28.ジュリアンの日記 ⑦・偽者
(ジュリアンの日記 ⚪︎月◎日 続き)
「こうなれば、力づくであんたを攫ってやるまでよ。いつもの日本刀がなきゃ、手も足も出ないだろうっ!?」
フィエルボアの剣の切先を突き立て、偽者がこちらに飛び掛かってきた。
「このっ!!」
私は、隠し持っていたインクの中身をこの偽者の顔にぶちまけ、相手の視界を奪った。
「なっ……!? ぐうぅぅ、おのれっ! 小癪な小娘がっ!!」
空のインク瓶を窓の方に放り投げると、立て続けに、硬く握りしめた拳で殴りかかった。
しかしこの時、部屋の中が黄金色に輝いたかと思うと、突如として十二使徒の姿が現れ、私の前に立ち塞がった。
「いけないよ」
「やめて」
「やめなさい」
「あきらめろ」
「はじをしれ」
「やめろ」
「いっしょにこい」
「こわがれ」
「もうむりだ」
「ころすぞ」
「しね」
「しんでしまえ」
12人の偽者たちが私を取り囲み、次々と負の言葉を投げかけてくる。
これらの言葉が私の心の中へと入り込み、感情を蝕んでいくのが分かった。
「十二使徒たちも、あんたの無礼な態度にお怒りのようだねぇ。くくくく……」
「ぐっ……! な……何が十二使徒なものかっ!!」
「あははは、悔しいねぇ。そうだ、あんたが見た孤児院の子どもたち。あれは私と、この十二使徒が化けた姿だよ」
私の頭、髪の毛、両手両脚の全てが偽の十二使徒たちに掴まれ、完全に身動きが取れなくなっていた。
「おやおや、かわいそうに、私のジュリアン。もうあがいても無駄って分かっただろう? さあ、このまま一緒に来るんだ!」
その時、離れの小屋の扉がバタンッ! と大きな音を立てて開いた。
「ジュリアン!」
ミゲルを先頭に、マンショとマルチノ、ヴァリニャーノ先生、そしてドミニコ教会長が中に入ってきた。
ジャンヌ様の偽者が、インク瓶が当たって割れた窓をチラリと見る。
「ちっ……ガラスが割れる音で気づかせたか。どこまでも小賢しい真似を……」
「こ、これは一体どういう事だ!?」
教会長は、金色に光り輝く偽の十二使徒の姿に驚愕の色を見せた。
他の4人も、一様に唖然と立ちすくむばかりであった。
「マサカ……ソコにいらっしゃるのは十二使徒? それに……ひょっとして、アナタはジャンヌ・ダルク? コレは……奇跡なのデスカ?」
「違います、先生! こいつらは、ジャンヌや十二使徒の姿に化けた偽者です! 一連の誘拐事件も、こいつらの仕業です!!」
しかし、私の言葉が唐突すぎたのか、眼前で繰り広げられる光景を前にした先生は混乱するばかりであった。
だが……
「ぬぅう、儂には分かるぞ! こいつらからは、禍々しい邪気を感じる! 悪魔め、私の教会から去るのだ!!」
そう言うと、教会長は手にした銀色の十字架を目の前に差し出し、ラテン語で詠唱を始めた。
「あははははっ! 西洋の悪魔なら、そいつは効いたかも知れないね。でもねぇ、残念だけど、私たちにそんなもの無意味だよっ!!」
彼女がそう言い放った刹那、十二使徒がそれぞれ口を大きく開いたかと思うと、カッ! と音を立て、その体を巨大化させた。
見る見るうちにその姿は12体の鬼神に変貌し、その勢いで小屋の屋根は吹き飛んでしまった。
「こいつらは……十二羅刹女!?」
マンショが言った十二羅刹女は、十羅刹女とも言われる女性の鬼神であり、たくさんの人を喰らう鬼としても知られていた。
12体の鬼神は、金銀の糸で縫い合わされたきらびやかな着物を身に纏い、戟や鉾といった武器をそれぞれ手にしていた。
「ジュリアン、これっ!」
マルチノが私に刀を投げ渡す。
チンッ! と音を立てて抜刀すると、私は相手を睨みつけて対峙した。
この時、もし私たちの様子を遠くから見ていた者がいれば、その異様な情景に自らの目を疑ったであろう。
すでに小屋は消し飛んでおり、私たちは広い教会の敷地の上で鬼たちに向き合っていた。
相手は、偽のジャンヌ・ダルクと十二体の羅刹女。
こちらは日本刀で武装した4人の少女。
「私がジャンヌ様を語るあの偽者をやるわ……あいつだけは、絶対に許せない!!」
「……了解、ジュリアン。まだちゃんと状況が整理できてないけど、とにかくあいつが悪の親玉って訳ね。んじゃ、残りの12体は私たちが引き受けたわ!」
そう言うと、ミゲルたち3人は十二羅刹女に飛びかかって行った。
「あら、私のことを斬ろうって言うの? 私は、あなたの聖女様じゃなかったのかしら?」
「いい加減、本当の姿を見せろっ……!」
私は相手の懐深くに潜り込むと、逆袈裟に刀を振るった。
キンッ! と音を立てて、その攻撃を偽のフィエルボワの剣が防ぐ。
立て続けに、今度は返す刀で頭上から真向斬りを加えたが、やはり相手の剣で強力に打ち払われてしまった。
「んんーーっ、あんたの力はそんなもんかしら? じゃあ、今度は……こっちから行くわよっ!!」
偽ジャンヌは刺突の構えを取ると、物凄い勢いでこちらに襲いかかって来た。
「くっ!」
白刃を煌かせ、連続して繰り出される攻撃を刀の峰で凌いだものの、防戦一方の戦いを強いられた。
まずい……このままでは確実にやられる!
この時の私には、一瞬でもいいので相手の隙を作る必要があった。
「さよなら、私のジュリアン!」
逆さ十字のフィエルボワの剣が、私の心臓めがけて高速で繰り出される。
今しかない!
相手の攻撃と同時に、私は隠し持っていた羽ペンを棒手裏剣のようにして打ち投げた。
「何っ!?」
鋭いペン先は相手の手の甲に深く突き刺さり、にわかに剣先が乱れる。
「くらえっ!!」
再び真上から真向斬りを加えると、今度は手に持った剣ごと、偽ジャンヌの右手首を叩き斬った。
「ぐわあああぁーーーーっ!!」
右手を斬り落とされた相手の手首からは、深緑色の血液が噴水のように吹き出した。
「おま……お前はぁぁ!!」
「そ、その血の色……はぁはぁ……や、やっぱり、あなたも鬼なのね!」
「そんなに私の姿が見たいのか! それなら、真の姿、とくと見るがいいわっ!!」
そう叫ぶと、ジャンヌ様を模したその顔の頭頂部から、メキメキと音を立てて金色の角が生え始めるのが見えた。




