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1.プロローグ

 時は天正9年(1581年)、織田信長が天下を統一しかけていた頃のこと……

 

 京から遠い、ここ長崎では、後に「天正遣欧(てんしょうけんおう)少女使節団(しょうじょしせつだん)」と呼ばれる4人の少女たちが、セミナリオと呼ばれるキリスト教学校に学んでいた。


 表向きは神学の勉強を、裏では西洋ではびこる日本の鬼を討伐するための剣術の修行に励んでいたのだ。


「ちょ、ちょ、ちょっと! マンショ、とめてっ!」


 マンショと呼ばれる少女──スラリとした長身と腰まであるフワリとした長髪、切れ長の瞳が特徴的な大人びた14歳──の太刀筋(たちすじ)に押され、私、ミゲルは思わず声をあげてしまった。


「いくら先生が真剣勝負でやりなさいって言ったからって、マジで殺しにかかってこないでよーーっ!」

「こんな木刀のお遊び一つで根をあげてて、ミゲル……あなたは、本っっ当にローマの鬼達を倒せると思っているの?」

「えぇーーっ!? だって、西洋に落ちのびた鬼達なんて、しょせん日本でやっていけなかった雑魚どもでしょ? アタシの刀にかかればチョチョイのちょいよ!」


 宣教師ザビエルが日本に来てから数十年……

 西洋と東洋の交流が進み、あちらからは鉄砲や火薬が、こちらからは絹や蒔絵(まきえ)などの芸術品がもたらされたが、そうした品々(しなじな)とともに、日本の鬼達も海外で暴れ回るようになった。


 この鬼は日本古来の魔物であることから、その討伐にあたっても、日本古来の武器、すなわち日本刀でしか行うことは出来ない。

 宣教師たちが日本でセミナリオを開校したのは、キリスト教の布教と同時に、そうした鬼達を倒せる日本人を自分たちの戦士として育成するという裏の目的が存在したのだった。


「そう言う強気なセリフは、鬼の一匹も倒してから言ってもらいたいものねぇ、ミゲル?」

「ふんっ! 目の前に鬼が現れさえすれば、今すぐにでもやっつけてやるわよっ!」


 私、ミゲル──肩までの短髪(ちょっとクセっ毛……)でクリクリな目が自慢。やや痩せぎすな身体が悩みの種な13歳──やマンショが通うセミナリオの生徒たちはまだ修行中の身であり、実際に鬼を相手にした事はない。


 正直、充分腕は上達しており、早く鬼退治に行きたいと悶々とした日々を過ごしている。


「きゃあああーーーーっ!」


 私とマンショがそんな軽口をたたいている時、突然、別の生徒の悲鳴が校庭に鳴り響いた。


「えっ!?」


 声がした方向に振り向くと、生徒の一人の訓練着が真っ赤な鮮血で染まっているのが見えた。

 お腹のあたりから、鋭い爪と血だらけのゴツゴツとした太い枝のようなものが突き出ている。


(あれは……鬼の手だ!)


「たす……けて……」


 声にならない声を最後に、その少女は絶命した。


「オ、オノレ! ヨクモ私ノ生徒ヲ!」


 訓練を受けもっていた宣教師のメスキータ先生が、木刀を握りしめて鬼に飛びかかる。


「先生! ダメ!」


 マンショが、メスキータ先生を止めようと叫んだ。


 当然である。

 宣教師たちも、ある程度の手練(てだ)れが選ばれて日本に送り込まれてきているとはいえ、相手は鬼。

 宣教師が持つ悪魔祓(あくまばら)いの力も通じなければ、そもそも木刀で倒せる相手でもない。


「マンショ、周りを見て!」

「あぁっ!?」


(イチ、ニイ、サン……)


 気づけば、ザッと見て十数体の鬼が私たちセミナリオの生徒を四方八方から囲んでいた。


「絶対絶命の危機って感じねぇ……」


 私はつぶやいた。


「こんな時に限って……」


 マンショの言う通りだ。


 私たちの刀は鬼を(はら)う力を高めるために、主任指導教官であるヴァリニャーノ先生や数名の生徒と共に近くの寺に持ち込まれ、祈祷が行われている最中だ。


 私たち生徒がいま握っている木刀は、魔除けの力があるとされる桃の木から作られている。

 普通の木刀に比べれば数倍の打撃力が期待できるものの、鬼に致命傷を与えることは出来ない。


(ええぃ! やるしかないわっ!)


