27.ジュリアンの日記 ⑥・真実
(ジュリアンの日記 ⚪︎月◎日 続き)
この後の事は、ぼうっとしていて正直よく覚えていなかった。
教会長の従者に捕らえれた私は、侮辱罪で教会内の離れに軟禁された。
マンショたちは私を解放するよう必死に嘆願してくれたものの、全て却下されてしまったようだ。
気がつくと、私は離れのベッドの上で横たわっていた。
窓の外を見るとすでに夜となっていて、月が見えた。
私は、一体何をやっていたのだろうか……?
あまりの情けなさに、ひとりでに涙が頬を伝っていた。
「そんなに泣かないで、ジュリアン」
私は驚いて布団から起き上がった。
ベッドの足元には、ジャンヌ様の姿があった。
「ジャンヌ様! なぜ、こんな所に!?」
「話は全部知っているわ。可哀想に……あなたの話を、誰も信じてくれなかったのね」
「そうなんです……私は、確かに教会長が部屋を出て、子供が襲われた家に行くのを見ました。孤児院に似顔絵そっくりな子供たちがいるのも見たんです」
「あなたは嘘を言っていないわ。それは私も知っています」
ここで彼女は悲しげな表情を浮かべると、再び口を開いた。
「ただ、その事を誰も信じてくれないようね。お友たちの女の子たちも、表面的にはあなたを庇ってくれたようだけど、内心ではあなたの気が違ってしまったんじゃないかと思っているみたい。それに、ヴァリニャーノさんという神父も、これ以上あなたをローマに連れて行けないと言っていたわ……」
この言葉を聞いた私は、驚きのあまり呆然としてしまった。
そんな……私はローマに行けないの?
酒呑童子に苦しめられている教皇さまをお助けすることだけを思って、苦しい船旅や鬼たちとも戦ってきたのに……
「あと、これはとても言いづらいのだけれど……」
彼女は続けた。
「その事を聞いたお友たちも、仕方ないと納得していたわ」
まさか……
先生だけじゃなく、マンショたちも私を見捨てたの?
私が信じていた全てものが崩れていくような気がした。
「ジャンヌ様……わ、私は、ヒック……こ、これから、どうしたら良い、ヒック……のでしょうか……?」
顔中に涙があふれ、もはや嗚咽ともつかぬような声で聞いた。
「おぉ、可哀想なジュリアン! 大丈夫、私だけはあなたの味方です! 私と一緒にここを抜け出しましょう。もはや、あなたが頼れるのは私しかいないのです!!」
「でも、ヒック……わ、私は、ヒック……教皇さまの……お役に立ちたいです……」
「そんな夢は捨ててしまいなさい、ジュリアン! 信念を曲げて全てから逃げ出してしまえば、どんなに楽になることか!! もう鬼と戦う必要だってないわ。あなたはまだ若いんだし、みすみす鬼に殺されるなんて馬鹿みたいじゃない? さあ、私と一緒に行くのです!!」
私の聖女様がそうおっしゃるのなら、その通りかもしれない……
もう、苦しい船旅も、つらい戦いの日々もうんざりだ。
私の心の中では、そんな考えが渦巻いていた。
ジャンヌ様だって、祖国のために奮闘した挙句、結局は国王から見捨てられて他国で火炙りになったのだ。
そうだ、ジャンヌ様だって……
いや……ちょっと待って……
ジャンヌ様……は……?
この時私の中で、何か強烈な違和感が湧き上がってきた。
まさか……
そんなことが……
「どうかしましたか、ジュリアン?」
「……いえ。少し考え事をしていました。私、先生やマンショたちにお別れの手紙を書こうと思います。すぐに書いてしまいますので、ちょっとお待ちいただけますか?」
「分かりました。それが終わったら、すぐに行きましょうね」
私は、部屋にあった机の中から羽ペンとインクの瓶を取り出し、備え付けの便箋を使って別れの言葉を数行書き込んだ。
「はい、終わりました」
「では参りましょうか」
「あ、ジャンヌ様! お別れの手紙ですけど、こんな感じで良いのかを見ていただけますか? こういうの初めて書いたので、失礼があってはいけないかなと思いまして……」
「……そう、いいですよ。でも、見終わったら早く行きましょうね」
私が書いた手紙の内容は、これまでみんなにお世話になった事、これからの活躍を祈っている事を簡単に書いたものだった。
「そうですね、こんな感じで良いんじゃないかしら? さあ、行きましょう」
彼女が私の手を掴み、部屋から連れ出そうとした。
しかし、私はグッと彼女の手を握りかえし、そこから動かなかった。
「ジュリアン? どうしたのですか?」
「ジャンヌ様……私の手紙、本当にこれでいいですか……?」
「だから、いいって言ってるじゃない。感謝の気持ちが伝わってきましたよ」
「あなた、どうして私の手紙が読めるの……?」
私はさらに力を込めて、彼女の手を握った。
「ジャンヌ様は文盲なんでしょ? なぜ、私の書いた文字が理解できたの……?」
「そ、それは……死んでこんな姿になってから、文字が読めるようになったのよ」
「それだけじゃないわ……何より、私が知っているジャンヌ・ダルクは信念の人だった。自分自身を最後まで信じていた人だった。自分の死よりも、若くして死ぬことよりも、自分自身を曲げることの方がよっぽど苦しいって思ってた人だった。でも……あなたは、私に信念を捨てろと言ってきた。全てから逃げてしまえとそそのかした。あなたは……ジャンヌ・ダルクなんかじゃないわ!!」
私の詰問に彼女はしばらく顔を伏せ、沈黙を続けていた。
しかし……
「くっくっくっ……あはっ! あーーっはっはぁ!!」
突如大声で笑いだしたかと思うと、美しかったその顔には、引きつって歪んだ醜い笑顔が浮かび上がった。
「そうかぁ、ジャンヌって女は文字が読めなかったんだったわねぇ。あんたの日記にそう書いてあったのをすっかり忘れてたよぉ」
「くっ……!」
私は、掴んでいた相手の手を払いのけた。
「あなた、私の日記を盗み読みしていたのね!」
「ひっひっひ、そうだよ、私の可愛いジュリアン。あんたがジャンヌ・ダルクに憧れていたことは、日記からお見通しだったのさ」
「なぜ……なぜ、そんな事を!?」
「そりゃあ、あんたの心に隙を作るために決まってるだろ? 大好きな相手に化けて、うまく騙して仲間から引き離してやろうと思ったんだけどね。とんだところでバレちまったねぇ」
「まさか……子供たちを誘拐したのも、お前の仕業か!?」
「誘拐? はははっ、もともと子供たちを攫ってたのはその肉を喰うためさ。だが、あんたの日記を読んでドミニコ教会長に嫌悪感を抱いているのを知ったんで、誘拐事件をうまく利用してやったのさ。そうそう、あんたが昨日の夜見た教会長は、私が化けてた偽物だよ」
そう言うと、偽のジャンヌ・ダルクは静かに腰の剣を抜いた。
見ると、フィエルボアの剣に刻まれた5つの十字架が赤黒く光り、グルリと回転して逆さ十字となった。




