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23.ジュリアンの日記 ②・奇跡

 ジュリアンの日記


 ⚪︎月□日


「あの子が攫われたのは、深夜遅くの事でした」


 私たち4人は、つい最近子供が攫われたという商人の家に話を聞きに来ていた。


「子供部屋から叫び声が聞こえたので夫と一緒に行ってみると、あの子の姿は忽然(こつぜん)と消えていました。部屋には何者かが押し入ったような跡がありましたが、近くを捜しても誰も見つからなくて……」


 商人の妻は、消え入るような声でそう語った。


「お子さんの部屋を見せて頂けますでしょうか?」


 マンショのお願いに商人の妻はコクリと(うなず)き、私たちを犯行が行われた子供部屋に案内してくれた。


 部屋の中は、そこだけ()()()()が吹いたかのようにひどく荒らされていた。

 室内に散乱している子供服や下着、ひっくり返って割れた水瓶(みずがめ)、食べ残しと思われる潰れたザクロの実……

 侵入してきた相手に子供が必死で抵抗したことが伺えたが、犯人の手掛かりになりそうな事は発見できなかった。


「お願いです! どうか、どうかあの子を見つけて下さい!!」


 泣きながら懇願する商人の妻の言葉から半ば逃げ出すかのように、私たちはその家を後にした。


 ◆




「だいたい、どこの家も同じような感じだったわね」


 一日中ゴアを歩き回ったこともあり、疲れた様子でミゲルが言う。


 時刻はすでに夕暮れ時に差し掛かっており、辺り一面薄紅梅(うすこうばい)の色に染まっていた。

 この日、私たちは5軒の事件現場を訪れて話を聞いたが、全ての家で夜遅くに何者かが侵入し、子供が攫われたという事であった。


 最初に訪れた商人の家のように、事件現場がまだ片付けられていない家もいくつかあった。

 いずれも全く同じように子供部屋が荒らされており、割れた水瓶や潰れたザクロがある状況までもが一致していた。


「今日はもうこれ以上収穫はないでしょうから、教会に戻った方が良いんじゃないですかね?」

「マルチノの言う通りね……一旦この辺で引き上げましょう。でも不思議ね……もう何十人もの子供が連れ去られているんでしょう? いくらゴアの街が大きいからって、子供がそんなにたくさんいたら、さすがに目立つんじゃないかしら?」


 この時のマンショの発言には、私もなるほどと思った。


 子供たちを攫う理由としては、やはり奴隷として他国に売り飛ばすためという線が濃厚だろう。

 そうであれば、どこかに一時的に集められていて、時期を見て奴隷船に乗せられるはず……


 こんな事を考えながら3人と一緒に歩いていた時、私はふと誰かから見られているような気配を感じた。

 辺りを見回すと、近くの民家の前に、若くて美しい女性が立っているのが見えた。

 その女性はニコリと微笑み、手招きの仕草をすると、民家と民家の間の路地に消えていった。


 あの人は、私に微笑みかけたのだろうか……?


「ジュリアン、何やってるの? ボーッとしてると置いてっちゃうわよぉ!」


 ミゲルの声で我に帰ると、3人はすでにかなり向こうに進んでいた。


「ちょっと用を思い出したから、先に行ってて……」


 なぜ3人と別行動を取ろうと思ったのか、今になってみるとよく思い出せないが、この時の私は、一人でさっきの女性に会ってみようと考えていた。


 ◆




 狭い路地を抜けると、その行き止まりには小さな聖堂があった。


 あの女性は、ここに入ったのかしら……?


 古びた木製の扉を開けると、中は十数人が入れるほどの広さになっていた。

 正面には、やはり木でできたキリスト像が設置されており、その足元に、先程の女性がひざまずいて祈りを捧げていた。

 祈りを終えた女性が立ち上がり、こちらを振り向く。


 なんて神々しい雰囲気をまとった人だろう……


 こうして近くで見ると、美しいのは勿論のこと、その端正な目鼻立ちや凛とした立ち姿は天使かと見紛(みまが)うばかりであった。


「こんにちわ、ジュリアン」


 私は驚きのあまり、大きく目を開いてしまった。

 この人は、なぜ私の名前を知っているの……?