 私は木刀を握る手に力を込め、鬼に飛びかかろうとした。

 しかし、それより一瞬早く、生徒たちの中心的存在であるマンショが叫んだ。


「全員、円形に陣を敷いて!」


 マンショはこのセミナリオの生徒の中では最も年齢が高く、他の生徒から姉のように慕われている存在だ。

 恐ろしい相手を前に呆然としていた訓練生もマンショの一喝で我に返り、すぐに円陣を作った。


 このセミナリオに集められた生徒は、キリスト教が盛んな九州西方地域の大名や武士の子供たちの中でも、特に若くして剣の才能が認められた子女(しじょ)が集められている。

 個々の能力は並の武士相手にも引けを取らないほどの実力は持っている。

 木刀しか持っていないとしても、そう簡単にやられるものではない。


「みんな、相手は鬼の中でも下級の餓鬼(がき)よ。私たちで力を合わせれば必ず撃退できます! 向こうは12、こちらは10。私とミゲルで2体ずつ引き受けます! みんなは、目の前の一体に集中すること!」


(お、おう…… まあ、私とマンショの実力はこの中で抜きん出てるからいいんだけど……)


「ミゲル、あなたならいけるわよね?」

「ふ、ふーんっだ。私を誰だと思ってるの? 千々石(ちぢわ)家創設以来の天才剣士とうたわれた、千々石ミゲルさまよ! 私に敗北の二文字は存在しないわ!」

「その意気やよし! 先手必勝、行くわよ!!」


 言うが早いか、マンショはポンッ! と空中に飛び上がって餓鬼たちに斬りかかった。

 私たちは長崎南蛮流の忍者から、跳躍の法という跳躍術を学んでいたのだ。


 ドスッ、ドスッ! という鈍い音と共に、餓鬼の二体がドウッと倒れる。

 マンショの木刀は餓鬼の脳天を確実に捕らえたようだ。

 さすが、かつて腕の立つ刀工(とうこう)に剣術の手ほどきを受けていただけのことはある。


(私も負けてらんないわね……)


「千々石ミゲル、参ります!」


 右脚に力を込め、一直線に目の前の餓鬼二体へと突進する。


一閃(いっせん)!」


 横一文字に薙ぎ払われた木刀は餓鬼どもの腹へと喰い込み、相手はドドドッ! と倒れ込んだ。


(木刀でもいける……か?)


「ミゲル、下!」


 私が一瞬気を取られていたその時、足下に倒れていたと思っていた餓鬼の一体が、鋭い爪で私の喉元を狙ってきた。


「くっ!」


 頭をグッと後ろに下げる。

 ヒュッ、と皮膚一枚の差で餓鬼の爪が(くう)を切った。


「あ、危ないわねっ!」


 危うく喉をえぐられるところであった。

 見ると、さっき殴打した餓鬼の腹からかすかに煙が出ており、その傷は見る見るうちにふさがっていった。


「やっぱ、木刀だと足止め程度にしかならないみたいね……」

「私の方の餓鬼たちも……ほら」


 マンショが指を差した方向を見ると、確かに倒れていたはずの二体の餓鬼も、頭から煙を出しながら起き上がってこちらを(にら)みつけていた。

 相手が人間なら確実に叩き潰せていた脳天も、鬼が相手ではすぐに治癒してしまう。


「きゃああああっ!!」


 振り返ると、生徒の一人の右腕から血が吹き出しているのが見えた。


「まずいっ!」


 私とマンショは、ほぼ同時にその生徒の所へと駆け出した。

 しかし、すぐ様その行く手を、私たちが相手にしていた4体の餓鬼が塞いでしまう。


「ちぃっ! 邪魔だてするな!!」

「マンショ、こいつらは私が引き受けるわ! 飛んで!!」


 ここは跳躍力の高いマンショに賭けるしかない。


(餓鬼どもを足止めするには……)


砂陣(さじん)!」


 私は体をぐるりとひねって木刀を地面に押し当て、回転力を使って砂利や砂ぼこりを()き出し、餓鬼たちの顔をめがけて放擲(ほうてき)した。

 木刀の先から放たれた砂煙(すなけむり)は4体の顔付近に飛び散り、確実にその眼をとらえた。


 餓鬼達は一斉に目をやられ、視界を失う。


「ミゲル、お見事!」


 マンショはポンッ! と一跳(ひとは)ねすると、手負いの生徒を目がけて空高く飛び上がっていった。


「その子に手を出すなーーっ!!」


 マンショが、空から勢いをつけて餓鬼に襲いかかろうとする。


(あれならいける……!)


 そう思った刹那、まだ空中にいるマンショの足を別の餓鬼の手が掴んだ。

 その手は、餓鬼の身長を優に倍を越す長さに伸びていた。


「くっ!?」


 バランスを崩したマンショはドンッ! という鈍い音をたて、体ごと地面に叩きつけられてしまった。


「まずい! マンショがやられたっ!」


 他の生徒たちも目の前の餓鬼で手一杯……どころか、心の()りどころであるマンショがやられた姿を目の端にとらえて、余計に弱気になってしまった。


「グルルルルッ……」


 手負いの生徒を狙う餓鬼が唸り声をあげたかと思うと、その生徒に飛びかかっていく。


 私は、餓鬼たちの肉壁(にくへき)を乗り越えて救援に走ったが、生徒との距離は遠く、間に合いそうになかった。

 餓鬼の鋭い爪が、生徒に伸びる。


(やられる!!)


