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29.ジュリアンの日記 ⑧・加勢

(ジュリアンの日記 ⚪︎月◎日 続き)


 同時に、これまで透き通るように白かった肌がぬらりと黒く光りだし、筋肉も隆起して硬質化した。

 あろうことか、斬り落としたはずの右手も再生していた。


「こ、こいつはハーリティじゃないか! このインドで、バラモン教に古く伝わる女鬼神の一人だ!」


 教会長が目を見開いていった。


「ハーリティ……あっ!?」


 この時私は、昔、地元の神社で聞いた話を思い出した。


 ハーリティとは、インドから日本に渡ってからは鬼子母神(きしもじん)と名を変えたという、人喰い鬼の一種だ。

 しかも、この鬼とその一族は、人間の赤子を好んで喰らうことで知られている。

 鬼子母神は、一説には500人もの子供を持っていると言われており、十二羅刹女もその子供と聞いた。


「鬼子母神……多くの子どもたちを殺した罪、それにジャンヌ様を(かた)った罪……両方とも償わせてやる!」

「ふん、懐かしい名前が出てきたな。日本でも多くの子どもたちを喰ってやったが、やはり故郷の味ってやつか? こっちの子どもの方が、私の舌にはあうようだねぇ」


 そう言うと、女鬼神はカラカラと笑った。


「あなただって、たくさんの子どもがいるんでしょ? 子を失う親の気持ちが分からないの!?」

「鬼相手に何をほざいているんだか……お前みたいな純粋無垢な奴を見てると、本当に反吐(へど)が出るわっ!!」


 鬼子母神が猛然とこちらに突進を仕掛けてきた。


「くぅっ!」


 あまりの速度に反撃の姿勢が取れない私は、刀の鞘を使って相手の攻撃を防ごうとした。

 しかし、鬼子母神の右手が鞘を掴んだかと思うと、そのままバキバキと音をたてて握り潰してしまった。


「さっき一回斬り落とした、こっちの右手なら……!」


 鞘を失った私は、最後の賭けのつもりで、眼前に伸びた鬼の右手首を狙って刀を振り下ろした。


 バキンッ!

 鈍い金属音を立て、私の刀は刀身から砕け散った。

 まさか……!? 鬼子母神の肉体は、刀よりも硬いの……?


「ハハハハハッ! 刀が無くなっては、今度こそ終わりだな! これでも喰らえっ!!」


 鬼子母神が頭を振ると、金色の角がさらに伸長し、その一本が私の左肩をえぐった。


「ジュリアン!」


 遠のく意識の中で、十二羅刹女と闘っているミゲルたちの声が聞こえた。

 12体の鬼を相手に、それでも3人は善戦していたようだったが、とても私の救助に来れるような状況では無かった。


 もう、駄目か……

 戦う武器も失い、仲間の救援も無い中、この時の私は死を覚悟して目を閉じた。


「完全に諦めたか……お前はよくやったよ。後は、私に(ゆだ)ねるがいいさ……」


 鬼子母神が静かに近づいてきた。


 私の旅は、ここで終わるのか……

 教皇さまのお力になれず、神の奇跡にも触れられなかった……

 ふふふ……奇跡と思ったら、まんまと鬼に騙されていたなんて……

 私も本当に馬鹿ね。


 本物のジャンヌ様に、一度でいいからお会いしてみたかった。

 本物のジャンヌ様だったら、こんな時何とおっしゃるのかしら?

 本物の……ジャンヌ・ダルクだったら……


 この時、私の頭の中で、以前ヴァリニャーノ先生から聞いたジャンヌ・ダルクの言葉が稲妻のように鳴り響いた。


『私たちが戦うからこそ、神は、私に勝利を授けてくれる』


 あぁ……この言葉だ! そうだ!!

 神様は、諦めずに最後まで闘った者に微笑むのだ!!

 ジャンヌ様はどんな時だって諦めなかったし、ミゲルたちだってまだ戦ってくれているんだ!!

 私がこんな所で諦めてどうするのか!?


