2.手紙
「本当ニ、危ないところでしたネ……」
餓鬼を追い払い、怪我人の治療を一通り終えた後、マンショと私は、ヴァリニャーノ先生から教員室に呼ばれていた。
「この学校はお城にも近いし、しかも武器が手元にない時に、餓鬼たちが襲ってくるなんて……全く、思いもよりませんでしたわ」
マンショが言う通り、このセミナリオは日野江城という堅牢な城のふもとに校舎を構えており、人家もそう遠くない。
下手すれば、異変に気付いた城から救援の武士たちが来るかもしれず、襲うのは餓鬼たちにも、それなりの危険が伴ったはずだ。
「しかも、あんな風に徒党を組んで襲ってくるなんて……」
そう私も呟いた。
鬼たちは、巣にいる時以外、つまり獲物を探して外を徘徊している時は、せいぜい2、3匹で動くのが普通である。
「ワタシたちの計画ガ、鬼に気付かれたのかもしれませんネ」
「鬼が……この学校の裏の目的を知って襲ってきたという事ですか?」
驚きのあまり、マンショが目を見開いてそう言った。
このセミナリオは、キリスト教を教える日本で初めての学校であり、私たち生徒22名は、その第一期生にあたる。
その目的は、表向きは日本人の若者たちにキリスト教を教え込み、いずれ自らがその教育者となって日本全国に教義を広めていくという、極めて尊いものであった。
しかし、先ほどマンショが言ったように、実はもう一つ別の目的が存在していた。
先に記した通り、日本が海外と繋がるのと同時に、日本の鬼たちも海外へと進出していき、その版図はキリスト教の総本山である遠くローマにも及ぶ事となった。
そこで、日本の鬼に手を焼くローマ教皇により、唯一鬼を倒せる日本刀を使いこなす剣士、それも純粋なキリスト教徒のそれを育てあげてローマに派遣するという命が下され、このセミナリオは開かれたのであった。
そのため、生徒は全員が武家の子供たち、それも幼年の頃より剣の才能があると見出された者たちばかりが集められた。
「先生! 私たちの目的は、あくまでローマの鬼を倒すことです。それがなぜ、この長崎の鬼に関係あるのですか?」
確かにマンショが指摘した通り、普通に考えれば、遠く西方への鬼退治が、日本の鬼を刺激することは考えづらい。
それにもう一つ、私には合点がいかないことがあった。
「あと連中は、私たちを取り囲むように陣形を組んで襲ってきました。あれは明らかに餓鬼たちではない、もっと高位の鬼が、裏で指揮を取っていたはずです」
私は、斬り合いの最中から考えていた疑問を、ヴァリニャーノ先生にぶつけた。
「フム……さすがに二人は鋭いデスネ……」
(この反応……先生は何か知っている?)
「ジツは、ローマからワタシにコノ警告の手紙が届きマシタ」
マンショと私は、ラテン語で書かれたその手紙を引ったくるようにして奪い、読み込んだ。
「外国語はそれほど得意じゃないんだけど……ええーっと、ようは……ローマにいる酒呑童子が計画に気づいて、んで私たちを抹殺しろって、日本の鬼に命令が出てるってこと!?」
手紙を読み終わり、私は思わず大声をあげてしまった。
鬼の中でも最上級の鬼、鬼の総大将とも言える存在……それがこの酒呑童子だ。
私たちが生まれるずっと以前から日本で暴れ回っていた鬼で、何百、いや何千もの人々がその犠牲となってきたと聞く。
ただ、今の戦国の世になり、大名たち、特に織田信長が力を付けて領内の鬼退治に力を入れた結果、酒呑童子も海外に逃げ延びた、というのがもっぱらの噂であった。
「いやー、計画が漏れてそんな命令が出てるのも驚きだけど、まさか、私たちの敵があの酒呑童子だったとはねぇ……」
正直に言って、私は自分の腕には相当な自信を持っている。
中級、いや上級と言われる鬼であったとしても、刀さえ持てばサシでの勝負に負ける気がしない。
それでも相手が酒呑童子となると、流石にビビってしまうというのが本音だった。
「先生……鬼たちに計画が漏れているとすると、これからどうなるのですか? 本来なら、私たち一期生全員を剣士として育てあげ、討伐隊を作ってローマに派遣する予定だったはず。でも、私たちはまだここに来てから日が浅いし、多くの生徒は、そこまで腕を上げきれていません」
マンショの言う通りだ。
ここに来て訓練を始めてから一年が経過したが、今日の襲撃であれ程の被害を出してしまった。
いくら刀が無かったとはいえ、下級の餓鬼相手にあのザマでは、まだとてもローマに派遣するわけにはいかないだろう。
「マンショの言うトオリ、本来はアト数年かけて訓練する予定デシタ。デモ、ローマからは、モウ一通連絡がアリマシタ。ソコには『酒呑童子の力は、強くなるバカリ。早急に、剣士をローマに派遣するヨウニ』ト……」
「ええっ!? 先生、それは無茶です!! あの子たちには、まだ訓練が必要な事は、お分かりなはずです!!」
マンショが机を強く叩いて抗議した。
「マンショ、落ち着いてクダサイ。ソレは分かってイマス……アナタの言うトオリ、今のアノ子たちの力では、酒呑童子はオロカ、中級の鬼にもコロされてしますかもシレナイ……デモ、ローマの命令は絶対デス」
そこまで言うと、ヴァリニャーノ先生は一呼吸置いて嘆息し、おもむろに教員室にあるタンスの引き出しから、何かを取り出した。
「コレを……」
先生が差し出したのは、ビロードで彩られた4枚の法衣だった。