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31.馬車

「見えてきましたヨ! アレがポルトガル……リスボンの港デス!!」


 メスキータ先生が船上からはるか遠くに見える港を指差して、声を張りあげて叫んだ。


「いよいよポルトガルに上陸できるのね……」

「ミ、ミゲ姉。わ、私、感動で、涙が止まりませんっ……!!」


 甲板に上がった私たち4人は、これまでの長く辛かった船旅を思い出し、眼前に広がる異国の風景に感動していた。

 ゴアを出港した私たちは、インド洋を経て希望峰を廻り、セント・ヘレナ島での補給を終えた後、とうとう西の最果ての地であるポルトガルに辿り着いたのだった。


「すごい……大型の帆船だけでも、300は下らない数が停泊しているわ」


 港に集まる大船の数に圧倒され、マンショが呟いた。


「ポルトガルは、隣国スペインのフェリペ二世が、ソノ国王を兼ねてイマス。ポルトガルとスペインの両国で世界中を植民地として支配スル……マサニ、世界最強国家なのデス」

「その最強国家の国王様に謁見してお許しを得ることで、初めてこの西方での行動が自由になるってわけね……あぁ、しんどいわぁ」


 ローマ教皇の元にたどり着くまでもう一つ大きな山があることを考えると、私はゲンナリとしてしまった。


 要は、私たちが信長に謁見したのと同じ理屈だ。

 その国を支配する者に仁義を切っておかないと、後々どんな目に遭うか分からない。


(世界の反対側に来ても、やる事は変わらないのねぇ……)


「フェリペ二世って人に会うには、さらに遠くに行かないといけないんですか?」

「ソウですね、マルチノ……スペイン国王がいるマドリッドまで、ココからザッと、150里は離れていマス」

「ひゃ、150……! 九州を南北に縦断しても、まだ足りない距離じゃないですか! まだまだ、先は長いですねぇ……」

「船を降りタラ、まずはココから30里ほど離れた、エヴォラという町まで行きマス。立派な四頭立ての馬車が、用意されているはずデス」

「え? 歩かなくてもよろしいんですか!?」

「マンショまでそんなことヲ……大丈夫、大船に乗った気でイテくだサイ! モウ、船は下りますけどネ。Hahahaha!!」


 私たち4人は、誰も反応しなかった。


 ◆




「(なーーにが『大船に乗った気』よ……!)」


 ガタガタと(きし)む馬車の中、私は小声で他の3人に囁いた。


「(このボロさ加減……大船というよりは、どう考えても難破船って感じですよねぇ……)」


 マルチノが、腐りかけて今にも落ちてきそうな馬車の天井を必死で押さえながら、やはり小声で応えた。

 私たちに用意されていた馬車は、馬の数こそ4頭立てであったものの、荷台部分はところどころ木が朽ちかけており、車輪部分も長年の使用のためか摩耗し切っていた。


 メスキータ先生とロドリゲス神父は御者と一緒に御者台に座っているため、小部屋状の荷台にいる私たちの声は聞こえていないはずである。

 だが、馬車に乗ってから一度もこちらに話しかけてこないところをみると、私たちのイライラには気づいているようだ。


「(椅子にも座布団ひとつ付いてないし、こんなんじゃマドリッドとかいう所に着く前に、私のお尻が真っ赤っかに腫れあがっちゃうわよぉ……)」

「(私たちだけなら跳躍の法を使って、こんな馬車より余程早く進めるのにね。はぁ……)」


 珍しく、マンショまでもがウンザリとした様子を見せ、馬車の外を見ながらため息をついていた。

 当初見られた壮大な家屋やそびえ立つ建築物は姿を消し、延々と続く山道と草原とだけが周辺に広がっていた。

 すでに港を出てから数刻(すうこく)が過ぎており、辺りはすっかり暗くなっている。


「ふぁ〜〜ぁぁ……エヴォラとかいう町にはまだ着かないのかし……」


 あくびを噛み殺しながら、私がそう発言した刹那。

 ガタンッ! バキッ、バキバキバキッ!! という音を立てて、馬車の前方部分が地面にめり込んだ。


「きゃぁぁーーーーっ!?」


 私たち4人は、小さな馬車の小部屋の中で折り重なるようにして崩れ落ちてしまった。


 ◆




「ロドリゲス神父……この馬車、もう修理しても動かせないんじゃないでしょうか……」


 私は、西洋の提灯(ちょうちん)(カンテラと言うらしい)を持ちながら、嘆いて言った。


 私たちが乗っていた馬車は山道の凹凸に耐えきれず、荷台ごとバラバラに大破していた。

 ロドリゲス神父とマルチノは、カンテラの明かりを頼りに、必死になって荷台に積まれていた工具を使って直そうとしている。

 しかし、そもそも馬車の木枠ごと裂けているので、無駄なのは目に見えていた。


「あたりに明かりは一切見えないし、最悪、今夜はここで野宿するしかない……」

「ちょっと、冗談でしょジュリアン! こんな山の中に一晩いたら、野犬とか……下手したら、盗賊とかにも襲われちゃうかもしれないわよ!?」

「ミゲルの言う通り、ここに留まるのは危険極まりないわね……だけど、どうしたら……ん?」


 マンショは、ついさっき私たちが来た道の方を凝視していた。

 手にしたカンテラをそちらの方に突き出し、私もその方向を見た。


(馬車が来る……!)


 明かりを(とも)した5台の馬車が、私たちのいる方に向かってやって来た。

 その内の1台には、メスキータ先生の姿があった。


「ミナサーーン! ナントなんと、貿易商一隊のカタたちに出会うコトができマシタ! コノ人たちに、途中マデ乗せてってもらいマショーーッ!!」


 先生は馬車が壊れた際、近くに民家などがないかを探しに行っていたが、運よく貿易の荷駄隊に遭遇できたようだ。


「メスキータ先生、やるじゃない! あの馬車に乗って、近くの宿屋まで連れてってもらえるわね!」

「いや……でも、ミゲ姉。あの人たち、よく見ると、ちょっとヤバくないですか……?」


 マルチノの言葉を受けて、私はあらためて、荷駄隊を率いる男たちを眺めた。


(あっ!? こ、これは……!?)

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