 そう思った瞬間、ザシュッ! と音を立てて、餓鬼の片腕が空高く舞い上がったのが見えた。

 斬られた餓鬼の腕を見ると、鋭利な斬り口が残されている。


 このセミナリオで、あれだけの綺麗な太刀筋が作れる実力を持つ者は一人しかいない。


「ジュリアン!」


 ギラリと光る細身の日本刀を携え、生徒を(かば)う形で一分の隙もない構えを取る少女がそこにはいた。


 ヴァリニャーノ先生と一緒に鬼祓いの祈祷に行っていたジュリアン──日本人離れした端正な顔立ちに銀色がかった真っ直ぐな髪の毛、透き通るような真っ白な肌……そしてなにより、氷のような瞳が特徴的な13歳──が戻ってきたのだ。


「ジュリアン、その子を早く医務室へ!」


 マンショが指示を伝えると、ジュリアンは無言でコクリと頷いた。

 そのまま構えを解かず、ジリジリと生徒と共に学校の方へと向かっていく。


 普段からめったに口を開かず冷静なジュリアンは、こんな時でも落ち着きを失わない。


「あっ!? ジュリアンが戻って来たってことは……」


 そう思った刹那、バスッ、バスッ! と2回続けて硬い肉を引き裂く音が聞こえた。

 音の方向に振り向くと、先ほどマンショを捕まえた餓鬼の体に、二筋(ふたすじ)の裂傷が刻み込まれていた。


「グウゥゥゥ……ウゥッ!」


 咆哮ともつかぬ呻き声をあげ、餓鬼が倒れ込んだ。


「私のお姉さまを傷付ける(やから)は、絶っっ対に許さない!!」


 餓鬼を葬った少女は、転がる鬼の頭を踏みつけ、小さな鼻に乗るメガネの奥から怒りを込めてこう言い放った。


「マルチノ、助かったわ!」


 足に絡みついていた餓鬼の手を引き剥がしながら、マンショがマルチノ──鼻だけじゃなく、耳も唇も身長もみんな小さい、ボサボサ髪のメガネっ子。まだ12歳──に対して礼を言った。


 マルチノはセミナリオの中でも最年少の生徒で、姉のような存在であるマンショのことを特に慕っている。

 年下ではあるが、頭脳明晰で語学も堪能、セミナリオ(いち)の努力家でもあった。


 マルチノの二刀流は、他の生徒に比べて小柄で力が足りないことを補うため、「鎧通(よろいどお)し」という短刀を使って自ら編み出した独特の刀術であった。

 一太刀目(ひとたちめ)で鬼の硬い皮膚を切り開き、二太刀目(ふたたちめ)で弱くなった箇所に重ね斬りを行うことで致命傷を与えるのである。


「ヴァリニャーノ先生や他のみんなは?」

「もうすぐこちらに到着するはずです、お姉さま! 学校の方角に異様な邪気を感じたので、私とジュリアンは跳躍の法で先に戻ってきました。先生たちも馬車だし、そう遅くはならないは……」


 マルチノがそう言い終わらない内に、砂埃をあげて馬車がこちらに向かってきた。


「ミナサン、大丈夫デスカ!?」


 ヴァリニャーノ先生である。

 馬車には他の生徒も乗っており、各自、手に何本かの刀を抱えている。

 私は脱兎(だっと)のごとく駆け出し、まだ止まらぬ馬車に飛び乗った。


「私の刀を!」


 私が手を差し出すと同時に、生徒の一人が刀の(つか)を手の中に収めてくれた。

 私は刀をギュッと力強く握りしめた。


(感じるわ……)


 鬼祓いの祈祷を行った我が愛刀は、確実に破邪の力を高めている。


「行くわよっ!」


 再び馬車から飛び上がり、近くの餓鬼めがけて鷹のように襲いかかった。


()っ!」


 垂直に振り下ろした刀は、跳躍の力も加わり、餓鬼の体を縦一直線に切り裂いた。

 ザスッ! という音を立てて、地面に着地する。


 高くから飛び降りた反動で一瞬体位を崩しそうになるが、その隙を見逃さず、2体の餓鬼が左右から同時に襲いかかってきた。


「舐めないでよ……!」


 よろけた右足に再び力を込め、大地を強く踏み込んだ。

 向かってくる餓鬼にこちらからも突進し、肩から斜めに向かって袈裟斬(けさぎ)りを加える。


 肉が切れる鈍い音と共に、緑の血が噴水のように吹き出した。

 私の頬に返り血が飛び散る。


(ウゲェ……汚いし、腐った臭いがするぅ……)


 そう思ったのも束の間、私の背中を狙って、逆方向から餓鬼の爪が繰り出された。


「そんなんじゃ……遅いって!」


 餓鬼の攻撃をヒラリとかわし、返す刀で逆袈裟(ぎゃくけさ)を喰らわせる。


「ギャアァァーーーーッ!」


 二体の餓鬼は、重なるようにして地面に倒れ込んだ。


「ふぅ……ちゃんと自分の刀があれば、餓鬼なんてお茶の子サイサイってなもんよ!」


 周りを見ると、マンショや他の生徒たちにも、それぞれ自身の刀が渡されたようだ。


 これで形勢逆転。

 餓鬼達は一気に劣勢に追いやられ、数匹の屍体を残し、ほうほうの(てい)で逃げていった。

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