「ん……?」


 鬼子母神がその歩みを止めた。


「まさかとは思うが……まだ、この私と戦おうというのか?」

「わ……私は、ぜっ……絶対に……諦めない! 神様は、諦めない者を、け……決して、見捨てたりはしない!!」


 残る力を振り絞って声をあげ、私は自分自身を奮い立たせた。


「体力も武器も何も無いお前に、一体何ができる!?」


 口を大きく広げ、歯を剥き出しにした鬼子母神が、私を噛みちぎろうとして眼前に迫ってきた。


 やられる……!!

 そう思った時だった。


「何っ!?」


 鬼子母神の動きが止まり、その体がグイッと後ろに引っ張られた。


「この……悪魔めがっ……!!」


 見ると、ドミニコ教会長が身を(てい)し、後ろから鬼子母神の体を羽交い締めにして動きを止めてくれていた。


「お前っ……邪魔するなっ!!」


 鬼子母神は烈火の如く怒り狂い、振り解こうと爪を立てたが、教会長は頑として離れなかった。


「教会長!」

「は……早く逃げるんだ……!!」


 教会長の腕からは血がドクドクと流れ出しており、わずかに骨すら見えていた。


 くっ、何とかしないと……!

 せめて武器が……砕けた刀の代わりになる、何かがあれば……


「ジュリアン! コレを使うのデス!!」


 その声はヴァリニャーノ先生だった。

 先生は私に向かって、さっき鬼子母神から斬り落とした右手が握っていたフィエルボアの剣を投げつけた。


「何だと!? おのれ……神父どもが、ふたり揃ってちょこまかと!!」


 鬼子母神は教会長の両腕をむんずと掴むと、その怪力で体を真っ二つに引き裂こうとした。


「させるかっ!」


 フィエルボアの剣を構えた私は、鬼子母神の頭上に跳躍し、円弧(えんこ)を描いてその黒い両腕に斬撃を加えた。


「ぐわああああぁーーーーっ!!!」


 斬れた……!

 鬼相手では日本刀しか通用しないと思ったが、元々インド出身の鬼神であり、純粋な日本の鬼ではない鬼子母神にはこの剣が通用するようであった。


 両腕を負傷した鬼子母神が教会長を離した隙をみて、私はすぐに2人を引き離した。


「教会長、あちらへ!」

「うむ……お前も気をつけるのだぞ」


 教会長が安全な距離まで離れたのを見届けると、私は鬼子母神をキッと睨みつけた。


「もうここまでよ! 観念しなさい、鬼子母神!!」

「ふざけるな! そんななまくら一本握ったくらいで調子に乗るなよ、小娘がっ!!」


 私と鬼子母神は、共に横一文字に斬り込んだ。


 ガキンッ! キンッ! ガキッ!!

 鬼子母神の爪と私の剣は、何度も高速でぶつかり合った。

 だが、奴の爪よりもフィエルボアの剣の方が何倍も硬かった。


 バキンッ!

 その鋭かった爪は徐々に削り取られていき、とうとう音を立てて割れてしまった。


「ちぃ!」


 鬼子母神は、自らの割れた爪に一瞬気を取られた。


 今だ!


鎌鼬(かまいたち)!」


 フィエルボアの剣を高速で薙ぎ払うと、その勢いにより切り裂かれた空気が真空の鎌となって鬼子母神に襲いかかり、血も出さずにスッパリと肩から左腕を切断した。


「ぎゃああああぁぁーーーーーーーーっ!!!!!!!」


 鬼子母神は、ゴアの街中に響き渡るかと思われるような大声をあげて絶叫した。


 いける……!

 あと少しで鬼子母神にとどめをさせると思った、その刹那。


「ジュリアン、気をつけてーーっ!!」


 遠くから、マンショが叫んだ。


「ギギギギィ……」

「グルルルルル……」


 十二羅刹女の内の2体が母である鬼子母神の危機を察し、マンショたちの囲みを破ってこちらに近づいて来たのだ。


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