22.ジュリアンの日記 ①・依頼
ジュリアンの日記
⚪︎月×日
今日、私たちは無事にインドのゴアに到着した。
マカオを出航してからこの方、マラッカ、コチンを経て、ようやく目的地に辿り着くことが出来た。
熱暑の中、何日も続く無風の凪で船が動かなかったり、病気に罹る者が多く出たり……
この間の苦労を数え上げたらキリが無いが、こうしてゴアに来ることが出来たのも、全ては神の御加護があればこそだ。
それに船の長旅も、今にして振り返ってみれば、悪いことばかりではなかった。
何もない海原の上で時間だけは有り余っていたから、毎日4人で切磋琢磨して剣の腕を磨くことができた。
それにもっと良かったのは、ヴァリニャーノ先生やメスキータ先生から、セミナリオの授業では充分聞けなかった話をたくさん聞けたことだ。
キリスト教に関しては、十二使徒や七大天使の詳しい話を聞けたのがとても勉強になった。
後は……西洋の歴史の話も。
日本と同じで、遠く西方の彼方でも、私たちが生まれるずっと前の室町時代の頃に、百年戦争と言われる戦国の世があったという。
中でも興味深かったのは、その百年戦争において、劣勢にあったフランスを救ったジャンヌ・ダルクの話だ。
そう……ローマ教皇が私たち女性剣士を求めた理由となった、あのジャンヌ・ダルクだ。
このジャンヌは、わずか12歳の時に神の声を聞き、その後16歳でフランス軍に指揮官として参戦するや、数々の奇跡的な勝利を納めた。
残念ながら最後は敵国に捕縛され、若干19歳の若さで火炙りにされてしまったという。
しかし、農村出身で文盲だったにも関わらず、卓越した戦術でフランス軍を指揮したという話や、どんな強敵を相手にしても決して一歩も引かなかったという話は私の胸を打った。
もし願いが叶うのであれば、ぜひ一度その姿を見てみたかった。
私ももっと神への信仰を深めて、ジャンヌみたいに強くて素敵な女性にならなくっちゃ……
ちょっと筆が横にそれたけれど、兎にも角にも、こうして無事にゴアに着くことが出来て本当に良かった。
明日は早速、このインドを支配する副王という人に会うということだ。
他の3人は、これから宿がわりになるこの教会に着くなり早々に眠りについてしまった。
長旅の疲れがドッと出たのね。
さて、私も日記はこの辺にして、そろそろ寝るとしよう……
◆
○月△日
副王のいる邸宅に行く馬車の道中、ゴアの街並みをじっくりと観察することができた。
さすがに黄金のゴアと言われるだけのことはある。
街には数々の商館や宮殿、教会などが建設されていたほか、金細工や香料、アラビア馬などが売られている市場も所狭しと立ち並び、その喧騒は凄まじいものがあった。
ゴアは東洋一のキリスト教都市であり、別名『東洋のローマ』とも言われている。
あぁ、早く本当のローマに行って、神の奇跡を感じてみたいものね……
これまでもセミナリオの授業の中で、実際に起こった沢山の奇跡の話を聞いてきた。
さすがにそんな奇跡が私なんかに起こるとは思えないけれど、ローマに行った際には奇跡が起こった有名な場所などを訪れて、その空気だけでも触れてみたかった。
また、邸宅までの道のりで少し気になる光景を目にした。
子供と思わしき似顔絵が書かれた皮用紙が、いくつもの建物の壁に貼られていたのだ。
しかもその貼り紙は何種類かあり、それぞれ別々の子供の顔が描かれていた。
「あの貼り紙は、一体何ですか?」
マルチノが、私たちに同行している教会の長であるドミニコ神父に聞いた。
「あれは……失踪した子供を探す親が貼り出しているものだ」
「えっ……!? 子供がいなくなっちゃったって事ですか? 結構、色んな子の貼り紙が出てましたよ……」
ドミニコ教会長は難しい顔をしたまま、それ以上は答えなかった。
ゴアに限ったことではないが、人攫いの話は行く先々で聞いてきた。
貿易のために南蛮船が積む荷物は、必ずしも宝石や香辛料だけではなく、そこには奴隷として売られる人々も含まれている。
大方、失踪した子供たちは奴隷としてどこか別の国に売られてしまったのだろう。
神の栄光溢れる黄金のゴアであっても、例外ではないのはなんと悲しいことか……
◆
インドを総督するマスカレーニャス副王は、私たち一行を大いに歓迎してくださった。
食べきれないほどの肉や見たこともない果物で埋め尽くされた料理は、船旅の苦労を吹き飛ばしてくれた。
副王は、日本のことから私たちの船旅のことまで様々なことに興味を示したが、中でも、牛鬼や大嶽丸との戦いの話に熱心に耳を傾けていた。
「知勇兼備の人材とは、まさにあなたたちのことじゃな!」
ヴァリニャーノ先生から、私たちのこれまでの武勇伝を聞いた副王は感心して言った。
「私の所にも本国から優秀な役人を何人も派遣してもらっておるが、実際なかなか統治が難しくてのう……強くて賢い人材は、幾らいても足りん。ヴァリニャーノ君が羨ましい限りじゃよ」
副王は本心からそう言っているようであった。
「閣下、何かお困りゴトがおありなのでショウカ?」
先生は、副王の心中を察して聞いた。
「うむ……実は最近このゴアで、子供が攫われる事件が多発しておってな。総督府の役人が総出となって犯人捜しを行っておるのだが、全く解決の兆しが見えんのじゃ」
そう言うと、副王は深くため息をついた。
「副王とは言え、所詮は儂もポルトガル国王から任命されて派遣されているに過ぎん。統治が上手くいっていないとなれば、いつ職務を解任されてもおかしくはないのじゃ」
「……閣下は、我々に手助けヲお求めデスカ?」
「単刀直入に言おう。貴公らに、どうか赤子攫いの犯人捜しを手伝って欲しいのだ」
先生は私たち4人を見た後、無言でドミニコ教会長の様子を伺った。
「お待ちください閣下! この者たちはあくまでローマの鬼を倒すため、我らイエズス会が日本から呼び寄せたのです。まだ旅を続けなければなりませんし、何より、このゴアで何か事故にでも巻き込まれれば私が責任を問われてしまいます!!」
ドミニコ教会長が、語気を強めて副王に反論した。
この人は、自分の立場を守る事しか考えていないのだろうか?
確かに私たちには、ローマに行くと言う大事な役目がある。
だが神に仕える身として、人攫い、まして子供が攫われているという状況を聞いて黙ってなどいられない。
東洋のローマと言われる栄光のゴアの地で、神の道を教え伝える教会の長を任されている人とはとても思えなかった。
「ドミニコ教会長よ。この者たちは、一ヶ月後にはこのゴアから出発すると聞いておる。その間だけでも良いのだ。何とか儂に力を貸してはくれぬか」
そう言うと、副王は教会長に向かって深々と頭を下げた。
仮と言っても、ポルトガル国王の名代としてインドの総督を務めるマスカレーニャス副王にここまでされては、ドミニコ神父も渋々認めざるを得なかったようだった。
こうして私たちは、翌日から子供攫い事件の犯人探しをすることになった。
今日はこの辺にして、子供たちが無事である事を祈りつつ、日記を閉じよう……




