショの疑問に先生が答える。


 音楽が徐々に調子を上げていくのにあわせ、女の動きもより活発になっていった。

 今や、女の火照った体は汗でびっしょりと濡れており、前後や左右に動くたびに、その汗が近くにいる男たちに飛び散っている。


「ひえええぇ……めちゃくちゃイヤらしいですねぇ」

「マルチノ! あんたには目の毒だから、見るのやめなさい!!」


 マンショに怒られたマルチノの眼鏡は、本人の興奮のためか酒場内のむせ返る熱気のせいか、湯気で曇っていた。


 ジャラランッ!!

 音楽が最高潮に達した時、女も体を大きく()()らせ、その長い髪を振り乱して果てた。

 女の踊りに見とれていた男たちが、拍手や喝采を浴びせる。


「いやぁぁ、すげえぜっ!!」


 その声は眼帯の男であった。

 分厚い手のひらをバチバチと叩いて拍手をしながら、舞台上に登って行く。


「こんなエロティックな踊りは初めて見たな! それに、見れば見るほとしゃぶりつきたくなるようないい女だ……ぶるるるっ!! 俺さまの今夜の相手は、お前に決めたぜ!」


 眼帯の男の勝手な言い分に周囲の男たちが文句を言おうとしたが、盗賊団の連中がサーベルを持って立ちふさがると、皆渋々と引き下がってしまった。


「俺はリスボンじゃ、ちっとは名の知れた盗賊なんだ。俺みたいな男に抱かれるんなら、お前も満足だろう? さあ、さっさと上の部屋にしけ込もうぜ」

「うふふふ……なんて太くてたくましい腕なの。それに立派な胸板。私の今夜の()()は、あなたで決まりね……」


 女主人は眼帯の男を強く抱きしめて、熱い接吻を交わした。


 その時だった。

 2階の小部屋の一つから、バタンッ! と扉を開ける大きな音を立て、商人風の男が顔中を血だらけにして、よろめきながら出てきた。


「た、た、助けてくれぇーーーーっ!!」


 男がそう叫び、2階の手すり部分に片手をかけた刹那、部屋から飛び出してきた娼婦と思わしき女が男の首筋に喰らいつき、ビキャビキャッという音を立てて首の頸動脈を噛みちぎった。

 その光景に、私や酒場内の男たちの誰もが唖然として凍りついてしまったが、次の瞬間、今度は舞台の方から、ムググググッ……! というくぐもった音が聞こえてきた。


「あぁっ……!?」


 その方向に振り向くと、舞台上で接吻していた女主人が、盗賊の口に噛み付いているのが見えた。

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