 私が黙っていると、その女性は続けた。


「少し驚かせてしまったようね……あなた、日本から来たキリシタンのジュリアンでしょう? 東方から可愛らしい女性剣士が来てるのは、このゴアでは有名なのよ」

「あなたは……どなたですか?」

「私は、ジャンヌ。みんなには、ジャンヌ・ダルクとして知られているわ」


 この言葉を聞いた時、正直に言って、この女性は少し頭がおかしいのだと思ってしまった。

 百年以上も前に亡くなってしまったフランスの英雄を名乗るなんて、不謹慎でもある。


「申し訳ありませんが、あなたが仰っている意味がよく分かりません。用がなければ、失礼させて頂きます」

「いきなりこんな事言っても、信じてもらえないわよね……それなら、これでどうかしら?」


 女性はそう言うと、両腕を高く掲げた。

 すると、それまで普通の女性服だった彼女の服装が、銀色に輝く甲冑へと姿を変えた。


「あぁっ……!?」


 その姿は、ヴァリニャーノ先生から見せてもらった本の挿絵に描かれていた、勇ましいジャンヌ・ダルクそのままであった。


 しかし、私はこの時、まだ完全には目の前にいる女性がジャンヌその人だとは信じられなかった。

 何か……そう、南蛮人は手品とかいう奇術を使って、ありもしない所から生きた兎を取り出したりすると聞く。

 彼女の服が変わったのも、そうした手品の一種なのではないだろうか?


「まだ、信じてもらえていないみたいね。私が上手く説明できれば良いのだけど……じゃあ、これはどうかしら?」


 彼女は目を閉じ、両手を合わせて祈りを捧げた。

 その瞬間、聖堂の中が金色(こんじき)に照らしだされ、天井に光をまとった12人の男性の姿が浮かび上がった。


 この方々は……主イエスに仕えた十二使徒ではないか!


 やはり、先生の本で見たことがある姿であった。

 この時の私は天井を見上げながら呆然とし、ただ瞳からは、感動のあまり涙がボロボロとこぼれ落ちるばかりであった。


 ジャンヌが祈りを終えると、十二使徒たちの姿も消えた。


「驚かせてしまったわね。あなたに、私が本物のジャンヌだと信じてもらいたくて……」


 私は、崩れるようにジャンヌの足元にひざまづき、無礼を詫びた。


「あぁ、私の聖女、ジャンヌ様……! (かさ)(がさ)ねの失礼を、何卒、何とぞお許しください……!!」

「あなたが悪いわけではないわ。誰だって、最初は目の前の奇跡を信じられないものよ」


 奇跡という単語に、私はハッと驚かされた。


「あなたは……天使様……なのですか……?」


「そうね。あなたたちの言う、生きている人間ではないという意味では、そうかも知れないわね」


 やはりそうなのだ!

 目の前にいるジャンヌ様は、神の奇跡として私に姿を見せてくれたのだった!!


「でも、なぜ私などに、こうしてお姿を現して頂けたのですか……?」

「それはね、ジュリアン……あなたの神への信仰がとても深いものだからよ。あなたが奇跡を感じたいと強く祈ったから、そして私の姿を一目見てみたかったと強く願ったから。だから、神様がこうして私を遣わせて下さったのです」


 私はこの言葉を聞いた時、再び涙が溢れてしまった。


 神は私を見てくれていた!

 私の願いを叶えてくれた!


 ◆




 この後も私はジャンヌ様と色々な話をしたが、その内容はまた別の日に書き記すとしよう。

 今日はジャンヌ様とたくさんお話をして、みんなの所に帰るのがとても遅くなってしまった。


 ジャンヌ様の事は、ヴァリニャーノ先生やマンショたちにはしばらく秘密にしておく事にする……

 奇跡が見えたなんて軽々しく口にするものではないし、信仰が深い者の所にだけ現れるとジャンヌ様は仰っていた。

 もし万が一、みんなに見えないなんてなったらとても悲しいし、ジャンヌ様はあの聖堂に行けばいつでもお話をしてくれると言ってくれたから、機会を見て連れて行ってもいいかも知れない。


 あぁ、今夜は嬉しさのあまり、眠れそうにないわ!!


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