18.根城
翌朝、私たち一行は、日の出とともに大嶽丸の根城を目指して出発した。
教会が所有する馬に鈴鹿御前が乗り、その周りを私たち4名が従者として囲む形を取る。
作戦が見抜かれぬよう、先生たちや甲賀衆は同行しない事としていた。
「しかし、本当にこんな紅袴一つで、鬼に人間だってばれないんですかねぇ」
マルチノが、血の色のような深紅の袴をピラピラと触りながら言った。
「それはれっきとした天女の緋袴ですよ。霊験あらたかですから、大丈夫」
「だってあなたは鬼なんでしょ? 何で天女様の着物を持ってらっしゃるんですか?」
「うふふふ、なぜかしら?」
鈴鹿御前はニコニコしながら言った。
確かに、女の鬼は時に天女として伝承が残っている場合もある。
(この人もその口なのかしら? それにしても……)
妙に上機嫌な鈴鹿御前とは対照的に、マンショの方は何か思い詰めたような難しい顔をしていた。
無理もない。
昨晩の鈴鹿御前の話では、確かに先生や私たちを騙そうとしているのではなさそうな様子だった。
だか何と言っても彼女は鬼である。
更には、かつてヴァリニャーノ先生に殺されかけているのだ。
口では何と言おうとも、本音の所は分からない。
マンショが鈴鹿御前への疑念を晴らせずに煩悶しているのだとすれば、当然の話だった。
しかし同時に、今の私たちには他に打つ手も無かったのも事実だ。
出来るとすれば、変な動きを見せた瞬間、容赦無く斬りかかる事ぐらいであった。
「この茂みの中に入ります」
少し小高い丘の上にある草木を指差して、鈴鹿御前が言った。
その言葉に従い茂みの中に入った私たちは、驚きの余り言葉を失った。
さっきまでは全く見えていなかった黄金色に輝く煌びやかな城が、突如として眼前に現れたためであった。
「ここからは、皆さん、静かに見ていて下さいね」
そう言うと鈴鹿御前は一人で馬を進め、城門の前でピタリと止まった。
「……門番に告ぐ! 我こそは、第六天魔王の娘にして鈴鹿山の鬼女、鈴鹿御前である! 前夫、大嶽丸に話があって参った故、早々に門を開けよっ!!」
しばらく何事も起きなかったが、その後静かに門が開いた。
「さぁ参りましょう」
城内は、外側の華やかさとは対照的に薄暗かった。
私たちは馬を降りた鈴鹿御前と共に、果てしなく続く廊下を静々と歩き続けた。
もう半刻も歩こうかという頃、突如として漆黒の闇の中から大きな鉄の門が現れ、私たちが近づくとその門は音も無く開いた。
中は廊下よりも更に暗い空間であった。
私たち4人は、数歩中へと歩んだ後、鈴鹿御前に促されて跪いた。
(誰もいない……? いや、違う!)
姿形は見えないが、闇の中には、確かに無数の鬼たちの蠢きが感じられた。
(くっ……完全に囲まれている……!)
「お久しぶりね、大嶽丸」
鈴鹿御前が静かに口を開く。
すると、ピカッという稲妻が室内を照らし出し、その直後に轟音が鳴り響いた。
思わず目を瞑ってしまったが、再び目を開けると、そこには以前甲賀衆を蹴散らした大鬼、大嶽丸の姿があった。
「久しいな御前……お前が儂の元から消えて幾年になろうか。今まで一体、どこで何をしていたのだ」
「嫌だわそんな……どうせ知っている癖に。手下の鬼を使って、私の行方を探し続けていたでしょう? 私がローマにいる時は、事あるごとに気配を感じていたから全部お見通しよ」
「ふははははは……!! 流石はこの儂が惚れた女よ。お前が遠く異国の地で、あろう事か異教徒の人間と夫婦になった事は承知しておる」
(何が流石よ……振られた女の尻を、未練たらしく追いかけてたってだけじゃない。そりゃ鈴鹿御前も、さっさと別れる訳ね……)
「それに……その相手に騙されて殺されかけた事もな! あーーっはっはっは!!」
「ふんっ! 何もかもお見通しって訳ねぇ……それじゃあ、私がここにきた理由も承知してるのかしら?」
大嶽丸は少し黙ってから答えた。
「お前がローマから消えた後の行方は掴めなかったが……ひょっとして、あのヴァリニャーノとかいう男の事か?」
(あっ……!? そうか……)
大嶽丸はローマでの鈴鹿御前の事を調べ上げていたから、当然ヴァリニャーノ先生の事も知っている。
今回酒呑童子の指示を受けた際にも、当然私たちだけでなく、先生の情報も聞いているはずであった。
「そう、私を裏切った憎い相手……あなた今、あの人が連れている日本の女の子たちを狙ってるんでしょう?」
「確かに酒呑の奴から、あの南蛮人が連れている小娘たちを捕まえれば褒美は思うがままという話が来ている。まさかそんな所で、お前との縁が再び繋がろうとは思わなかったがな」
「うふふふふ。じゃあ酒呑童子の命令は、お宝を手に入れるのと、恋仇を破滅させることできる、あなたにとってまさに一石二鳥な話だったって訳ねぇ」
「それがどうしたっ!!」
大嶽丸の怒号が部屋中に響き渡った。
「そうカリカリしなさんな。相変わらずな人だこと……つまりね、こう言う事よ!」
鈴鹿御前がそう言った刹那、彼女の着物の袖の中から真珠色に光る糸のようなものがシュルシュルと紡ぎ出されたかと思うと、後ろで控える私たちの体にきつく巻き付いてしまった。




